008 学食・偶然・幼馴染


 次の日の教室は、かなり雪季フィーバーも沈静化しているようだった。

 高校生には興味の対象が多い。

 それに何より、中間テストが近い、ということも大きく影響しているだろう。

 ただ、それでも休み時間中、雪季の周りには人が絶えなかった。


(興味本位で寄ってくるやつだけじゃなく、ちゃんと友達になってくれるやつが見つかるといいんだけど)


 遥は親のような気持ちで、教室の隅からそんな雪季を眺めていた。

 なにせ雪季とは席が近いため、自分の机にいては落ち着かないのである。


 昼休みになり、遥は昼食を摂るために一人で教室を出た。

 雪季は何人かの女子に誘われていたので、まあ孤立するようなことはないだろう。


「遥ー、学食か? 一緒に行こうぜ」


 後ろから声をかけられ、遥は立ち止まる。

 見ると、渉が小走りでやってきていた。


「渉、今日は彼女はいいのか?」

「部活の集まりがあるんだと」

「そうか。じゃあ行くか」


 渉と並んで学食を目指す。

 渉には付き合って一年ほどの彼女がいる。

 クラスは違うが、遥ともそれなりに親交があった。

 昼休みはいつもその彼女と過ごす渉だが、どうやら今日は捨てられたらしい。


「遥は水尾さんには未だに興味なしか?」

「興味なしっていうか、普通のクラスメイトだよ。やたら騒いだりは、本人にも迷惑だろうし」

「それはそうだな。しかし、想像以上に可愛いな、あれは」

「お前もやっぱりそう思うか」

「全員同意見だろ、さすがに」


 渉も雪季の美少女っぷりには賞賛を惜しまないようだ。

 彼女がいるのに平気でそういうことを言うところは、渉のいいところでもあり、悪いところでもあった。


 学食は生徒で賑わっていた。

 先に席を確保してから、各々好きなものを買いに行く。

 渉は定食、遥はパンだ。


「めっちゃ混んでるな、なんか」


 パンや飲み物を販売している購買が、今日はやけに盛況だった。

 数分の間列に並び、目当てのパンが買えた頃には、すでに渉が定食のトレイを持ってテーブルについていた。


「あれ、絢音あやねか?」

「き、奇遇ね、遥」


 四つある椅子の一つ、渉の隣に幼馴染の望月絢音もちづきあやねが座っていた。


 絢音とは小学生からの腐れ縁で、中学、高校とずっと同じ学校に通っている。

 今年は数年ぶりにクラスも同じになり、少しだけ話す頻度が増えていた。

 渉とももう友人になっている。


 雪季ほどではないが、絢音もかなりの美少女だ。

 それも、可愛いというよりは綺麗、という方が印象に近い。

 流れる黒い髪は背中まで伸び、切れ長でまつげの長い目と、スッと通った鼻筋が美しさを際立たせる。

 ただ、遥にとっては随分と見慣れてしまった顔だ。

 周りの男子が言うほど、絢音を美人だとは思えなかった。

 もちろんそんなことは関係なく、ひとりの友人として大切に思っていることは変わらないが。


「お前を待ってたらばったり会ってな」

「珍しいな。いつも弁当だろ?」

「そうだけど、たまには学食もいいじゃない。それに、教室はちょっと今、騒がしいし」

「まあ、それはたしかに」


 かく言う絢音も昨日、雪季を囲んでいたうちの一人ではあるが、どうやら興味も落ち着いたらしい。

 騒々しいのがあまり好きではない絢音も、こっちに避難してきたということだろう。


 しかし、絢音と一緒に昼食なんていつぶりだろうか。


 遥は記憶を巡らせるが、一緒に食べた記憶はいよいよ見つからなかった。

 もしかしたら小学生の頃まで遡るかもしれない。


「あっ、悪い遥。部活の連中発見したから、俺向こう行くわ」

「薄情なやつだな……」


 トレイを持って立ち上がる渉に恨み言を言ってみる。

 が、渉は「悪い悪い」と調子よく言ってそのまま去って行ってしまった。

 奥のテーブルで、サッカー部と思しきグループに加わる渉の姿を見送り、遥は絢音の方に視線を戻した。

 絢音はなぜか先ほどまでとは違い、ニヤケているような、不愉快そうな、不思議な表情をしていた。

 心なしか顔が赤い気がする。

 熱でもあるのだろうか。


「は、遥は興味ないの? 水尾雪季さん!」

「あー、うん、そんなに」

「そ、そう! まぁ、あんたは恋愛嫌いだもんね」

「嫌いじゃない。怖いんだよ、俺は」


 遥が言うと、絢音は暗い顔をした。

 申し訳ないことをしたかな、と思う。


 付き合いが長いだけあって、絢音は遥の家の事情をよくわかっていた。

 当時は慰めてくれたり、元気付けてくれたりしたがその甲斐もなく、結局今の状態になってしまったのである。

 だが、遥は絢音の気遣いにはかなり、感謝しているのだった。


「でも、食わず嫌いは良くないわよ。一回誰かと付き合ってみたら? まあ、その、協力するし……」

「やだよ。それで浮気とかされたら、いよいよ恋愛恐怖症じゃなくて、女性不信になるぞ、俺」

「う、浮気なんてしない!」

「そりゃあ絢音はなぁ。でも、世の中いろんな人がいるし、付き合う相手が本当はどんなやつかなんて、分からないだろ」


 遥の言葉に絢音は数回表情を変えてから、大きなため息をついた。

 ガックリと肩を落とし、目に生気が感じられない。


 そんなに呆れなくてもいいのになぁ。遥は自業自得だとは思いつつ、心の中で反抗してみた。

 べつに、恋愛がない人生だって捨てたもんじゃないはずだ。

 そういう生き方だって、今は認められ始めているんだし。


「でも、そういう絢音は彼氏作らないのか? モテるだろ」

「えっ! ま、まあね! 私は、ほら……好きな人、いるし……」

「へぇ、そうなのか。初耳だな」


 やっぱり絢音ほどの美人となると、恋の一つや二つ、していて当然か。

 遥は感心と納得の混ざった思いで頷いた。


「俺の知ってるやつ?」

「……う、うん」


 名前まで聞いてしまうか迷った末、やめておくことにした。

 教えてくれるとも思えないし、知ってしまうと自ら恋愛に首を突っ込んでしまうようで、気が引けたのだ。


「そうか、頑張れよ絢音」

「……頑張ってもダメそうよ」


 絢音の表情は暗かった。

 絢音でも振り向かせられない男がいるのか。

 遥は内心驚いていたが、恋愛というのはそう単純じゃないんだろうな、とも思えた。

 さすが恋愛だ。


「でもま、告白してみてもいいんじゃないか? ダメ元で。案外いけるかもしれないし」

「……無理なのよ」


 絢音は恨めしそうな目でこちらを睨んできた。

 まるで、お前のせいだ、とでも言うかのように。


 どうしたんだ、一体。

 遥の頭の中にクエスチョンマークが飛ぶ。

 やっぱり恋愛は自分には向いていなさそうだ、と遥は思っていた。

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