015 くしゃみ・質問・風邪を引く


「へっくしゅ!」


 雪季と並んでテレビを見ていると、急にくしゃみが出た。

 遥は鼻をすすりながら、両腕をさする。

 なんとなく、寒気がするような気がした。


「……大丈夫?」

「うん、まあたぶん」


 結局、雨はずっと降り続けていた。

 ずぶ濡れでバイト先にたどり着き、帰りには傘を借りたが、それなりに濡れてしまった。

 すぐにシャワーを浴びて今に至るが、まだ外は土砂降りだ。


「遥、自分の傘は?」

「あー、人に貸しちゃって」

「……誰?」

「絢音って知ってるか? 望月絢音。同じクラスの」

「……ちょっとだけ」

「そうか。帰り一緒になってさ。傘持ってなかったから」

「……そう」


 なんとなく、雪季のテンションが低い気がした。

 いつも決して高くはないけれど。


「……仲良し?」

「んー、まあ、そうかな。幼馴染だよ、昔からの」

「……ふぅん」


 隣にいた雪季が、のそのそと遥の後ろに回った。

 遥の身体に手を回して、ギュッと抱きしめてくる。


「あっ、こら! くっつくの禁止だって言ったろ!」

「ん、やだ」

「くそぅ……」


 諦めて抱きしめられていると、雪季は頬を背中にくっつけてきた。

 密着度が上がり、遥の心臓が早まる。


「あー、ど、どうだ? 学校は。慣れたか?」

「ん。わりと」

「そ、そっか。よかったな」

「……その子」

「そのこ?」

「……絢音さん、好き?」

「えぇ……。好きって……なんだよ、その質問」

「……好き?」


 ううん。

 遥は頭を捻った。

 好きかと聞かれれば、もちろん好きだ。

 良好な関係の幼馴染、というのが、絢音との間柄を端的に表した言葉だろうと思う。

 だが、おそらく雪季の質問はそういう意味合いとは違うのだろう。

 流石の遥にも、それくらいは分かった。


「いや、絢音はそういうのじゃないよ」

「……よかった」

「え……」


 雪季はますます抱きしめる力を強めた。

 遥の鼓動がさらに早まる。

 体温と息遣いが伝わってくる。

 いつまでたっても、このドキドキには慣れそうにもなかった。


「……遥、モテる?」

「な、なんだよいきなり」

「モテる?」

「う、うーん……」


 遥は悩むふりをした。

 今までの人生、モテた試しは一度もない。

 それに、例の恋愛恐怖症もある。

 モテたいとも思わない。

 だが、それを言うのはなんだか言い訳みたいだし、なにより、恋愛恐怖症のことは雪季にはまだ言っていない。

 言うつもりもなかった。

 遥の答えは決まっていた。


「モテないよ、全然」

「ん。そう」

「なんだよ、嫌味か?」

「ううん。安心」


 本当に安堵したような雪季の口調に、遥はまた胸が高鳴るのを感じた。

 やはり、雪季の愛情表現には動揺させられてしまう。

 しかしそれも、無理もないことのはずだ。

 決して自分は悪くない。

 遥は自分に言い聞かせ、一つ大きな深呼吸をした。


 見るでもなく見ていた番組が終わり、時計は11時を指していた。

 そろそろ寝よう。

 遥は立ち上がり、洗面所へ向かった。

 後ろから雪季もついてくる。


「今日、放課後都波と何してたんだ?」

「ん。学校探険」

「へぇ。意外と気がきくな、都波のやつ」

「ん。いい人」

「まぁ、いい人、かなぁ」


 すっかり日課になった、二人並んでの歯磨き。

 それを終えると、今度は二人で布団を敷く。

 随分と慣れたものだった。


「じゃあ、おやすみ、雪季」

「ん、おやすみ」

「……へっくしゅ!」


 布団に潜るなり、すぐにまたくしゃみが出た。

 寒気も増している。

 これは、暖かくして寝たほうがよさそうだ。


「……遥」

「ん?」

「大丈夫?」

「んー、うん」


 答えながら、遥はいつもより布団を深くかぶった。

 体調が悪いというわけではないにしろ、警戒するに越したことはない。

 絢音にああ言ってしまった手前、風邪など引くわけにはいかなかった。



   ◆ ◆ ◆



「……はぁ」


 次の日の昼休み。


「遥、お前顔色死んでるぞ」

「……んなことないって」


 台風は夜中のうちに通過してしまっていたが、明らかに、遥の体調は悪化していた。

 頭痛、吐き気、喉の痛み。

 どう考えても風邪の症状だ。

 都波が珍しく、心配そうな表情で遥の顔を覗き込んでくる。


「さっさと早退しろや」

「だから、大丈夫だよ……」


 早退なんてしたら、本当に絢音に罪悪感を抱かせてしまう。

 できればそれは避けたかった。


(やっぱり三日連続バイトが祟ったか……)


 遥は顔を伏せ、うぅっと唸った。

 あと三時間ほど耐えれば家に帰れる。

 幸い、今日と明日はバイトも入れていない。

 二日も休めば治るはずだ。

 絢音に悟られずに全快すれば、実質風邪など引いていないのと同じ。

 それしかない。


「遥……」

「あぁ、雪季。俺のことはいいから、都波と学食行ってこいよ……」

「……心配」

「……ありがとな」


 何度も遥の方を振り返りながら、雪季は都波に連れられて教室を出て行った。

 雪季にも心配をかけてしまった。

 やはり、早く治さなければ。

 遥は無理やり気合を入れ直し、身体を起こした。

 食欲はないので、水分だけ取ることにする。


 教室を見ると、どうやら絢音はいないようだった。

 渉もすでに教室を出た後らしい。

 今のうちに眠って、極力回復に努めることにしよう。

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