034 秘密・女子会・恋敵

「雪季! こっちこっち!」


 いつもの水色のパーカー姿でキョロキョロしていた雪季に声をかけると、雪季はピクッと振り返ってこちらに駆けてきた。

 相変わらず、とんでもなく可憐だ。

 美少女、という言葉が過不足なく板についている。


「おはよう」

「ん、おはよう絢音」

「遅刻かよ雪季ー」


 少し前から合流していた都波が、パーカーのフードを無理やり雪季に被せた。

 うぅーと唸りながら、首を振る雪季。


「やめなさいって。さあ、行くわよ」

「ん、ゴー」

「へいへい」


 絢音、都波、雪季。

 3人で固まって、早速目的地のカフェまで移動する。

 今日は『勉強会リベンジ』と称した、プチ女子会だった。

 遥と渉を交えたこの前の集まりはイマイチ勉強が捗らなかったため、改めてやり直すことにしたのだ。


 主催はまさかの雪季。

 アプリのメッセージで誘いが来た。

 都波がいる、というのには少し怯んだが、絢音も参加することにした。


「あ、るりちゃんいた」


 駅前で、カジュアルな服装の椎葉るりを発見した。

 何を隠そう、彼女も今日のメンバーの1人だ。

 こちらから手を振ると、ニコニコと屈託の無い笑顔で手を振り返してきた。


「あの荷物の少なさ……勉強する気あんのか、あいつ」

「まあ、るりちゃんらしいけどね」


 るりはコンパクトなハンドバッグを提げ、こちらに走ってくる。

 どう見てもノートや教科書が入っているようには見えない。


「おっはよー!」

「おはよう」

「お前、今日が勉強会ってわかってんのか?」

「え? わかってるよー! もちろん!」

「んじゃ、なに持って来たんだよ」

「ペンケースとちっさいノート!」

「……教科書と問題集は?」

「えー? 教科書は誰か持ってくるかなーって。問題集は、私のレベルじゃあまだ必要ないし!」


 自信満々にそう言って、るりはふんっと胸を張った。

 呆れてものも言えない絢音と都波をよそに、るりは甲高い声を上げて雪季に近づいていった。


「きゃー! 雪季ちゃーん! 今日もかわいいねぇ!」

「ん、るりも」

「ありがとーーー! 雪季ちゃん大好きー!」


 ぎゅうっと雪季を抱きしめて頬ずりするるり。

 クラスでもそうだが、雪季は男女問わず妙に愛されている。

 きっと容姿の愛くるしさ以上に、雪季の裏表のない素直な性分が人を惹きつけるのだろう。

 少し羨ましくなって、絢音は小さく溜め息をついた。


「お前、最近常にネガティブモードな」


 小さな声でこっそり都波に話しかけられ、絢音は思わず後ずさってしまった。

 幸い、少し離れたところにいる二人には気づかれていない。


「べ、べつに! そんなことないわよ!」

「そーかねぇ」


 都波はお馴染みの嫌らしい笑みを浮かべながら、頭の後ろで手を組んでさっさと歩き出してしまった。

 るりと雪季もそれに続き、絢音は慌ててその後を追った。



   ◆ ◆ ◆



「だから、次の問題は④が答えになるわけよ。わかった?」

「……」

「……」

「……わかった?」

「ん、全然」

「わっかりません!」


 前の勉強会よりもオシャレで値段も高いカフェの一席で、絢音は頭を抱えて項垂れた。

 明らかにこの二人、遥よりも理解が遅い。

 しかも、あまりやる気が感じられない。

 開始一時間ほどにして、すっかり集中力がなくなっている。

 これは、なかなか困難な道になりそうだった。


「雪季ちゃん、私ミルクレープ頼むけど、一緒に食べない?」

「ん、食べる」

「やったー! すみませーん!」


 元気にウェイトレスを呼ぶるりをジト目で睨んでみるも、向こうはどこ吹く風だった。

 代わりに雪季と目が合うが、雪季は無表情で小さく小首を傾げただけだった。


 ますます気が重くなる。


「椎葉ー、アタシのプリンも頼む」

「おっけー! じゃあミルクレープとカスタードプリン一つずつお願いします!」

「かしこまりました」


 唯一頼りになるかもしれない都波の裏切りに、絢音はとうとう心が折れた。

 持っていたシャーペンを軽く放り投げ、ミルクティーを多めに飲む。

 ふぅっと息を吐くと、肩の力が抜けた。


「ん、絢音」

「……なによ」

「ありがと、勉強」

「……いいわよ。そう言うならちゃんと勉強して欲しいけど」

「ごめん」


 雪季は意外にも、反省している様子でしょんぼりしていた。

 どうやら、勉強に身が入らないことに罪悪感はあるらしい。

 それで改まって謝ってくるようなところは、やはりどうにも憎めない。


 雪季が恋敵じゃなければ良かったのに。


 絢音は色々な意味でそう思った。


「ところで雪季ちゃん、この前はホントにごめんね……」


 るりの言葉に、絢音は心臓が小さく跳ねるのを感じた。

 正直なところ、あの一件のその後については絢音もかなり気になっていた。

 ひょっとして、遥の恋愛恐怖症を知って、雪季が遥のことを諦めてくれたりしてはいないだろうかと思いもした。

 絢音がこの勉強会に参加しようと決めたのも、雪季の様子が気になったからにほかならない。


「ん。気にしないで」

「ホントに大丈夫? 月島くんと喧嘩とかしてない……?」

「大丈夫。……それどころか」

「えっ?」

「えぇっ!?」


 絢音は思わずテーブルに身を乗り出していた。

 図らずも大きな声が出て、慌てて口を押さえる。


 見ると、雪季はほんのりと顔を赤く染めて頬に両手を当てていた。

 表情こそいつもの無感動のままだが、見るからに照れている。

 絢音は冷静ではいられなかった。

 一体、「それどころか」どうしたというのだ。


「なになに? それどころか、なんなの!」

「なにがあったのよ雪季! 言いなさい!」

「ん、内緒」

「だめよ! 雪季!」

「内緒」

「ゆーきー!!」

「うるせぇな望月」

「そうだよ! 絢音ちゃん落ち着いて!」


 都波とるりに宥められ、絢音は我に帰った。

 咳払いをしてストンと腰を下ろす。

 深呼吸を二回してから、絢音は再び雪季を睨んだ。


「ん、絢音に関係ない」

「かっ! ……関係あるわよ」

「ない」

「ある! 遥は私の幼馴染なんだから!」

「愛佳ちゃん、それって関係あるかな?」

「どう考えても関係ねーな」

「だよね?」

「なに!」

「あ、あはは……なんでもありません」


 絢音の気迫に怯んだのか、るりは涙目で黙った。

 頬杖をついて目を細めている都波の表情も気になるが、何よりもいまは雪季だ。


「白状しなさい! なにがあったの!」

「ん、二人の秘密」

「いい加減にしなさいよ雪季ぃ……」


 テーブルとミルクティーと抹茶ラテを挟んで、絢音は雪季と睨み合った。

 この数週間で友達になったとは言え、こと恋愛に関してはライバルだ。

 一歩も引くわけにはいかない。

 絢音は決意を胸に拳をギュッと握りしめた。


「……絢音、遥のこと好き?」


 だが雪季のその質問で、絢音の心の炎はあっさりと鎮火してしまったのだった。


「……え?」

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