035 我慢・悔しい・長台詞
「ん、遥のこと好きじゃないなら、絢音には関係ない」
「……な、なによそれ」
「おー。やるじゃん雪季」
「盛り上がって来たね、愛佳ちゃん」
外野二人の言葉も耳に入らず、絢音はクラクラする頭でなんとか答えを考えた。
遥のことはもちろん、相当好きだ。
特に最近は、一緒に帰ったり看病したり、部活に来てくれたり勉強を教えたり、ますます距離が縮まっているように感じられて、その思いもより大きくなっている。
一緒にいると以前よりドキドキするし、あろうことか最近では、特段美形でもない遥が少しかっこよく見えてきたりしていた。
だが、一応この気持ちは、特定の人物にしか打ち明けていないつもりだった。
都波にはなぜか勘付かれているらしいが、まだ認めたわけではない。
それに、認めたくなかった。
周りに事実として認識され、なにかの間違いで遥に伝わってしまうのが、絢音は心底嫌だったのである。
それほど、絢音にとってこの想いは大切なものだった。
「……べつに、好きなんかじゃ……」
「……ホントに?」
「……」
「……ちゃんとライバルなら、正々堂々勝負する。違うなら、この話は絢音には関係ない。誤魔化すのは、ずるい」
雪季にしては、異例の長台詞だった。
しかしだからこそ、その言葉は絢音の胸に深く突き刺さる。
正々堂々。
雪季はそう言った。
それはつまり、雪季の口から遥に絢音の気持ちをバラすようなことはしない、ということだろう。
同じ男を好きになった女同士、友達同士、卑怯な手は使わずに、真っ向から奪い合う。
きっと雪季はそう言っているのだ。
「私は遥が好き。絢音は?」
「……す、す」
「お?」
「愛佳ちゃん、これは……!」
思えば、ずっと悔しかった。
たしかに気持ちを伝えるのは怖かった。
長い間一緒にいた幼馴染相手に、今さら好きだなんて、打ち明けるのが恥ずかしかった。
けれどもう半分は、遥のことを思いやった結果でもある。
恋愛が怖い、恋愛はしたくない。
遥のその気持ちを知りながら告白するのは、遥に申し訳なかった。
だから絢音は、ずっと我慢していた。
それなのに、悔しい。
雪季は遥に出会ってたった数日で、好きだと伝えた。
そんなのはずるい。
自分の方が、もっと遥のことが好きだ。
それだけは自信を持って言える。
遥に、周りの人に、もっと遥のことを愛している人間がいるんだと言ってやりたかった。
生半可な恋心ではない。
ほかの女とは、キャリアが違うのだから。
「……好きよ!! 好きに決まってるでしょ! ずっと好き! 小学生の頃から、小学生の頃よりも、私は今、遥が大好きなんだから!!」
言ってしまってから、絢音は肩の荷がスッと降りたような気がした。
こんなにはっきりと、誰かに向かって気持ちを口にしたのは初めてだった。
「……ん、わかった」
「愛佳ちゃん! なんか凄いね!」
「めちゃくちゃ目立ってるけどな」
都波に言われて、絢音は慌てて店内を見回した。
ほかのテーブルの客たちが、生温かい目でチラチラとこちらを見ていた。
知らない間に立ち上がっていた絢音は、すぐに座って隠れるように身を屈めた。
「いやぁ絢音ちゃん、私、感動したよ!」
「う、うるさいわね! っていうか、あんたはなんで驚いてないのよ!」
「だって、絢音ちゃんが月島くんを好きなのは知ってたし」
「なっ! なんでよ! まさか渉くんに聞いたの!?」
「ううん。見てたらわかったよ」
「うっ……」
ガックリと項垂れる絢音をよそに、るりは満足そうに頷いていた。
そんなにわかりやすいのだろうか。
ひょっとすると遥にももう、自分の気持ちはバレているのかもしれない。
そう考えてから、絢音はゆっくり首を振った。
あの鈍感人間に限っては、絶対に気づいていない。
それだけは間違いなかった。
そしてだからこそ、自分は今まで苦労して来たのだ。
「いやぁー! でも、これは目が離せませんねぇ、愛佳ちゃん!」
「お前は人生楽しそうでいいな」
「超楽しいじゃん! 鈍感ほんわか王子の月島くんを狙う、二人の美少女……うーん、熱いね!」
「ち、ちょっと! 恥ずかしいからやめてよ!」
「二人……ねぇ」
都波は相変わらず興味もなさそうに遠くを見ていたが、なにかを小声で呟いていた。
しかし店内の喧騒とるりの声で、その言葉は絢音には聞こえなかった。
「あ! 忘れるところだった! 雪季! これでいいんでしょ! 今度こそ白状しなさい!」
「あー! そうだった! 本題はそっちだったんだよね!」
「……ん」
今度は雪季に注目が集まり、絢音は雪季のセリフを待ちながらゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ぽっ」
「雪季ちゃんが赤くなった!?」
「もったいぶらずに早く言いなさいよ!」
あの遥のことだ、まさか滅多なことはしていないだろうし、そんな度胸もないはずだ。
そう思っていた絢音は、雪季がいつもの喋り方でゆっくりと話したその出来事を、心臓が凍りつくような思いで聞いたのだった。
後に彼女は思った。
聞くんじゃなかった、と。
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