053 もしも・可愛い・ちょっとだけ


「どっちが似合う?」

「う、うーん……」


 綺麗な石の付いたイヤリングを片耳ずつ着けて、絢音が尋ねてきた。

 同じデザインの色違いで、オレンジと緑の石だ。


「……どっちも似合うぞ」

「だーめ。どっち?」


 言いながらも、絢音は明らかに嬉しそうだった。

 ほんのり頬を赤く染めているのがわかる。


 しかし、そう言われても、本当にどちらもよく似合っている。

 片方だけには決めがたい。


「うぅん……」

「もう。じゃあ遥の好きな方でいいから。ね?」

「好きな方……なあ」


 ますます難しい。

 遥は腕を組んで考え込んでしまった。

 これが、女の子との買い物の難しさというものなのだろうか。

 世の男の子たちは苦労しているんだな。

 遥は尊敬と同情の念を込めて唸った。


「絢音はどっちがいいんだよ?」

「私はどっちでも。遥が好きな方が欲しいんだもん。選んでよ」

「マジかぁ……」


 困った。

 遥は横目で、ちらっと値札を確認した。

 二つとも4千円。

 これなら、なんとかなる。

 遥は一つ頷くと、ポケットから財布を取り出した。


「じゃあ、両方買おう。ホントにどっちも似合ってるし、決められないからさ」

「えっ、でも……いいの?」

「いいよ。看病のお礼もまだだったし」


 言いながら、絢音の手からイヤリングを受け取って、さっさと会計を済ませた。

 一日バイトのシフトを増やせば、痛くない金額だ。

 それに絢音には、デートに付き合ってもらった恩もある。


 レジのスタッフに頼んで、簡単なプレゼント包装をしてもらった。

 スタッフの生温かい目線が、少し恥ずかしい。


「ほら、絢音」

「あ、ありがと……!」


 絢音は、受け取った包みをぎゅうっと抱きしめた。

 かすかに、目尻に光るものが見えた気がした。


「お、おい……」

「な、なによ!」

「いや……大丈夫か?」

「へ、平気よ! 見ないで!」

「ご、ごめん……」


 そう言いつつも、絢音は再び遥の手を握ってきた。

 手を繋いだまま、遥は絢音から目をそらす。


「……あんた、なんか、チャらくなったわね」

「えぇ? チャら……そうかな」

「だって! ……ふん」


 怒っているような口調に反して、絢音は手を握る力を強めてきた。

 グイッと引っ張られ、二人の距離が縮まる。

 肩が触れ合ったが、不思議と抵抗はなかった。


「……みんなにそんなことしてるんじゃないでしょうね?」

「し、してないって! プレゼント買ったのなんて、絢音だけだよ」

「……ふーん」


 二人とも喉が渇いていたので、飲食店が集まるフードコートへ寄ることにした。

 ソフトクリームを売っている店を見つけ、一つずつ購入する。


「あ、いいなーストロベリーミックス」

「だろ。バニラと迷ったけど」

「一口ちょうだい」

「交換な。俺も抹茶食べたいし」


 派手な色の小さいスプーンで、お互い一口ずつソフトクリームを交換した。

 なんだかものすごく、恋人っぽい。

 絢音もそう感じたのか、照れた様子でスプーンを咥えていた。


「あんたって誰にでも優しいけど、ダメよ。勘違いさせちゃうんだから」

「そ、そうか?」

「そうよ! どうせ雪季にも優しくしたんでしょ! それに覚えてる? 中学の頃のあの、飯田さん」

「……あー、いたかも、そんな人。ギャルっぽい子だよな。あの人がどうしたんだ?」

「あんたのこと好きって、噂だったのよ。っていうか、あれは完全に好きだったわ」

「え、マジか……。なんか、よく話しかけてくれて、ギャルっぽいのにいい子だなぁとは思ってたけど」

「それ、あんただけよ。ほかの男の子には愛想、悪かったもん」

「そ、そうだったのか……」

「だから、勘違いさせるようなことしちゃダメ。ごくごくたまに、モテるんだから、あんた」

「うーん、そうかなぁ……」


 そんな話をしながら、テーブルで向かい合ってソフトクリームを食べた。


