057 ピース・ふたりで・決めたこと
「で、デカい……」
「ん、大物」
合計2800円をかけて、遥は怪獣の縫いぐるみを獲得した。
縫いぐるみが落ちた時は、思わず雪季を抱きしめて喜んでしまった。
雪季も興奮を隠せない様子で飛び跳ね、ちょっとした騒ぎになった。
が、取り出し口から縫いぐるみを引っ張り出したところで、遥は初めて気がついた。
「これ、どうやって連れて歩くんだよ……」
「ん、盲点」
「どっかに預けたりできないもんかな……」
「……ん、あれ」
雪季が指差す方を見ると、ゲームセンター内に設けられたロッカーのようなものがあった。
しかも、この怪獣を入れられそうなサイズのものもある。
助かった。
遥はロッカーに怪獣を預け、身軽になって雪季のところに戻った。
帰る前に取りに来ることにしよう。
「遥、ありがとう」
「ああ、いいよ。俺も途中から、欲しくなってたし」
答えると、雪季がまた腕に抱きついてきた。
もう慣れてしまったので、歩きにくいことを除けば特に嫌な気持ちはない。
「次はどうするんだ?」
「……ん」
雪季はキョロキョロとあたりを見渡すと、なにかを見つけたように歩き出した。
「ん、これ」
「……これは」
とことんガーリーな空間に佇むそれは、どこからどう見てもプリクラだった。
「ん、一緒に撮ろ」
「う、うーん、いいけど、なんか照れるな」
「ん、早く早く」
雪季に押し込まれるように筐体の中に入ると、明るすぎる照明と派手な画面が目に飛び込んできた。
さっぱり勝手がわからない遥を尻目に、雪季はテキパキと何かを選んでいく。
遥は呆然とその様子を眺めるしかなかった。
「ん、始まる」
「え、もうか? どこを見るんだ?」
「ん、ここ」
「あ、カウントダウンが始まったぞ? 何枚撮るんだ?」
「何枚も。準備」
「ええ? 準備ってどんな」
「ん、ピース」
あーだこーだ言っている間に、撮影は終了した。
ほんの数分の出来事だったはずなのに、遥はドッと疲れていた。
プリクラは慣れていないと、こんなにも慌ただしいものなのか。
「ん、はい。遥の分」
「お、おお……」
ざっと写真を眺めると、二人の顔が白く、そして目が大きく加工されていた。
自分の顔は若干不気味だが、雪季の美人具合が半端ではない。
「さ、さすが雪季……」
「ん、遥もかわいい」
「しかし、プリクラなんてひさし……あっ!」
「ん、ベストショット」
見ると、中の一枚だけ、雪季が遥の頬にキスをしていた。
途中で一度雪季とぶつかったと思っていたのは、これだったらしい。
「こ、これは……」
正直なところ、かなり恋人っぽい画像だった。
むしろ、恋人ではないと言っても誰も信じないだろう。
とてもではないが、人には見せられない。
「……没収します」
「だめ」
「ぐっ……没収だ! よこせ!」
「だーーめーー!」
相変わらず馬鹿をやってるなぁ。
遥はそんなことを思いながら、満足げな雪季を連れてゲームセンターを出た。
◆ ◆ ◆
「うーん、遊んだなぁ」
「ん、疲れた」
あれからボウリングをして、夕食を食べて、有名らしい路上ピアニストの演奏を聴いて、遥たちは帰路に着いていた。
「よかったのか? 俺のやりたいことばっかりで」
「ん、いい」
ボウリングも、演奏を聴いたのも、遥の希望だった。
と言うより、プリクラが終わってからの雪季は、遥のやりたいことばかりを優先しようとしていた。
夕食も、遥のリクエストでハンバーグになった。
あれで、本当に雪季は楽しかったのだろうか。
遥は少し、不安になってしまっていた。
「楽しかった?」
「え……」
「遥、楽しめた?」
隣を歩く雪季が、小首を傾げて聞いてきた。
「あ、ああ。楽しかったよ」
「ん、よかった」
雪季は、ホッと胸を撫で下ろしているようだった。
遥は気がついた。
そうか。
雪季は、自分を楽しませようとしてくれていたのか。
「遥、いつもありがとう。バイトも、家のことも」
「ゆ、雪季……」
立ち止まって、改まった様子でお辞儀する雪季。
雪季はいつも、遥に感謝してくれている。
