052 デート・相性・嬉しそう
帰宅するなり、すぐに制服を脱いだ。
クローゼットから持っている服を全て引っ張り出し、鏡の前でいくつかの組み合わせを試す。
違う、違う、これもダメ、これも違う気がする。
一体、どんな服が好みなのだろう。
どうして、自分はそんなこともリサーチしておかなかったのだろう。
いや、今更考えても仕方がない。
なにせ、こんなことになるなんて、想像もしていなかったのだから。
「あーーー! もう! これでいい! これ! これしかない!」
以前、看病で訪ねた時に着て行った、赤いニットとデニムに決めた。
好みはわからない。
なら、もう一番自信のある服にするしかない。
その後は、普段滅多にしない化粧を、ほんの少しだけしてみた。
出来るだけ、可愛く見られたい。
そのための努力は惜しみたくなかった。
「……よ、よしっ!」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
正直、ものすごく幸せだ。
天にも昇るような気分だった。
黙っていると、顔がにやけてしまうのが自分でもわかる。
鏡に向かって、真顔と笑顔を交互に作ってみた。
可愛いだろうか。
わからない、悪くはないと思うが、やっぱりあの子には敵いそうもない。
「……だめよ! 自信持って! 頑張れ、私!」
わざとらしく自分を鼓舞して、気合いを入れ直した。
荷物を持って靴を履き、家を出る。
集合場所は、駅前のショッピングモールだ。
◆ ◆ ◆
月島遥は、そわそわする心を抑え込みながら、約束の場所でうろうろしていた。
道行く人が、ちらりと自分の方を見るのがわかる。
とはいえ、ジッとしているとどうにかなりそうだった。
「遥!」
名前を呼ばれて、遥は肩をピクンと弾ませた。
声のした方を見ると、こちらに小さく手を振りながら、走ってくる姿が見える。
「ごめん! 待った……?」
「い、いや……全然」
待ち合わせの相手、望月絢音は、こころなしかいつもより可憐に見えた。
普段は美人という印象が強いが、今日は少し、雰囲気が違う。
思わず目をそらしながら、遥は頬を掻いた。
「あー、じ、じゃあ、行くか」
「う、うん……」
それだけ言葉を交わして、並んで歩き出す。
お互いに、緊張しているのが嫌でも伝わった。
「ま、まず、飯食わないとな」
「うん……」
ぎこちない。
テスト期間最終日の今日、遥は絢音とデートをすることになっていた。
昨日の放課後、思い切って誘ってみると、絢音は目を丸くして固まっていた。
が、すぐにぶんぶんと首を縦に振り、今日のデートが決まったのである。
遅めの昼食には、和食中心の定食屋さんを選んだ。
絢音の趣味だ。
今日は、絢音の好きなものにとことん付き合おう。
遥はそう決めていた。
「何にする?」
「俺、魚がいい。最近全然、食べてないんだよ」
「じゃあこれは? サバの味噌煮定食。サバ好きでしょ?」
「え、うん。よく知ってるなぁ」
「幼馴染ですから」
絢音は得意げに言った後、嬉しそうにクスッと笑った。
幼馴染でも、遥は絢音の好きな食べ物は数えるくらいしか知らない。
自分が他人に興味がなさ過ぎるのだろうか。
いや、きっと違う。
それは、絢音が。
「……それに、あんた私の、好きな人だし……」
「うっ……うん……」
顔が赤くなるのがわかったが、絢音の顔はタコみたいに真っ赤だった。
サバの味噌煮定食と、絢音の鮭の切り身定食を挟んで、二人は向かい合って昼食を食べた。
時折視線が重なって、遥が首を傾げると、絢音がにこりと笑う。
なんとなく、穏やかな幸せを感じる遥だった。
絢音と雪季と、それから橙子。
遥は三人を別の日に、デートに誘ってあった。
なにも三股をかけようとか、そういうことではない。
遥は、わからなかったのだ。
誰のことが本当に好きで、そもそも誰かのことが、好きなのかどうか。
それを確かめるために、遥はそれぞれの女の子と、きちんと一緒に過ごしてみたかった。
もちろん、後ろめたさはある。
思わせぶりなことをして、失礼かもしれないとも思った。
だが事情を話すと、全員が遥の気持ちをわかってくれた。
三人とも「いいよ」と言ってくれた。
遥は何度も頭を下げて、デートの約束を取り付けた。
しっかりと、自分の心を確かめるために。
褒められた行為ではないかもしれないけれど、不器用な遥には、これしか思いつかなかった。
渉と都波も「それくらい良いだろ」と言ってくれた。
背中を押してくれる友人たちに、遥は心底感謝していた。
「次、どこ行きたいんだっけ?」
「ちょっとだけ買い物付き合って。イヤリングが見たくて」
「ああ、いいよ」
昼食を終えて、二人は定食屋を出た。
ショッピングモールの中心の方へ、並んで歩く。
「学校の子に会ったらどうしよ?」
「んー……まあ、いいんじゃないか、気にしなくて。そりゃ、恥ずかしいけどさ」
「そう? それじゃあ、はい」
「え?」
絢音は明るく笑うと、遥の右手をぎゅっと握ってきた。
完全に、手を繋いでいる形になる。
絢音と手を繋ぐのなんて何年ぶりだろう。
ただ、不思議と変な感じはしなかった。
違和感がない、というのか。
「今日はずっとこれ。ね、いいでしょ?」
「あ、ああ。わかったよ」
絢音は嬉しそうだった。
その様子を見て、遥も嬉しい気持ちになる。
今日は、絢音のしたいように。
そう伝えていたせいか、絢音はいつもより大胆だった。
「なによ、落ち着いてるわね」
「え、いや、まあ、意外としっくりくるなと思って」
「そ、そうなの?」
「うん。なんでだろう」
「……あ、相性がいいんじゃない?」
「うーん、そうなのかな」
「そこは肯定してよ! 頑張ったのに!」
手を繋いだまま、二人は声を上げて笑った。
気楽だ。
けれど、ドキドキもする。
恋とは、こういうものなのだろうか。
絢音と付き合ったら、きっと楽しいんだろうな。
自然とそう思っていることに気がついて、遥は自分でも驚いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます