056 お寿司・ゲーセン・取れるまで


「ん、遥、まだ?」

「あっ、財布忘れた! あぶねー」


 二人で部屋を出たのは、昼前だった。


 今日は雪季と、デートをする日だ。

 具体的な予定も決めずに当日を迎えてしまったが、不思議となんとかなるような気がした。

 雪季の好みや行きたいところがわからない、というのももちろんあるけれど。


「雪季、そのパーカー好きだなぁ」

「ん、お気に入り」


 今日も雪季は、いつもの水色のパーカーだった。

 それに合わせたミニスカートと、ボーダーのニーソックスが眩しい。

 しかし、デートだと言うのに、雪季にはあまり張り切った様子がない。

 いや、もしかすると雪季にとっては、これが一番のオシャレなのかもしれない。

 たぶん、違うけれど。


「フードで雨も防げる」

「ちゃんと傘を差しなさい」

「ポケットが大きくてカバンいらず」

「財布はもっと落としにくいとこに入れなさい」

「むー」

「むー、じゃない」


 他愛もない会話をしながら、ゆっくり駅前まで歩いた。

 とりあえず、最初の目当ては昼食だ。


「なにが食べたい?」

「ん、お寿司」

「昼から?」

「ん」

「たしか、回転寿司があったっけ」

「ん、そこにする」

「ちょっと待ってな……。あ、あるある。ネットで予約しとこう」

「ん、策士」

「だろー」


 気楽だ。

 デートと言ったからには、もっときっちりするべきだろうか、とも思ったけれど、遥にはこれくらいが丁度心地よかった。

 なにせ、すでに二週連続で、二人の女の子とデートしているのである。

 どうしても、気疲れは感じてしまっている。


「ん、遥」

「どうした?」


 雪季がふと立ち止まり、手を差し出してきた。

 きっとこれは、手を繋ぎたいという意思表示だろう。

 しかし、いつもの雪季はこういうとき、勝手に手を握ってくることがほとんどだ。

 珍しいな、と思いながらも、遥は素直に雪季の手を取った。

 いずれにせよ、今日は遥も手を繋ぐつもりだった。


「はい。これでいいか?」

「ん。いい」


 雪季は満足そうだった。

 口数は少なくても、はしゃいでいるのがわかる。


 デートしよう、と言った日、雪季は目に見えて喜んでいた。

 それどころか、次の日もその次の日も、デートが楽しみで仕方ないという様子だった。

 悪い気はしないけれど、いつもより余計に甘えてくるので少し苦労した。


 それから、絢音とのデートから帰った日は、拗ねて拗ねて大変だった。

 ほかの二人とデートすることも認めてくれていたはずなのに、いざデートを終えて帰ると、涙目になって抱きついてきて、ずっと離れない。

 怒るわけでも問い詰めてくるわけでもなく、悲しそうに泣いていた。


 それは橙子とのデートの日も同様で、雪季のそんな様子を見ていると、遥は申し訳ない気持ちにならずにはいられなかった。

 そして、もしかするとほかの二人も雪季と同じ気持ちなのかもしれない、という考えが浮かんできて、遥は自分が、なにかとても残酷なことをしているんじゃないかと感じてしまった。


