009 集会・計画・雪季の気持ち


 この日の夜はバイトだった。

 四時間働き、バイト先を出る。

 遥にはこれから、大切な約束があるのだ。


 あらかじめ連絡は入れてあった。

 二人とも、遥の呼び出しには応じてくれている。

 もちろん、怪訝そうではあったけれど。


 約束のカフェの前に着くと、すでに雪季が待っていた。

 学生服のままだが、カバンは持っていない。


「おまたせ、雪季」

「ん。お疲れ様」


 一言交わしたあと、二人で店内に入る。

 向こうももう、テーブルについているはずだ。


(緊張するなぁ、これは……)


 店内を見渡すと、奥のテーブルに座っている渉と目が合った。

 となりには都波の姿もある。


 二人とも遥に小さく手を振ってくれる。

 が、後ろにいる雪季の姿を見ると、驚きの表情で固まった。

 概ね、予想通りの反応だ。


「悪いな、遅くに来てもらって」

「いや、それはいいけどお前……」

「水尾じゃん」

「ん。こんばんは」


 雪季がぺこりとお辞儀する。

 渉もお辞儀を返すが、都波は頬杖をついて様子を伺っていた。


「ま、まあとりあえずなにか頼もう」


 警戒心むき出しの渉と都波の分も合わせて、四人分のコーヒーを注文することにした。

 二人を落ち着けたかったのと、自分も少し動転していたのである。


「遥」

「ん?」

「ミルクティーがいい」

「ああそうか。じゃあアイスコーヒー3つとミルクティー1つで」

「かしこまりました」


 ウェイトレスが笑顔で首肯し、去っていく。

 今のやり取りを見た向かいの二人は、ますます訝しむ様子で遥と雪季を見比べていた。


「あのー、まあ、なんだ、つまり……」



   ◆ ◆ ◆



「同居ぉ!?」

「……アホだ、アホ」


 渉と都波のリアクションは対称的だった。

 驚きを隠せない渉と、呆れて物も言えない都波。

 二人のイメージにぴったりではある。


 遥はここ数日の出来事を、すべて話した。

 いや正確には、手を繋いだことと布団に潜り込まれたこと、それから抱きつかれたこと以外の、全部だ。


 これは昨日のうちに出していた結論だった。

 クラスメイトに嘘をつくなら、協力してくれる人間が欲しい。

 それも事情を知っていて、頼りになる相手。

 となると、遥にとってはこの二人しか思いつかなかった。


「頼む! お前達しか頼れるやつがいないんだよぉ……」


 遥が縋るように手を合わせるのを見て、少し遅れて雪季も同じポーズを取った。

 渉と都波は顔を見合わせ、しばらく黙っていた。


「まあ、話はわかったが、隠し通せるのか?」

「無理だろー。ボロが出てバレるのがオチだな」

「そんなことになったら俺は終わりなんだよ!」

「気持ちはわかるけど、リスキーだぞ」

「ああ。かなり手間もかかるし、お前が思ってるほど簡単じゃねぇぞ」

「じゃあどうするんだよぉ……」

「潔くバラした方がいいんじゃないのか? 隠そうとしてバレたっていう方が、反感買いやすいと思うけどな」

「そりゃアタシも同意見だな。そもそも理由が理由なんだから、不当に恨みを買う義理はねぇだろ。なら隠してたっていう弱みを作るのは得策じゃねぇ」


 渉と都波は意外にも真剣にこの件について考えてくれているようだった。

 そして、二人の言い分は遥にもよくわかる。

 だが、隠し通せるならそれが一番良いに決まっているのだ。

 遥はできれば、ノーダメージでこの問題を切り抜けたかった。贅沢にも。


「そこをなんとか! 二人のお力で!」

「って言われてもなぁ……」

「アタシはヤダね。それに、遥はともかく、水尾はどう思ってるんだよ」

「……ど、どういうことだ?」

「もし実行するとしても、水尾が喋っちまったら全部終わりだろ。でも今のお前の話じゃ、水尾の気持ちがわからねぇ。水尾は賛成なのかよ、この案に」


 都波は初めて雪季に話しかけた。

 雪季は表情一つ変えず、口を閉じている。

 が、何も考えていないという様子ではなかった。


「やるなら、全員が納得してなきゃ絶対に失敗するぞ。水尾は学校でも遥と普通に接したいんだろ。なら、この案には反対のハズだな?」

「……ん」


 コクリと小さく、雪季は頷いた。


「……バラしたい」

「お、おい雪季……」

「な? こんな状態じゃうまくいくわけねぇ」

「水尾さんが乗り気じゃないなら、俺も協力はできないな。せめて別の方法を考えるべきだ」


 二人はとことん冷静だった。

 だからこそこの二人に頼ることにしたのだが、まさか計画自体に反対されるとは。

 しかも、雪季にまで。

 遥は頭を抱えた。

 雪季に会ってから、頭を抱えてばかりいる気がする。


「雪季ぃ……なんでだよ」

「……寂しいから」

「そ、そろそろ友達もできる頃だろ?」

「……違う」


 雪季がプイッとそっぽを向く。

 それを見て、向かいの二人は何かを考えているようだった。


「……遥、今日も来てくれなかった」

「い、行ってなにするんだよ……」

「寂しかった」

「だから寂しくないだろぉ……」


 うーんと唸って腕を組む遥と、不機嫌そうに顔を背ける雪季。

 都波と渉は黙って頷き合うと、ゆっくり立ち上がった。


「おい水尾、ちょっと来い」

「ん? どうした、二人とも」

「いいから」


 都波と渉は、雪季を連れて店の隅の方へ歩いて行った。

 その様子をテーブルから眺める遥。

 なにやら質問されているように見える。

 一体、雪季に何の用だろう。


 数分後、席に戻ってきた三人は、何やらそれぞれ妙な顔をしていた。

 渉は苦笑いと喜び、都波はニヤニヤと軽蔑の混ざったような表情で、雪季は顔が赤い。


「ど、どうしたんだよ……」

「遥、お前ってやつは……」

「この計画はやっぱなしだ、諦めろ遥」

「ええ!? なんでだよ……助けてくれよ……」

「事情が変わったんだよ」

「あぁ、俺たちは協力できないよ」


 遥の顔から血の気が引いた。

 頼みの綱の二人に、なぜかあっさり断られてしまった。

 どうすればいいんだ、この先。


「雪季ぃ、どういうことなんだよ? 二人に何言われたんだ?」

「…………ん」


 雪季はますます顔を赤くして、黙っただけだった。


「せ、せめて理由を教えてくれよ! 都波!」

「理由ねぇ……。水尾、良いのか?」


 都波はなぜか、雪季に同意を求めた。

 ますます話が見えない。


 雪季は黙ったまま小さく頷き、顔を伏せた。


 一体何があったんだろうか。

 遥は神妙な面持ちで都波の言葉を待っていた。


「よく聞け、遥」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む音が静かに鳴った。


「水尾はお前のこと、好きなんだよ」

「…………は?」

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