041 きらい・反省・ならばなぜ


 女の子らしさの無いさっぱりとした自室のテーブルに頬杖を突き、都波愛佳となみあいかはジト目で正面の相手を睨んだ。


「……ん、おかわり」

「ねぇよ。ちょっとは遠慮しろ」


 ムスッとした顔のその少女は、カラになったプリンのカップを図々しくこちらに突き出してきた。

 十数分前に愛佳の家にやってきてずっと泣いていた、水尾雪季である。

 目を腫らしていても、やはり美少女だ。


「遥のバカ」

「だからアタシに言うんじゃねぇよ。まあ、あいつがアホなのは間違いないけどさ」


 泣きじゃくる雪季を宥めるのに、愛佳はかなり苦労した。

 愛佳の膝に顔を埋め、わんわんと泣く雪季。

 その雪季の背中を柄にもなく撫で、泣き止んでからもぐずる雪季をハグして、今度は頭を撫でた。

 やっと落ち着いたかと思えば、今度は何か甘いものが食べたいと言って、愛佳の寝る前の楽しみだったプリンをペロリと平らげたのだった。


「もうやだ。遥きらい」

「わかったわかった。何度も聞いたよ」


 雪季が来る前に電話で聞いた遥の話に、愛佳は心底呆れていた。


 ただでさえ、月島遥の恋愛模様は複雑だ。

 本人の恋愛恐怖症もさることながら、雪季と幼馴染の絢音、二人に思いを寄せられていた。

 そこに現れた、第三の女。

 橙子というらしいその相手に、遥は告白をされたと言う。

 しかも、あろうことかその場面に雪季が居合わせてしまった。

 極め付けには、遥はその時、その橙子のことを抱きしめていた、と。


 まったく、本当にバカだ。

 愛佳は心の中で毒づく。

 聞けば、当然ながら遥は、橙子の告白を受け入れたわけではないらしい。


 ならばなぜ、抱きしめたのか。


 信じられない、という気持ちと、遥ならやりそうだ、という気持ち。

 その両方を持ちながらも、やはり愛佳は憤らずにはいられなかった。

 恋愛経験がないこと、元々鈍感だということを踏まえても、確実に悪手だ。

 事実、雪季はその光景を見て、勘違いに陥っているに違いなかった。

 雪季を元気づけるには、まずその勘違いを正してやらなければならない。


「愛佳、プリン」

「ねぇって。それより、聞け雪季」

「……ん」

「あのアホは、その先輩とはどうにもなってねぇよ」

「……ホント?」

「ああ、本人に聞いたからな」

「……でも、抱きしめてた」

「それはもう、ただあいつがアホなだけだ。わかるだろ?」

「……わかる、かも。遥だから」

「ああ。アホだからな」

「……ん、遥はあほ」


 ここへ来てから、雪季が初めてくすりと笑った。

  愛佳はふぅっと深く息をつく。

 まったく、世話の焼ける友人、いや、友人たちだ。


 愛佳はその勢いのまま、遥の話を雪季に伝えた。

 言葉足らずな遥も、早合点した雪季も、都波にとってはどちらももどかしい。

 悪い誤解と思い込みで、これ以上話がややこしくなるのは御免だった。


「だから、まあ、抱き締めてたこと以外は、許してやれ」

「……ん」

「ま、許すってのも違うんだけどな」

「ん」

「あいつもあいつなりに、まあ、悩んでるから」

「……うん」


 雪季はずいぶん落ち着いたようで、ふらふらと立ち上がり、そのまま愛佳のベッドにバタンと倒れ込んだ。

 うつ伏せになって大きな息を吐くと、小さな声で「よかった」と漏らし、ごろんと仰向けになる。


「……愛佳、ありがと」

「いいよ、べつに。今度プリン返せよな」

「ん、それはやだ」

「おいこら」


 愛佳は呆れて、雪季に向かってクッションを投げつけた。

 雪季は素早くそれをキャッチし、ギュッと抱きしめる。


「……愛佳」

「ん?」

「……遥、どうしよ」

「知るか」

「……ん、そう」

「……まぁ、今回はとりあえず、謝っとけ。若干、お前の方が悪い」

「ん……はい」

「心配してたからな、あいつ」

「……ん。反省します」

「おう」


 雪季は抱えていたクッションにぽふっと顔を埋めた。

 しばらく眺めていると、突然雪季は脚をバタつかせ始めた。


「……なんだよ」

「……よかった」

「……」

「よかった、よかった。遥、盗られてなかった」

「……ホコリ立つからその脚やめろ」

「よかった……遥、やっぱり好き。好き好き」


 雪季はいっこうに足をバタバタさせるのをやめない。

 仕舞いにはベッドの上をゴロゴロと転がり始める。

 愛佳は諦めて、雪季の食べ終えたプリンのカップとプラスチックのスプーンをゴミ箱に入れた。


 時計を見ると、時刻はもう12時を回っていた。

 愛佳はぐぐっと身体を伸ばし、一つあくびをする。

 今日は色々あって、まだ風呂に入れていない。

 さっと入って、はやく寝てしまおう。


「お前、風呂どうする?」

「ん、入る」

「おっけー。じゃ、先行ってこい」

「……」

「……んあ?」

「……一緒に入ろ」

「早よ行けや」


 愛佳はこの日、初めて遥の苦労がわかった気がした。

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