 半日過ごしてみてわかったが、絢音は遥が知っている以上に、普通の女の子だった。

 普通で、少し意地っ張りで、とても優しい、可愛い女の子。

 どうして、こんな子が自分のことを好きになったんだろうか。

 遥はわからなくなっていた。


「……どうしたの?」

「あ、ああ。いや、なんでもない」

「そう?」


 知らないうちに、絢音を見つめてしまっていたらしい。

 遥は慌てて目をそらす。


 可愛い女の子。

 遥は頭の中で繰り返した。

 絢音を可愛いと思ったのは、初めてかもしれなかった。



   ◆ ◆ ◆



「あーあ! 遊んだ遊んだ」

「絢音はずっと部活だもんなぁ、いつも」


 一緒に映画を見て、それから夕食を食べて、辺りはすっかり暗くなっていた。

 そろそろ、お別れの時間だ。


「そうそう。ストレス発散になったわ、今日は」

「それはよかった」


 ふと、手を繋いでいたことを思い出した。

 映画館を出た時も、レストランを出た時も、どちらからともなく自然とこうしていた。

 やはり、しっくりくる。

 お互いにそう感じているのだろう。

 気恥ずかしさも、もうあまりなかった。


「……絢音」

「……なに?」


 途端に、絢音が緊張するのがわかった。

 普通に話そうと思ったのに、どうやら、うまくいかなかったようだ。

 手を握られる力が、ギュッと強くなる。


 帰りの夜道には、二人以外に人の姿はなかった。

 まるで、みんなが二人のために、この道を避けているかのようだった。


「今日はありがとう、来てくれて。嬉しかった。それから、楽しかったよ」

「……うん。私も」


 立ち止まって、絢音の身体をこちらへ向かせた。

 思えば今日一日、こうして向き合うことはあまりなかったかもしれない。


 遥は、決めなければならない。

 今日でなくても、近いうちにはどうするのか、判断しなくてはならないのだ。

 だが、遥にはまだ、分からなかった。

 本当なら、もっとたくさん、絢音と過ごしてみたかった。

 けれど、それではキリがない。

 絢音にだって、申し訳ない。


 だから。


「絢音」

「うん」

「……ちょっとだけ、抱きしめていいか?」


 絢音は一瞬だけ驚いた顔をした後、すぐに深い笑顔を浮かべた。

 ゆっくり両手を広げて、遥を迎え入れるようなポーズになる。


「うん。どうぞ」

「……ありがとう」


 躊躇せず、遥は絢音を抱きしめた。

 強く、けれど苦しくないように、優しく抱きしめた。


 だから、遥は知りたかった。

 自分がこの子とこうして触れ合ったとき、どう感じるのか。

 自分がどれだけ、ドキドキするのか。

 どれくらい、愛しい気持ちになるのか。


 絢音が少し背伸びして、頬をくっつけてくる。

 熱が、鼓動が混ざり合って、自分と絢音の境い目が曖昧になる。

 全身の感覚が、絢音の存在だけを感じている。

 あの日と、キスをされた日と、同じだった。


「遥」

「……うん」

「好き。大好き。あんたが何を選んでも、私はあんたが好きだから」

「うん」

「……だから、あんたが納得いくように、後悔しないように、どうするか決めてね。それが一番、大事なんだから」


 そこまで言って、絢音は遥からぱっと離れた。

 そのまま後ろを向いて駆け出し、少し離れたところで、またこちらを振り返る。


「じゃあね! また明日!」

「……あ、ああ! またな!」


 手を振りながら、絢音が去っていく。

 遥もずっと、手を振っていた。


 自分が、納得いくように。

 後悔しないように。

 絢音の言葉を、遥は小さな声で繰り返す。


 ではもし絢音を選んだら、自分は後悔するのだろうか。

 自分の選択が間違っていたと、過去を恨むことがあるのだろうか。


 遥には、到底そうは思えなかった。

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