011 うわさ・その先・甘い読み


 次の日、遥は意を決して、雪季と二人で教室まで歩いた。

 席に着くと、二人の登校する姿を見ていたらしいクラスメイトたちが、小声でうわさ話をするのが耳に入ってくる。


「月島くんと水尾さん、一緒に歩いてたんだけど……」

「え、なんで? どういう関係? 喋ってるの見たことある?」

「ないよ。昨日も一昨日も、一回も話してないと思う」


 気まずい。

 周りからの奇異の視線が痛い。

 かと言って、自分から事情を説明するのもおかしな話だ。

 自然に話が広まっていくのを待つしかない。


「よお、遥」

「ああ、都波か。おはよう」


 遥の隣の席にボンっとカバンを置いた都波の挨拶に答える。

 都波はすぐにおおよその事情を察したらしく、遥に顔を近づけて小声で話してきた。


「結局諦めたのか?」

「仲が良いってことは、もう隠さないことにしたよ。ただ、さすがに同居してるってことは言えない。都波も協力してくれ、頼む」

「水尾もそれで良いって?」

「ああ。昨日ちゃんと話したよ」

「そうか、ならいいや。多少手は貸してやるよ」


 遥は手を合わせて何度も頭を下げるジェスチャーをした。

 都波はすぐに立ち上がると、前の席の雪季のところへ行き、二人で何やら話し始めた。

 無事都波の協力を得られたのは大きい。

 遥は一つ、大きな息を吐いた。


「遥、おっす」


 そこへ、少し前から教室にいた渉が声をかけてきた。

 どうやら遥たちの様子を、しばらく見ていたらしい。


「おはよう、渉」


 都波同様、渉にも事情を話した。

 渉は苦笑いしていたが、協力には回ってくれるらしかった。


「とりあえず、授業始まるまでここにいてくれ。一人になったら質問攻めにされそうだし……」

「はいはい」


 渉は遥の前の席に座り、こっちを向いた。

 また小声で会話する。


「ところで水尾さんって、遥のどこが好きなんだ?」

「知らねぇよ……。俺だってまだ、何かの間違いじゃないかって思ってるんだから」

「でも、マジなんだろ?」

「……そうらしい」


 自分でも、こうなったきっかけは全くわからない。

 ただ、鈍いと言われることが少なくない遥は、それを突き止めることをすでに諦めている節があった。

 そしてそれは、どうやら渉も同じらしい。


「お前にもついに来たか、春が」

「来てません」

「いいじゃん、水尾さん。何が気に入らないんだよ」

「そりゃいいよ。いいに決まってるだろ。でも、ダメなんだよ、俺は」

「恋愛恐怖症、か?」


 渉は呆れたように笑った。

 が、遥にとってはもちろん深刻だ。


「大丈夫かもしれないだろ、水尾さんなら。試したこともない癖に」

「相手の問題じゃないんだよ。怖いし、嫌なんだ。これは、絶対なんだよ」

「じゃあ、フるのか?」


 渉は得意げな表情でそう言った。

 遥はぽかんとして、その言葉の意味を考えた。


「……だけど、まだ何も求められてないぞ。好きって言われただけだし」

「……まあ、お前はそういうやつだよな」


 渉は諦めたように吐息をつくと、話題を今日の授業のことに移した。


 一転して他愛ない話。

 それに応じながら、遥は考える。

 自分のことが好きなら、雪季はこれからどうしたいんだろうか。

 やはり、交際して、仲を深めて、その先へ進みたいのだろうか。

 もしそう言われたら、自分はどうすれば良いのだろうか。


 ダメだ。

 遥は心の中で両手を挙げる。

 分からないし、考えるのも億劫だ。

 今は何より、クラスメイトたちにどう対処するか、その方が問題だった。



   ◆ ◆ ◆



 昼休み。

 遥にとってはここが山場だ。

 覚悟を決めて、ゆっくり立ち上がる。


「っしゃ、行くか」

「行く」

「不安だ……」


 都波、雪季、遥。席の近い三人で集まって、教室を出る。

 案の定、背中にいくつもの視線を感じた。


(怯むな怯むな……)


 あくびをしている都波の呑気さに反して、遥の心は穏やかではなかった。


 目指すは学食。

 公衆の面前で、雪季と一緒に昼食を摂るのだ。

 これで一気に、遥と雪季の親密さが広まることになる。

 都波はその緩衝材だ。

 二人きりで、というのはあまりにも周囲への刺激が強すぎる。


「雪季ー、お前学食初めてか?」

「ん、そう。楽しみ」

「そんなに美味くねぇけどなー」


 いつのまにか、都波が雪季を名前で呼ぶようになっていた。


 都波は今日の授業間の休みを、ずっと雪季と二人で過ごしていた。

 都波はそうしてクラスメイトからの雪季への詮索を牽制しつつ、雪季と普通に仲良くなってしまったらしい。


(まあ、誰にでも垣根の無いやつだからなぁ)


 やっぱり都波に頼ったのは正解だった。

 遥は少し不安が取り除かれるような気がした。


 学食に着くと、三人で定食を買った。

 四人がけの席を一つ占領し、腰を下ろす。


「ふぅ……。思ったより静かだな、周りは」

「めちゃくちゃ見られてるけどな」

「え、マジか」

「クラスの連中もちょこちょこいるからなー」


 遥は周りに悟られないように周囲を見渡した。

 見知った顔がいくつか、こちらに視線を向けている。

 小さな声で何か話しているようにも見えた。


「まぁ、そりゃそうだよなぁ」

「悪いことしてるわけじゃねぇんだから、堂々としてろ」

「ん。堂々」

「雪季は強いな……」

「ま、これで連中も確信しただろ。遥と雪季はなぜか親しい。あとはこれから、どう動くかだな」

「俺にもお前くらいの度胸があれば……」

「なるようになるだろ。悩むだけムダだ」

「ん。ムダ」


 女性陣の肝の座り方に、遥は思わずため息が出た。

 ただ、彼女たちに直接被害が及ぶことはあまりなさそうなので、当然といえば当然かもしれない。


(でも、やっぱり都波の協力は大きかったなぁ)


 思っていたよりも、クラスメイトたちはおとなしいものだった。

 このままなあなあでなんとなく、雪季との関係も浸透していくんじゃなかろうか。

 遥は呑気にもそんな風に考えていた。

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