けれど、こんなときにこんな風に伝えられて、遥は少しだけ、感激してしまっていた。
「わがままも、お願いも、聞いてくれてありがとう。私は遥が好き。だけど今日の半分は、デートじゃなくて、遥のお休みの日」
「雪季……お前」
「……ん、はい」
雪季は財布から、何かが入った封筒を取り出した。遥の方に両手で差し出し、またお辞儀する。
「な、なんだ? これ……」
「ん、お金」
「ええ? なんのお金だよ……」
「今日のデートと、少ないけど、今までのお返し」
「ど、どうやって、そんな……」
「バイト、始めた」
「ええっ? いつ?」
「二週間前。るりの家のパン屋さん」
「椎葉の家?」
そういえば、るりの家はパン屋をやっていると、いつか渉に聞いたことがあった。
しかし、本当にいつのまに。
「……お金のまま渡すのは嫌?」
「違う! そうじゃなくて……そんなことじゃなくて……」
「遥のバイトの日に、こっそり行ってた。ごめんなさい」
「も、もっと早く言ってくれれば……」
思えば、今日の雪季は普段と違い、お金を使うことにあまり抵抗が無かった。
きっとそれは、自分で出すつもりだったからなのだろう。
回転寿司で高いネタを頼んだのも、UFOキャッチャーを取れるまでやらせたのも、自分の出費だったからだ。
「最初に言ったら、遥、遠慮する」
「いや、そうだけど……」
「ん、これからは、ちゃんと二人で頑張る。二人暮らしだから。今まで、ごめんなさい」
そこまで言われて、遥はついに泣き出してしまった。
溢れる涙は止められなくて、声だけは必死に押し殺した。
気づけば、雪季を抱きしめていた。
目の前の少女の思いやりが愛しかった。
気づかなかった自分も、そうさせてしまった自分も情けなくて、遥は申し訳なさでますます泣いた。
「雪季……雪季……」
「ん、よしよし」
「……いいんだよ、そんなことしなくて。一言相談してくれよ……。親が勝手に決めたことなんだ……お前が頑張らなくて、いいんだよ……」
「よしよし」
「充分だったんだよ……充分元気付けてもらってた……思いやってくれてたよ……帰ったとき、迎えてくれるだけで頑張れたんだよ……荷物を持って、上着を脱がしてくれるだけで……たまにご飯作ってくれるだけで……俺は充分……!」
「ん。これからは、一緒に頑張ろ」
きっと、雪季が言っていることの方が正しいのだろう。
二人で暮らす以上、苦労は等分されるべきなのだ。
親の都合で、というのだって、遥も同じことなのだから。
だが、遥は雪季に感謝していた。
一人でもやっていけたところに、雪季が来た。
不安もあったけれど、二人暮らしは楽しくて、寂しくなくて。
だから少しくらい、苦労が増えてもなんともなかった。
今までよりも、ずっとよかった。
「これは私が決めたこと。私の自由。だから、許して、遥」
いや、きっと雪季もつらかったのだ。
重要なところを遥に任せてしまって、苦労を受け持つことができなくて。
だから、雪季は。
「もし、遥が私を選んでくれなくても、二人暮らしは変わらないから」
「……ごめんな、雪季。ありがとう」
「ん、こちらこそ」
「……でも、そういうことするなら、ちゃんと相談してくれ。心配するだろ?」
「ん、わかった。次から」
遥は涙を拭いてからも、しばらく雪季から離れられずにいた。
雪季も黙って、遥を抱きしめてくれていた。
反省することも、これから決めなければいけないことも、たくさん思い浮かぶ。
雪季と、もっと話そう。
ちゃんと話して、ちゃんと決めて、ちゃんと二人で助け合おう。
遥はそう心に決め、ゆっくりと雪季から離れた。
「……ん、遥」
「な、なんだ?」
「……怪獣」
「ん?」
「連れてくるの、忘れた」
「……あ」
どおりで身軽だと思った。
雪季の手を引いて、ショッピングモールまで引き返す。
アホだなぁ。
遥は思わず笑い出してしまう。
雪季も笑った。
二人でニヤニヤしながら、夜道を歩いた。
遥は久しぶりに、心の底から笑った気がした。
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