018 ピンチ・やっぱり・叫び声


 スマホの画面には、思っていたより多く通知が表示されていた。

 メッセージが8件。

 遥は一つ一つ順番に、その内容を確認していった。


『渉:生きてるか?』

『渉:月曜の物理、日本史に変更だと』

『(都波がスタンプを送信しました)』

『(都波がスタンプを送信しました)』

『(都波がスタンプを送信しました)』


 相変わらず適当な都波は置いておくとして、渉が時間割の変更を伝えてくれている。

 雪季に聞けば分かっただろうが、それでもありがたい気遣いだ。


(おっ。絢音からも来てる)


 珍しいなと思いながら、遥は絢音からのメッセージを開いた。


『絢音:体調、どう?』

『絢音:良くないなら明日、そっち行こうか?』

『絢音:心配なので明日行きます。傘も持っていくね』


 どうやら随分と心配してくれているらしい。

 おそらく絢音は遥の風邪を自分のせいだと思っているだろうから、無理もないかもしれない。


(やっぱり悪いことしたなぁ……)


 遥はメッセージアプリの画面を閉じながら、小さく吐息をついた。


「……ん?」


 何か重要な問題があるような気がして、遥は再びアプリを開いた。


『絢音:心配なので明日行きます。傘も持っていくね』


(……ヤバすぎる!!)


 絢音が、あろうことかうちに来るつもりらしい。

 受信したのは昨日の夜だ。

 いつ来るかまでは書かれていないが、もしかするともう向かっているかもしれない。


 遥は慌てて部屋の中を見渡した。

 雪季の学生服がクローゼットに掛かっている。

 学生カバンも、パジャマも、布団もある。


 マズい。

 遥は急いで絢音にメッセージを送った。


『全然大丈夫だから来なくて良いよ!』


 少しの間、そのメッセージを眺めるが、既読マークは一向につかなかった。

 電話を掛けてみるが、こちらも繋がらない。

 スマホをカバンに入れているのかもしれない。


 ならば雪季だ。


『ヤバイことになった。悪いけどしばらく帰ってこないでくれ。また連絡する』


 メッセージを送信すると、キッチンから電子音が鳴った。

 まさか。


 案の定、雪季はスマホを置き忘れていた。

 これでは電話することもできない。

 本格的にマズい。


 遥は重い身体を必死に動かした。

 とりあえず、雪季の持ち物を全て隠す。

 絢音は玄関で追い返す予定だが、もし入られたら終わりだ。

 念のため、ドアの鍵も閉めておく。

 ひとまず、今はこれが最善策だろう。


「はぁ……はぁ……どうしよう」


 それなりの運動量だったせいか、遥はまたぼーっとし始めていた。

 そのままベッドに横たわり、必死に頭を働かせた。


 今絢音が来てくれれば直接追い返せる。

 先に雪季が帰ってきたら、雪季の存在がバレないように気をつけながら、やっぱり追い返す。

 もし、雪季の帰宅と絢音の到着が重なったら、それはもうどうしようもない。


 他には、他には。

 ダメだ、頭が働かなくなってきた。

 遥は頭痛に顔を歪めながら、ちからつきるように目を閉じた。



   ◆ ◆ ◆



 遥へ送ったメッセージには、最後まで既読マークがつかなかった。

 絢音は早足で遥のマンションへ向かいながら、昨日の遥の様子を思い出していた。


 5限の授業中に突然手を挙げた遥は、ふらふらの足取りで早退していった。

 チラッと見えた横顔は真っ青で、しかし汗もかいていた。


(やっぱり、私のせいだ……)


 絢音は自分を責めた。

 ただ、あの時の遥は断る暇もなく走り去ってしまって、絢音にはどうすることもできなかった。

 過ぎたことは仕方がない。

 一日看病をして回復を助けるのが、今の自分のやるべきことだろう。

 もし家を訪ねて遥がいなければ、その時はその時だ。


 手にはスーパーで買った食材や飲み物の袋を持ち、服は念のため、一番自信のある赤いニットとデニムにした。

 友達からはスタイルがよく見えると評判だった。


 時刻は昼の1時過ぎ。

 昨日の帰宅からずっと眠っていたとしても、さすがにそろそろ起きている頃だろう。

 遥はちゃんと何か食べただろうか。

 昨日のあの様子では、まだまともに起き上がれないかもしれない。

 まあいい。今日は丸一日、予定を空けてある。

 一日中看病をすることになっても、むしろ嬉しいくらいだ。


 そういえば、遥が一人暮らしを初めてから、家に行くのはこれが初めてだ。

 ひょっとすると部屋には、 他人に見せたくないものがあったりするのかもしれない。

 その時は素直に謝ろう。


 そんなことを考えている間に、遥のマンションに辿り着いた。

 部屋番号は203。一度だって忘れたことはなかった。


 もしノックしても反応がなければ、申し訳ないが電話を掛けてみよう。

 そう思いながら、絢音はドアをコンコンと二度、軽く叩いた。


 ややあって、部屋の中から小さく足音が聞こえてきた。

 よかった、どうやら起きていたらしい。

 体調も少しは回復したのだろう。


 ドアノブが回され、ゆっくりと開いていく。

 自然体を意識して、絢音は最初の一言を喉元まで引っ張り上げた。


「はる……か?」

「…………あ」


 ドアがまた、ゆっくりと閉じられた。


 見間違えるはずがない。

 フードこそ被っていたが、今のは絶対に、あの水尾雪季だった。


 気づいた時には、絢音はドアを開けて部屋に上がり込んでいた。

 大急ぎで靴を脱ぎ、リビングへの扉を開ける。


 部屋の真ん中に、パーカー姿の水尾雪季が無表情で立っていた。

 隣にあるベッドには、遥が苦しそうな寝顔で眠っているのが見えた。


「な、な、な」

「……ピンチ」


 情報の処理と感情の整理が追いつかず、絢音は。


「なによこれぇえーーー!!!」


 ただ叫ぶしかなかった。

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