005 約束・制服・転入生
布団を買ってひと段落したあと、遥と雪季は休日の高校に顔を出した。
事情を把握しているらしい学年主任の教師と話し、編入の擦り合わせをする。
数時間の事務手続き等で疲れ切った二人は、家に帰り着くなりバタンとベッドに倒れこんだ。
「疲れた……」
「疲れた」
「今日は盛りだくさんだったな、なんか」
「ん」
「そういえば、同じクラスだってな、俺と」
「ん。よかった」
学年主任によれば、編入後の馴染みやすさを考慮して、雪季は遥のいる2年C組に入ることになるらしかった。
もちろん、その方が二人も安心だ。
(クラスの男子たちは盛り上がるだろうなぁ)
遥は明日のホームルームのことを想像する。
そしてそこで、恐ろしい可能性に気がついた。
ベッドに倒れたまま向かい合い、遥は雪季に言った。
「……雪季、一つ約束してくれ」
「ん?」
「絶対に、俺と一緒に住んでるってことをクラスの連中に、いや、誰にも、言わないでくれよ?」
「……なんで?」
「そりゃそうだろ!」
思わず大きな声が出た。
もしそんなことが知れたら、自分の身が危ない。
嫉妬と羨望の目に晒され、最悪の場合クラスの男子にタコ殴りにされる可能性すらある。
それだけは避けなければ。
だがそれを聞いても、雪季はぽかんとして首を傾げていた。
まさかとは思っていたけれど、雪季には自分の抜群の容姿についての自覚が、どうやら無いらしい。
かと言って、雪季は可愛いんだから、と説明するわけにもいかない。
「……わかった。訳は分からなくていいから、とにかく言わないでくれ。頼む」
「……ん、ラジャー」
寝そべったまま、敬礼のポーズで雪季は答えた。
本当に分かっているのか。
かえって不安になったが、今は信じるしかない。
「二人の秘密、ね」
「あ、ああ。まあ、そうだな」
「……んふふ」
なぜか雪季は珍しくニヤニヤしていた。
ピョンっとベットから立ち上がり、忙しなく部屋を歩き回る。
(一体どうしたんだ、雪季のやつは)
様子のおかしい雪季は放っておいて、遥は夕飯の準備に取り掛かった。
その間も雪季はキッチンとリビングを行ったり来たりしており、たまに料理中の遥にちょっかいを出してきたり、名前を呼んできたりした。
「なんだよ、雪季」
「ううん」
「包丁使ってる時はあんまり近寄るなよ」
「ん」
「高校、楽しみか?」
「ん、楽しみ」
「そっか。まあ、雪季ならすぐ馴染めるだろ」
男女問わず好かれそうだし。
となると、学校ではあんまり一緒にいない方がいいかもしれないなぁ。
変に仲良いと、怪しまれるだろうし。
「遥」
「ん?」
「学校でも仲良くしてね」
「……も、もちろん」
釘を刺されてしまった。
もしかして、考えていたことがバレたのか。
しかしこれは、困った。
遥はなんとなく気を重くしながら、野菜を炒める音を聞いていた。
◆ ◆ ◆
翌朝、いつものように支度し、制服に着替えて、二人は一緒に家を出た。
紺のブレザーを身にまとった雪季は、普段にも増して可憐だった。
正直、隣を歩いている今も少しドキドキしている。
「……似合う?」
顔を覗き込まれながら、雪季に聞かれてしまった。
「……ま、まあ」
「……む」
「な、なんだよ」
「似合う?」
「ま、まあ、似合うよ」
「まあ?」
「だーっ! 似合うよ! 似合うに決まってるだろ!」
雪季の執拗な追及に、遥はとうとう観念した。
なぜこんなことを言わされるのか、本当に不思議で仕方ない。
からかわれているなら、意地の悪いことだ。
遥の気も知らず、雪季は満足そうにニコニコしている。
先の展開が思いやられる心持ちだった。
「……手、繋ぐ?」
「繋ぐか!」
雪季の言葉に振り回されながら、校門付近まで歩いた。
さて、と。
計画を実行に移さなければならない。
民家の陰に隠れながら、遥は雪季に告げる。
「よし、じゃあ雪季はここで30秒待ってから、ゆっくり学校に入ってくれ。俺は先に行く」
「……なんで?」
「一緒に行ったらおかしいからだよ! 俺は教室に行くけど、雪季は一旦職員室に行くんだぞ、わかったか?」
雪季は不服そうに頷いた。
呆れながら先に歩き出し、雪季の様子を遠目で見ながら校門をくぐる。
なんとなく心配だ。
だが、もう自分にできることはない。
いつも通り教室に行って、初対面を装おう。
自然体が大切だ。
昇降口を通り、二階へ向かう。
C組の教室にはすでに半数ほどの生徒が登校していた。
明らかに、普段よりも教室内が騒がしい。
これは、まさか。
「よっ、遥」
「
一番仲の良い男子、渉が真っ先に声をかけてきた。
去年も今年も同じクラスで、学校では一緒にいることも多い友人だ。
背が高いイケメンで、女子からの人気も高い。
平凡な遥となぜかペースが合い、自然と親しくなった。
「なんか元気ないな、どうした?」
「いや、ちょっと疲れてるだけだよ……」
「ふぅん」
そんなに顔に出ていたのか。
遥は慌てて自分の頬を引っ張った。
「そういえば、聞いたか? 今日この学年に転入生がくるらしいぞ」
「……へ、へぇ~」
露骨に目が泳ぐのが、自分でもわかった。
情報が早すぎる。
やはり青春真っ只中の高校生。
好奇心はとどまるところを知らないようだ。
「なんだ? お前は興味無しか?」
「ま、まあな。まだどこのクラスかも分からないんだろ?」
「それはそうだけど、すげぇ美少女だって話だぜ?」
「ふ、ふぅん……」
確実に、100パーセント、雪季のことだ。間違いない。
しかも、来るのはうちのクラスだ。
あからさまにそわそわしてしまう。
「まっ、お前は恋愛恐怖症だもんなぁ。その反応も当然か」
「恐怖症って、ヘタレなだけだろー、つまり」
二人の会話に、突然ひとりの女子生徒が割り込んできた。
少年のような黒いショートカットに、猫のような丸くも鋭い目。
八重歯が目立つ口元がニヤリと笑っている。
「
「事実だからな」
女子生徒、
「人のトラウマを笑うなよ……」
「なーにがトラウマだ。大袈裟なんだよ、お前は」
「大袈裟じゃねぇよ。俺にとっては深刻な問題なの」
「へえへえ、わかったわかった」
都波はやれやれというように首を振った。
渉を親友とするなら、都波は遥にとって悪友と言ってよかった。
性別こそ違うが、他愛ない会話も軽口も叩き合える砕けた関係だ。
渉同様二年連続同じクラスで、特に仲の良い友人の一人だった。
「そういう都波こそ、転入生にそんなに興味があるのか?」
「アタシが興味あるわけねーだろ」
「ないのかよ。まあお前はそういうやつか」
都波のマイペースさは筋金入りだ。
周りに流されないところは遥もこっそり尊敬している。
他愛ない話を続けていると、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。
ガラッと教室のドアが開き、担任教師が入ってくる。
ざわざわした喧騒を増しながら、生徒たちが席に着く。
遥は緊張の面持ちで担任の言葉を待った。
(頼む。頼むから余計なことは言わないでくれ、雪季!)
遥は心の中で祈る。
まるでフラグだった。
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