020 うどん・絶対・撫でてみる


「はい、完成」

「おぉー!」

「……美味しそう」


 テーブルに並べられた絢音お手製のうどんを前に、遥と雪季は感心の声を上げた。


 結局、遥は夜の7時前までぐっすり眠った。

 目覚めると雪季と絢音がキッチンで料理をしていて、遥はなんとなく安心した気持ちで二人が戻って来るのを待った。


「さすが絢音、普通のうどんなのにめちゃくちゃ美味そうだ」

「ん、すごい」

「普通と一手間、これが料理のコツよ」


 得意げに胸を張る絢音に、雪季と二人で拍手を送った。


 熱は随分下がったらしかった。

 頭痛もかなりマシになり、あとは喉の痛みとダルさが残るくらいだった。

 食欲もある程度回復している。

 遥は目の前の器から漂う匂いで空腹が強まるのを感じた。


「いただきます!」

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 三人でテーブルを囲んで、一緒にうどんを食べた。

 空腹も手伝って、ものすごく美味しい。

 遥は生き返る心地がした。


「いやぁ、マジで美味いなあ」

「ふふ、ありがとう」

「ん、美味しい」

「前に食べたのはけっこう前だけど、やっぱり絢音の料理は最高だな」

「まあね。今でも日々、成長してるんだから」


 絢音は嬉しそうだった。

 しかし、本当に美味しい。

 遥はどんどんと食が進んだ。


「うーん、毎日作って欲しいくらいだ」

「えっ! な、何言ってんのよあんた!」

「ん? いや、毎日絢音の料理が食えたら幸せだろうなぁ、と思って」

「ば、馬鹿じゃないの! なんでそんなことしなきゃいけないのよ!」

「えぇ……例えばの話だよ。そんなに怒らなくても……」


 遥が謝ると、絢音は恨めしそうな、悲しそうな、妙な顔をしていた。

 そしてなぜか両手で頭を抱える。

 なんだか分からないが、不思議なやつだ。

 遥はうどんを啜りながら思った。


 夕食を終え、遥はまたベッドに横になった。

 食器は雪季と絢音が片付けてくれた。

 今も絢音が洗い物をしてくれている。

 眠気は収まっていたので、しばらくのんびりしようと思った。


「……大丈夫?」


 雪季が近づいてきて、ベッドに顎を乗せながら言った。

 わりと顔が近く、少しドキッとする。


「あぁ。おかげでもうだいぶん楽だよ。ありがとな、雪季」

「ん、よかった」

「迷惑かけてごめんな」

「ううん。気にしないで」

「一緒に住み始めたばっかりなのに、悪いなぁ 」

「いい。いつものお返し」


 雪季はまっすぐ遥を見つめていた。

 本当になんとも思っていなさそうなその顔を見ていると、遥はなんだか雪季が愛しくなってしまった。


「……んっ」


 気がつくと、遥は雪季の頭をゆっくり撫でていた。

 艶のあるサラサラの髪が手に吸い付いて、気持ちがいい。

 雪季は心地好さそうに目を細め、とろんとした表情で黙っていた。


「……あっ、ご、ごめん雪季!」

「……ううん、もっと」

「い、いや、今のはちょっと、ぼーっとしてて!」

「もっとー」

「えぇ……う、うーん、雪季がそう言うなら……」


 雪季には看病の恩がある。

 遥は大人しく言うことに従い、また雪季の頭を撫でてみた。

 幸せそうに目を閉じる雪季の顔を見ていると、なんだが動物みたいだな、と思った。


「んー」

「なにがそんなに嬉しいやら」

「ん、嬉しい」

「普通嫌じゃないか? 頭触られるのって」

「やじゃないー」


 やっぱり雪季は変なやつだ。

 そう思いながらも、遥はしばらく雪季の頭を撫で続けていた。


「遥ー、薬飲んどいた方がいいんじゃな……」


 不意にキッチンへのドアが開き、絢音が戻ってきた。

 が、絢音はこちらを見るなり凍りついたかのように動きを止め、目を丸くしていた。


「あぁ絢音。洗い物ありがとな。……どうした?」

「なな、なにやってんのよ遥!!」

「な、なにって、安静にしてるんだけど……」

「手!! なんで雪季の頭触ってるのよ!! 放しなさい!!」

「え、や、やっぱり良くない……かな?」


 絢音のあまりの迫力に、遥は慌てて手を引っ込めようとした。

 だが雪季に両手で押さえつけられ、それも叶わない。


「ん、ダメ」

「雪季! あんたの仕業ね! やめなさい!」

「やーだー」

「もう! ダメだってば!」

「絢音に関係ない」

「あ、あるわよ!」


(なんだ、いつのまにか二人とも、名前で呼び合うようになったのか)


 遥はめちゃくちゃに手を引っ張られながら、呑気に思っていた。

 よかったよかった。



   ◆ ◆ ◆



「今日はホント、助かったよ。ありがとな、絢音」

「い、いいわよ、気にしなくて。幼馴染なんだし……」


 遥は玄関で絢音を見送った。

 もう夜も遅いので、帰り道が少し心配になる。


「やっぱり送って行こうか?」

「い、いいってば! まだ治ってないんだから、ゆっくり休んで」

「……分かった。気をつけろよ」

「うん。ありがと」

「ああ。じゃあな」

「……遥」


 ドアを閉める直前、絢音に名前を呼ばれて遥はもう一度ドアから顔を出した。


「どうした?」

「べ、べつに風邪じゃなくても、料理くらい作りに来てあげるから! だから、その、いつでも言ってよ……?」

「おぉ、いいのか。じゃあ、また頼むよ」

「え、ええ。雪季は料理しないみたいだしね」

「毎回俺が作ってるしなぁ」


 あはは、と遥は笑う。

 べつにそのことに文句はないし、今までよりも作り甲斐があるぶん、逆に嬉しかったりもするのだが。


「あ、それと! 雪季に変なことしちゃダメだからね! 絶対! 絶対よ!」

「わ、分かってるって……。それにどっちかと言えば、俺がされる側なんだからな……」

「えっ! な、何されてるの!?」

「うーん……まあ、手繋がれたり」

「なっ!」

「……抱きつかれたり」

「ええっ!?」


 絢音は驚いているような、怒っているような顔になった。

 これ以上はやめておいた方が良さそうだ。

 遥は早めに危険を察知し、口を噤むことにした。


「なんでちゃんと嫌がらないのよ!!」

「嫌がって……るよ!」

「あ! 今変な間があったわよ! やっぱり流されてるんでしょ!」

「わぁー! 違う違う!」

「騙されないわよ! これからはちゃんと怒ること! いい!?」

「は、はい……わかりました」


 なぜ自分がこんなに責められているんだろうか。

 遥は心の中で首を傾げたが、絢音の迫力に負けて黙っていることにした。


 今度こそ別れを告げ、ドアを閉める。

 それにしても、本当に絢音がいてくれて助かった。

 治って登校できたら、また改めてお礼を言うことにしよう。


 あっ、そうだ。

 遥はあることに気がついた。


「傘返してもらってないな……」


(まあ、次に会った時でいいか)

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