006 よろしく・席替え・好きな人
「おはよー。じゃ、ホームルーム始めるねー」
2年C組の担任教師はかなり若い。
加えて美人で姐御肌であるため、男子だけでなく女子からの人気も非常に高かった。
そのせいかほかのクラスと比べてもクラス全体がまとまっているため、2年生の中では「C組はアタリ」という認識が強い。
遥もこのクラスにはかなり満足していた。
担任の
「突然だけど……って、その感じはもうみんな知ってるか。それじゃあ、喜びなさい! 転入生はうちのクラスよ!」
途端、「おおおおおおお!!」という歓声が上がった。
特に男子の野太い声が目立つ。
単純にうるさい。
「っしゃおらぁ!!」
「それって例の美人転入生だよな!?」
「いやー、キタなこれは」
「ますますアタリクラスじゃん!」
「あーはいはい静かに。入りにくいでしょ、そんなに盛り上がってたら」
口々に騒ぎ出す男子たちを手で制し、森野先生は教室の前方のドアに近づいた。
「カモン転入生!」
言いながら、勢いよくドアを開け放つ。
クラス中が静まり返り、誰かが息を飲む音だけが微かに聞こえた。
開かれたドアから、ひょこっと顔だけが覗いた。
「おおおお!」と教室がざわめく。
雪季だ。
遥は緊張で固まった表情で、キョロキョロと教室中を見回す雪季の顔を見た。
パッと遥と目が合うと、雪季は安心したように微かに笑い、とことこと小さい歩幅で教卓の前まで移動した。
改めて自分の席から見ると、雪季は本当に美少女だった。
艶のある黒いセミロング、まつ毛の長い大きな目と薄い唇、そして何より、ミステリアスなその雰囲気がクラス中の男子を魅了している。
だが遥の予想に反して、女子たちの反応も意外と悪くはなさそうだった。
雪季にはどこか、そういった人を惹きつける魅力があるのかもしれない。
「はい、名前書いて」
「ん」
雪季はチョークを受け取り、黒板に綺麗な字で『水尾雪季』と書き、ペコリと頭を下げた。
その仕草ひとつひとつに、男子たちがいちいち大きく反応する。
見ると、近くの席の渉も驚いたような表情をしていた。
だが少し離れた席の都波だけは、退屈そうにあくびをしている。
さすがというかなんというか。
「水尾雪季。よろしく」
「はいみんな、最初は分からないことだらけだろうから、いろいろ教えてあげてねー」
クラス中からは謎の拍手が起こった。
口笛や喧しい野次が飛ぶ。
どう考えても目立ちすぎだが、歓迎されているだけ良かった、とも思った。
◆ ◆ ◆
一時間目は偶然にも、森野先生が担当する英語だった。
そのため、急遽雪季の席決めも兼ねた席替えが行われることになった。
クラス委員が即席でクジ引きを作り、順番にそれを引いていく。
遥も自分の分を引き、紙に書かれた番号のところに名前を書き入れた。
遥は都波と二人で全員の開票を待ちながら、クラスの真ん中に出来上がった人だかりを眺めていた。
当然、その中心には雪季がいる。
どうやらクラス中から質問責めにあっているらしかった。
「やばいな、あの塊」
「どいつもこいつもアホだな」
「お前はホントに興味ないんだな」
「いや、まあ正直ビビった。ありゃ上玉だ。男子の馬鹿どもが騒ぐのも無理ねぇよ」
都波は意外なことを言った。
どうやらさすがの都波も、雪季のとびきりの容姿には驚きを隠せないらしい。
おそるべし、雪季の美貌だ。
「お前も囲みに行かないのか?」
「行かねーよ。普通に気の毒だろ、初日からあんなに構われてちゃ」
「あぁ、それはまあ、そうだな」
事実、今雪季の周りにいないのはクラス委員の渉ともう一人の女子、それから遥と都波、それに他の数人だけだった。
雪季はしめて30人ほどの生徒に囲まれていることになる。
あまりコミュニケーションがマメなタイプではなさそうな雪季が、少し心配になる。
「それより、問題は席替えの結果だなー」
都波と二人で、完成した新しい席順が書かれた紙を見に行く。
遥の席は一番廊下側の列、後ろから二番目。
位置としては、なかなか遥好みだった。
隣には都波が座り、幸か不幸か、雪季がその前に決まっていた。
「お前ら、水尾さんの近くじゃん」
渉が話しかけてくる。
渉の名前は遥の列の一番前にあった。
「最悪だわ」
「んなこと言うなよ、俺が隣にいるだろ」
「だから最悪なんだよ」
「おい」
都波と軽口を叩き合っていると、一際大きな声が雪季軍団の中から聞こえてきた。
「はい! 質問! 彼氏はいますか!!」
遥は心の中で頭を抱える。
出てしかるべき質問だが、なんて節操のないやつらなんだ。
