030 ルール・私も・落ちこぼれ


「と、都波さんを探しに来たら、まさかあんた達がいるなんてね~……」

「雪季と二人で『改めて同居生活頑張りましょう会』だ。いいだろ」

「ん、いいだろ」

「お前らまたそれか」


 絢音はどこか硬い表情でポツンと立っていた。

 店内の暑さのせいか、少しだけ汗を掻いているように見える。


「わ、私も騒ぎ疲れたし、ちょっとお邪魔しようかしら……」

「ん? いいけどここ、もうすぐラストオーダーだぞ」

「い、いいわよそんなの! もうお腹ふくれたし」


 言いながら、絢音は遥の隣に座った。

 持っていたウーロン茶をテーブルに起き、遥の見ていたメニューを覗き込んでくる。


「ところで、食べ放題ってほかの席で注文してもいいわけ?」

「あ、確かに……。でも都波、さっきなにも言われなかったよな」

「まぁ、自分のテーブルで食べ放題頼んでるからな。見逃してくれたんじゃね?」

「な、なんかギリギリアウトな感じがするんだけど……」

「んじゃ、望月の分は無しで。アタシらだけ頼もうぜー」

「こら、モラルモラル!」


 あーだこーだ言いながら、遥たちは結局4人分のデザートを注文した。

 店員に事情を話したところ、優しそうなウェイトレスが見逃してくれたのである。


「今回だけね。ホントはダメなんだから」

「はい、ありがとうございます」


 4人でペコリと頭を下げる。

 ウェイトレスは笑顔で立ち去ると、しばらくしてから4人分のデザートをまとめて運んできてくれた。


「いい人で良かったわね」

「うーん、いい接客だ」


 遥はうんうんと頷いた。

 自分のバイト先でも、臨機応変な対応、とは先輩やベテラン社員に良く言われるが、つまりはこういうことなのかもしれない。

 もちろん、ルールを守ることだって大切なのだけれど。


「そういえば遥、あんたゴールデンウィーク忙しいの?」

「うーん、まあ半分くらいバイトだな」

「ふ、ふーん……」

「それがどうかしたのか?」

「べ、べつに……痛っ!」


 突然、絢音が短い悲鳴を上げた。

 涙目になりながら、正面にいる都波を睨んでいるように見える。

 対する都波は何事もないような顔でパフェを頬張っており、遥は頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。

 雪季も同じように目を丸くしている。


「あ、えーっと……。ほら、今月テストでしょ! あんた、ちゃんと勉強してるの?」

「うっ……その話はやめてくれ……」

「やっぱり。いっつもギリギリの成績なんだから、今回はせめて平均点くらい取りなさいよね」

「い、いやぁ……最近ますます授業がわかんなくなってきてまして……あはは」


 遥は居心地の悪さに思わず頭を掻いた。

 何を隠そう、遥は成績が悪い。

 定期テストでは殆どの教科が毎回赤点スレスレを推移し、多少マシなのは現代文くらいのものだ。

 中学までは勉強もそれなりにできていたので受験も突破したが、高校に入ると途端に授業についていけなくなったのである。


「追試になったらどうするのよ。バイトできなくなるじゃない」

「そ、そうなんだけどさ……一人だとどうにも……」

「し、仕方ないわね! ゴールデンウィークは部活休みの日もあるから、私が勉強、見てあげるわよ……!」

「え、い、いいのか? マジで頼むぞ、俺」


 予想だにしない申し出に、遥は驚きと喜びを隠せなかった。

 なにせ、絢音は頭が良い。

 特に英語と国語は学年でもトップレベルの成績だ。

 そんな絢音に勉強を教われるなど、願っても無い話だった。


「い、いいわよ。バイト、いつ休みなのよ?」

「おう。水曜と金曜は入れてない!」

「そう。金曜日は私も部活ないから、その日ね」

「お願いします!」


 よし、これで次のテストは安泰だ。

 遥は勝利を確信して心の中で拳を握った。

 絢音の言う通り、追試なんてことになれば本当にバイトに影響が出る。

 そうなれば死活問題だ。

 今は雪季もいるのだから、絶対にバイトを辞めるわけにはいかないのである。


「ん」


 その時、向かいに座っていた雪季が突然手を挙げた。

 いつもの無表情で、絢音の方を見つめている。


「な、なによ雪季……」

「……ん、私も」

「……へっ?」

「……私もお願いします」


 雪季の意外な発言に遥たちは一緒になって驚いた。


「雪季、お前、勉強ダメなのか?」

「ん、ダメ」

「なんか、意外ね……」

「ど、どれくらいダメなんだ?」

「……言えない」


 雪季は口の前に手で小さくバツ印を作り、本当に黙り込んだ。


「ま、まあ、いいわよ。一人も二人も一緒だし」

「ん、ありがとう」


 雪季は遥の方を向き直り、なぜかガッツポーズをしてきた。

 意味は不明だが、なんとなく遥もガッツポーズを返す。

 落ちこぼれ同士の謎の友情、というようなものかもしれない。


「ところで、その日は都波も暇じゃないのか?」

「んぁ?」


 遥が尋ねると、都波は惚けた声を上げた


「テニス部、ないんだろ?」

「んだよ、アタシも参加させる気か?」

「そこをなんとか! 都波さん!」


 両手を擦り合わせながら、遥は頭を下げた。

 実は、絢音よりも都波の方がさらに成績が良い。

 文系理系の区別なく得意で、いつも学年順位一桁台をキープしている。

 遥の知る限り、去年一番順位が低かった時でも学年7位だったはずである。


 都波は目を細めて、しばらく考え込んでいた。

 ふと瞳が動き、視線が絢音に送られたように見える。


「……しゃーねぇ。その代わり、5教科一個でも平均割ったら焼肉奢りな」

「えぇ……そんなぁ……」

「アタシと望月連れ出しておいて平均以下とかあり得ねぇんだよ」

「は、はい……」


 その後、遥と雪季は二時間のリミットを迎え、会計を済ませた。

 最後に都波と絢音をテニス部の方に送り届けてから店を出る。

 二人とは、また金曜日に会うことになっている。


「いやぁしかし、美味かったなぁ」

「ん、美味かった」

「また行くか、外食」

「……いいの?」

「なんかの記念に行こう。同居生活3ヶ月とかさ」

「……ん。付き合った日とか」

「こら」


 遥が軽く雪季の頭をチョップすると、雪季は頭を押さえて頬を膨らませた。

 相変わらず恥ずかしいことを平気で言うやつだ。

 遥はやれやれと両手を広げた。


 しかし、今のやりとりで遥に一つの疑問が浮かんでいた。


「……この生活って、いつまで続くんだろうな」


 遥のセリフは聞こえていなかったらしく、雪季は不思議そうな顔で遥の顔を見上げていた。


「いや、なんでもないよ」


 きっとそれは、今考えても仕方ないことなのだった。

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