019 頭痛・看病・奪い合い


「……」

「……」

「……」


 沈黙が続いている。


 テーブルを挟んで、遥は絢音と向かい合っていた。

 雪季はベッドの上に座り、二人の様子を横から眺める。


 先ほどの絢音の叫び声で、遥は目を覚ました。

 すぐには状況が理解できなかったが、要するに恐れていたことが起きた、と気づいたことで遥は一気に事態を把握した。


 それから怒号を振りまく絢音をなだめ、雪季が沸かしていたお湯を止め、今日までのことを絢音に説明した。

 遥の話を聞く間、絢音は今にも飛びかかってきそうな形相で遥を睨んでいた。

 しかしそれも今では難しい表情に変わり、心なしか落ち込んでいるようにも見えた。


「……あの、絢音さん?」

「……なによ」

「い、いや……その」

「……はっきり言いなさいよ」

「つ、つまり、雪季と俺にはやましいことは何もなくてですね……」

「……ふぅん」


 謎の弁解。

 だがそもそも、なぜ絢音はこんなに怒っているのだろうか。

 いや、もちろん高校生の男女が一緒に住んでいるなど、普通の感覚なら嫌悪感や拒否反応が出ても仕方がないけれど、ここまで怒りを露わにするのも少しおかしいのでは。

 遥は心の中で首を傾げていた。


「……まあ、話は分かったわ。親御さん同士が決めたことだもん。私が口を挟む問題じゃないわよね」


 絢音はそう言いながら、怒らせていた肩から力を抜いた。

 どうやら落ち着いてくれたらしい。

 遥はふうっと大きく息を吐いた。


「でも、絶対に雪季に何かしちゃだめなんだから! 可愛い女の子と二人っきりだからって、そんなのは許されません!」

「な、何かってなんだよ……。言われなくても、何もしないって……」

「……本当かしら」

「ホントだよ! 何もしてないし、これからも何もしないよ!」


 遥が言うと、絢音の表情がほんの少しだけ柔らかくなったような気がした。

 理由は不明だが、このままなら見逃してもらえそうだ。


「ん、遥」

「な、なんだ? 雪季」

「……何もしないの?」

「しねえよ!」

「……しよ」

「しない! っていうか何をだよ!」


 言ってから、遥はズキッという痛みに頭を押さえた。

 目覚めた時はマシだったが、長い時間話していたせいか、病状が悪化している気がする。


「うぅ……。とりあえず、俺は横になります……」

「あっ、ごめん遥……。そうよね、風邪引いてるんだもんね。それなのに、私……」

「いいよ、もう。隠してた俺も悪いし」


 言いながら、雪季がいるベッドにもそもそと潜り込む。

 雪季は入れ替わりでベッドから降り、遥に布団を掛けた。


「絢音はまだいてくれるのか?」

「当たり前でしょ。水尾さんだけじゃ心配だし」

「む」


 雪季が不服そうな顔で絢音を見た。

 絢音も攻撃的な目で迎え撃つ。


(頼むから仲良くしてくれよ……)


 なぜか勃発しそうな争いを思い、遥は痛む頭をまた押さえた。


「冷えピタ替えるわ。どこにあるの?」

「ありがとう。向こうの棚の一番上の引き出しにあるはずなんだけど」

「そう。分かったわ」


 絢音はすぐ戸棚から冷えピタを見つけ、手際良い動きで遥の額にそれを貼った。

 さすがしっかり者の絢音だ。

 来てくれて助かった。

 正直なところ、雪季だけだと心配なのは遥も同じだった。


「水尾さん、遥のことは私に任せてくれていいから」

「ん、ダメ」

「ダメって……一人いれば充分よ、看病なんて」

「じゃあ、私がする」

「遥の風邪は私のせいでもあるんだから、私が看病するわよ。それに、幼馴染だし」

「ん。関係ない」

「関係あります」

「ない」

「あるわよ」

「あーあー、分かったから二人とも、あんまり騒がないでくれ……。頭に響くんだ……」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「ん、ごめん」


 やれやれ、と遥は横になりながら肩を竦めた。

 何をそんなに看病したがることがあるんだか。

 遥にはさっぱり理解不能だった。


「しばらくは大丈夫だから、二人ともゆっくりしててくれ。俺はたぶん、寝ると思うから」


 そう言って、遥は仰向けで目を閉じた。

 今はとにかく、眠るのが一番だろう。

 それから、次起きた時は何か食べよう。

 雪季がなにか買ってきてくれているはずだし。


 絢音と雪季が大人しくなったのも手伝い、遥はあっさりと眠りに落ちていった。

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