「バカ、転入してきたばっかりなんだからいないに決まってんだろ」
「わかんねーだろ! 遠距離とか! いないことを祈ってるけど!」
「どうなの? 水尾さん!」
「ん、いない」
雪季はあっさりと答えていた。
再び歓声が上がる。
意外とオープンな性分なのかもしれない。
見ると、雪季は大勢に囲まれても嫌な顔一つせず、平然としていた。
(まあ確かに、無口だけど引っ込み思案ってわけじゃなさそうだもんな、雪季は)
「じゃあ彼氏募集してますか!?」
「おい! 抜け駆けする気か!」
「恋愛は行動に出たやつが勝つんだよ!」
「謎の名言出してんじゃねぇ!」
実に騒々しい。
都波は煩わしそうに耳を塞いでいる。
渉はケラケラと笑っていた。
「ん、してない」
雪季の回答に、次々と嘆きの声が上がる。
「えぇーーー!!」
「なんで!?」
「ノーチャンスかぁ……」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
絶望的な表情の男子たちががっくりと項垂れている。
逆に女子からは好評なようで、質問は恋愛方面からプライベートなことへ移っていた。
「部活入るの?」
「勉強できるの?」
「前の学校ってどんなところ?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、雪季は答えたり答えなかったりしていた。
(意外と女子人気の方が高くなるかもしれないな、雪季は)
「どこに住んでるの?」
途端、遥を心臓の止まるような緊張感が襲った。
遥が最も恐れ、あらかじめ対策を取っていた質問だった。
隣にいる都波や渉に気づかれないように、遥は雪季にアイコンタクトを送った。
雪季もチラッと人混みの隙間からこちらを見る。
雪季は小さく頷き、得意げな顔になった。
「ん。内緒」
「えぇー!」
「なんでー!」
「気になるー!」
遥は安堵に胸を撫で下ろしていた。
ちゃんと約束を守る気はあるらしい。
ひとまず安心だ。
気がつくと、落胆していた男子たちも徐々に輪に戻り始めていた。
さっき大声で雪季に質問した男子が再び元気を取り戻し、勢いよく手を挙げる。
「はい! じゃあ好きな人はいますか!?」
「お前はまたそれかよ!」
「うるせー! 諦めてたまるか!」
「あっ、でもさっき、彼氏募集してない、って言ってたよね! それってもしかして!」
「なるほど! そういうことか!」
「どうなの! 水尾さん!」
懲りない奴らだ。
遥はやれやれと肩をすくめた。
同年代の友人たちもそうだが、みんな本当に恋愛が好きだ。
恋愛恐怖症、なんて言っている自分が少数派なのは自覚しているが、なんだか気が滅入る思いがした。
だが、雪季の想い人については遥も興味がなくはない。
それに、この問題は今後の同居生活にも影響してきそうだ。
遥は今までよりもいっそう耳を澄まし、雪季の回答を待った。
「……ん。いる」
「えぇぇぇぇええ!!」
「うわぁぁぁあああ!!」
「終わった……」
「きゃぁぁああ!!」
「やっぱりそうなんだ!!」
教室が一気にどよめく。
なんてエネルギッシュなんだ。
遥はクラスメイトの盛り上がりに気圧されながらも考えた。
(なんだ、雪季のやつ、好きな人いたのか。それじゃあますます、俺と同居なんてしてる場合じゃないだろうに。相変わらず何を考えてるのか、わからないやつだ)
都波と渉も、これには意外そうな顔をしていた。
「ねぇねぇどんな人!」
「やっぱり前の学校の男の子?」
「まさかこっちの人!?」
「俺だっていう可能性はないのか!? もしかして!!」
「ねーよ」
雪季はしばらく黙っていた。
答えるかどうか、迷っているように見える。
まぁ、それも当然だろう。
無理に答えなくてもいのに。
遥は少し、雪季が可哀想になった。
「……はる」
「はーい静かにー! あんたらうるさ過ぎ! 席決まったらさっさと移動!!」
その時、森野先生が怒鳴りながら教室に戻ってきた。
集まっていた生徒たちが一斉に散り散りになり、自分のカバンを新しい席に移動していく。
遥たちもその流れに従った。
ところで。
(雪季のやつ、さっき、なんて言いかけたんだ?)
遥の心に一つの疑問が残った。
当の雪季はほんのりと顔を赤くして、左前の席でまっすぐ黒板を見ていた。
あとで聞いてみようかな。
遥は無謀にもそう思っていた。
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