042 ホント・今日だけ・仲直り


 翌日の昼休み、遥は中庭に呼び出された。

 呼んだのは都波で、中庭に着くと、先に雪季が来ていた。


 雪季とは朝から一度も話していなかったので少し気まずかったが、そんなことはお構いなしに、都波は昨日あったことを遥に説明した。

 そして、告白を受け入れなかったにもかかわらず橙子を抱きしめていたことについて、遥はこっ酷く叱られた。


「告白されたこと自体は、言ってしまえば事故で、お前は被害者だ。だが、その先輩を抱きしめたってのはさすがにお前が悪い。雪季にどう思われてもいいならお前の勝手だが、そうじゃねぇだろ」

「はい……すみませんでした。頭がこんがらがってました……」

「アタシじゃなくて、雪季に謝れ」

「……雪季、その、ごめんな、ホント」

「ん、いい。……私こそ、ごめんなさい」


 お互いにぺこりと頭を下げると、遥はずいぶんと気が楽になった気がした。

 やっぱり、喧嘩というのは早めに解決してしまった方がずっといい。

 言い方はきついし、やり方も荒いが、遥は都波に感謝していた。


「さ、この話これで終わりな。べつにアタシは、遥の恋愛恐怖症に対しても、お前らの関係についても、どうこう言うつもりはねぇから」

「あ、おいっ」


 都波は遥の制止も聞かず、さっさと校舎の方に戻っていってしまった。

 相変わらず、さっぱりしたやつだ。


「ん、遥」

「こ、こら。やめろ雪季」


 仲直りして安心したのだろうか。

 雪季は遥の二の腕にぐいっと身体を寄せてきた。

 その感覚がなんとなく懐かしいが、中庭とはいえここは学校。

 近すぎる距離感を周りに悟られるわけにはいかない。


 遥は半ば強引に雪季を腕から引き剥がし、小走りで校舎に戻った。

 頬を膨らませた雪季も後から続く。

 残りの時間で、手早く昼食を済ませなければ。

 学食に向けて歩くと、隣に雪季が立った。

 今度は腕を掴もうとはせず、手も握ってこない。

 ひょっとすると雪季も、そろそろ遥の気持ちをわかってくれたのかもしれない。


「……今日は帰ってくるよな?」

「……ん、帰る」

「じゃあ、一緒に帰るか、今日は」

「ん。帰ったら、いっぱいくっつく」

「えぇ……」

「ん、今日は禁止ダメ」

「……ほどほどにお願いします」

「やだ」


 帰宅した後のことを思い、遥は歩きながら肩をすくめた。


(……まぁ、今日だけ大目に見るか)


 雪季の笑顔を見ていると、不覚にもそう思ってしまう遥なのだった。



   ◆ ◆ ◆



「遥」


 帰宅後、雪季と一緒にのんびりご飯を食べて、ちょっと勉強をして、遥は風呂に入った。

 上がって雪季と交代し、日本史の教科書を読んでいたところで、雪季が洗面所のドアからひょこっと顔を出し、遥を呼んできた。


「……なんだよ」

「来て」

「えぇ……なんなんだよ」


 おそるおそる、雪季のいる方へ移動する。

 見ると、きちんとパジャマは着ているようだ。

 当然と言えば当然なのだが、常識が通用しないのが雪季の怖いところなので、念のため確認してしまう。


 洗面所に入ると、雪季は特に変わったところもなく、遥をじっと見つめてきた。

 果たして、何の用だろう。

 あ、そう言えば。


「……髪、乾かして」

「……なんでだよ」

「ん、お願い」

「いや……うーん」


 気づけば、雪季の髪がまだ濡れている。

 いつもはきちんと乾かしてからリビングに戻ってくるため、なんだか新鮮だった。

 髪が濡れていると、なんとなくだが、いつもより可愛く見える気がする。

 正確には、色っぽく見える。

 そんなことはもちろん、雪季には言えないけれど。


「……まあ、いいか、それくらい。初めてだから、上手くできるかわからないぞ?」

「ん、いいよ」


 雪季はドライヤーを手渡し、くるりと鏡の方を向いた。

 スイッチを入れると、ゴォーという音で温風が出る。

 遥は頭に爪が当たったりしないように、慎重に雪季の髪を触った。

 手櫛で髪を梳いてみるが、指が一切引っかからない。

 しっかり触ってみてわかったが、雪季の髪はものすごくツヤツヤだった。


「おぉ……すげぇ」

「……ん?」

「髪、めちゃくちゃ綺麗だな。濡れてるのに手触りが良い」

「ん、えへん」


 雪季が小さく胸を張る。


「……もっと触っていいよ」

「そ、それは遠慮しておきます」

「……むぅ」


 しばらく、無心で雪季の髪を乾かす。

 雪季もおとなしくじっとしており、遥はあっさりと役目を終えた。


「はい、完了」

「ん、ありがと」

「……でも、なんでわざわざ俺に乾かさせるんだよ」

「……待つ間に遥の顔が見られる」

「なっ、見てたのか!」

「見てた」

「見るなよ! 恥ずかしいだろ! まじめにやってたのに!」

「ん、可愛かった」

「可愛くない!」


 遥はさっさとドライヤーを片付け、リビングに戻った。

 雪季がとことこついてきて、座った遥の背中に抱きつく。

 二日ぶりの、この体勢。

 だが、いつもより雪季の抱きつく力が強いような気がした。

 雪季の身体の柔らかさを極力気にしないように、遥は手元の教科書に集中した。


「……遥」

「んー?」

「……ごめんね」

「……いいよ、それはもう。俺も、ごめんな」

「……ん、遥も悪い」

「わかってるって。橙子さんにも、失礼だったし」

「……橙子さん、なんて?」

「……好きなんだって、俺のこと。ホントかな。もう、わかんないよ、俺」

「……絶対にホント。でも、私の方が好き」

「そ、それは……ありがとうございます」

「……ん」

「……」

「……遥」

「なんだよ」

「……私もハグして」

「…………やだよ」

「む、なんで」

「なんで、じゃありません!」

「なんで。橙子さんにはしたのに」

「あ、あれは! ……その、つい」

「ずるい。私も」

「……マジでダメだって、雪季」

「……やだ」


 雪季は潤んだ声でそう言うと、遥の背中にグリグリと頭をこすりつけてきた。

 痛くはないものの、雪季の不服さが伝わってくる。

 だが、これは本当にダメだ。

 いろいろな意味で、大変良くない。


「……前は抱きしめてくれたのに」

「い、いつだよ!」


 そう言いながらも、遥にはたしかに心当たりがあった。

 六人で勉強会をした日の夜、雪季に抱きしめられて、思わず抱きしめ返してしまった、あれである。

 だが、雪季の言葉は意外なものだった。


「勉強会の日と、風邪の時」

「……風邪? え、それ俺知らないぞ」

「……やっぱり」


 言った雪季は、ますます不機嫌そうだった。唸りながら遥の身体を揺さぶってくる。


「……埋め合わせ」

「なにを埋め合わせるんだよ! 勝手にくっついてくるのはともかく、抱きしめるのはダメだ!」

「んー!」


 子供のように駄々をこねる雪季。

 遥は諦めて教科書を閉じ、後ろに手を回して雪季の背中をポンポンと叩いた。

 なんだかおかしなことをしてるなあ。

 遥は我ながら呆れてしまった。


「……あ」

「ん? どうした?」

「……くっつくの、良いって言った」

「……あっ」

「……ぎゅー」

「……やっぱさっきの無し」

「だめ」

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