 とはいえ、それも仕方ないことだ。

 もとより、褒められた行為ではないことは承知している。

 だからこそ遥は、それぞれの相手とのデートをしっかり、楽しんでもらおうと思っていた。


 そうこうしているうちに、予約した回転寿司屋に着いた。

 あっさり席に通され、好きなものを取ったり、パネルから注文したりして、二人は久しぶりの寿司を楽しんだ。


「あ、雪季、お前高い皿取り過ぎじゃないか?」

「ん、気のせい」

「気のせいじゃない! ウナギ一貫、さっきも食べてたろ!」

「ん、美味しい。おすすめ」

「……俺も頼も」

「ん、ズワイガニも頼んで」

「また高そうなネタを……」


 積み重なっていく皿を見て、遥は財布の中身に想いを馳せた。

 たぶん平気だろうとは思うけれど、バイトのシフトを増やすのは必須だろう。

 来週は週五で出勤することを覚悟し、遥はズワイガニの寿司を食べた。


「さぁ、どこで遊ぶ?」


 店を出て、また手を繋いで歩く。

 雪季と手を繋いでも、あまりドキドキしない。

 絢音や橙子と違い、もう触れ合うことに慣れてしまっているのかもしれない。


「ん、ゲーセン」

「げーせん? ゲームセンター?」

「ん、そう」


 ショッピングモールに、たしか大きなゲームセンターがある。

 が、そんなところでいいのか。


「……まあ、雪季がいいなら」

「ん、いこ」


 雪季に手を引かれるように、ショッピングモールを目指す。雪季の足取りが軽い。


「行ったことあるのか?」

「ん、愛佳と」

「あー、なるほど」


 都波は大のゲームセンター好きだ。

 遥も何度も連れていかれた経験がある。


 ショッピングモールの中は、大勢の人で賑わっていた。

 さすが祝日である。

 そういえば。

 遥の脳裏に、懐かしい光景が浮かんだ。


「覚えてるか? 一緒に住み始めてすぐ、ここ来たろ、二人で」

「ん、覚えてる」


 ここは、雪季と二人で布団を買いに来た場所だった。


「あの時は、はぐれそうになったり、腕にしがみつかれたりで大変だったんだぞ」

「ん、手のかかる遥」

「おい」


 人混みを避けるように、店の中を進む。

 手を繋いでいるので、離れる心配もない。

 あの時から、ずいぶんと雪季との関係も変わった気がする。

 雪季以外の人との関係もそうだけれど。


「ゲーセンでなにがしたいんだ?」

「ん、やっぱり」


 雪季に引っ張られてたどり着いた先は、様々な景品が入った筐体が並ぶ、お馴染みのエリアだった。


「UFOキャッチャー」

「また贅沢なゲームを……」


 ぼやく遥には御構い無しに、雪季はずらりと並ぶ景品たちを吟味し始めた。

 たしかに、都波はUFOキャッチャーが好きだ。

 それに、取るのもやたらと上手い。

 しかし普通、UFOキャッチャーは難しい。

 なかなか景品が取れず、ムキになって結局損をする、というイメージが遥にはあった。

 まあ、取れなくてもある程度楽しめるというのが、この手のゲームのいいところではあるけれど。


「ん、これ」

「お? おおー……」


 雪季が選んだのは、抱えるほどもある大きな怪獣の縫いぐるみだった。

 愛くるしい顔と薄い水色の丸い身体が、たしかに魅力的だ。


「しかし、これは……」

「難しそう」

「だよな」


 やはり、大きいものは特に難易度が高い。

 しかも丸いので、引っかかりもなさそうだ。

 都波なら上手く突破口を見つけて、取ってしまいそうではあるが。


「……とりあえずやってみるか」

「ん、とりあえず」


 小銭を入れて、コミカルな音楽と共にアームが動き出す。

 時間内なら微調整が何度でも可能なタイプだが、明らかに掴み所がなく、降下したアームはあっさりと縫いぐるみの表面を滑り、虚しくもとの位置に戻ってきた。

 遥も、遥の腕を抱きしめていた雪季も、顔を見合わせて肩をすくめた。


「……ん、愛佳が言ってた」

「ん?」

「UFOキャッチャーの必勝法」

「おお。そんなのあるなら先に教えてくれよ」

「ん。……取れるまでやめない」

「……まあ、それは、うん」

「ん、ねばーぎぶあっぷ」

「……あー、もう、やけくそだ。見てろよ、雪季」


 遥が言うと、雪季は小さくぱちぱちと拍手した。

 気合いを入れ直し、わざとらしく腕まくりをしてみる。


 それにしても。

 次の100円玉を入れながら、遥は思う。


 デートって言っても、なんかいつもと変わらない雰囲気だなぁ。


 隣を見ると、雪季は真剣な表情で縫いぐるみを見つめて目を輝かせていた。


 まあ、こんなのもいいか。


 またしてもアームをすり抜けた怪獣に向けて、遥は恨みを込めて溜め息を吐き出した。

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