11
狐月は色喰を警戒しつつ、香墨に預かっていた鞄を手渡した。道中で手に入れた清水は未だ冷たく、香墨はそのいくらかを遮光瓶に移し入れ残りは平たい容器の中に空ける。水面に人影さえ出来るほど明るい十三夜が浮かび上がった。
「満月じゃないけど、まぁ大丈夫かな」
「どうするんですか?」
「見ててごらん」
香墨に促され地面に置かれた容器に目をやると、容器が淡く光を放ってた。月明かりを受けているはずなのに次第に容器の周囲は薄暗くなり、代わりに水面から沸き立つように光の粒が立ち上る。それは其々が意志を持っているように動き、まるで初夏の蛍を見ている錯覚に陥った。
「あれが色蟲。この月明かりの色だよ」
もう少しこの景色をみていたい。そう思っているのにズキンと狐月の頭の右側が痛んだ。そろそろ眼鏡を外す時間が近づいているようだ。香墨はそろそろいいかな、と容器に近寄ると色蟲達は一斉に飛び去りいつもの世界が戻ってくる。まだ数匹漂う色蟲に容器を近づけると、すぅっと溶けていなくなってしまった。
―――!
色喰が月の色に気付き声をあげた。先程よりまたスリムになっているようだ。文字の塊にこれ以上色を取られまいと、新鮮な色を取り込みたいと長い体をくねらせる。硬い殻が香墨の持つ色をめがけて飛んできた。
「これは駄目っ、だよ」
なんとか避けたものの、スリムになった分色喰のスピードは上がっていた。かわしたはずの尾は鞭のようにしなり、瓶にインクを移し終えた香墨を弾き飛ばす。
「っ」
思い切り飛ばされ木の幹に叩きつけられた。腕と胴の奥に痛みが響く。脳裏に一瞬、見たことのない景色が浮かんだ。何か大きなものが蠢いている。これは…。
「大丈夫ですか?!」
耳のすぐ横で聞こえた声に目を開けると、狐月が幹と香墨のサンドイッチにされていた。右手で香墨を抱え、左手には瓶を持っている。
「あ、あぁ」
「僕がアイツを引きつけますから、その間に準備を」
そう言い終えると狐月軽く頭を振ってから色喰に向かって走っていった。今の色喰のスピードに負けることはなく、しなりやすい体を正確に避けている。
「ありゃ凄い。文字が全部抜けるまであと少しかな。えぇとまず遮光瓶に新月で染めた布を巻き付けて…次に今作ったやつでテープに―――」
十三夜と清水の、白に近い淡い青色のインクを筆に吸わせ白いテープに甕覗色の文字を書き連ねた。最後に大きく「封」の字を書いてテープをくるりとまとめた。
「香墨さーん」
呼ばれて顔を上げると、狐月が困惑した様子で立っていた。
「あの、色喰がこんなになっちゃったんですけど…」
そう言う狐月の足元を見ると、5センチほどの透明で大人しい色喰がもぞもぞと動いていた。
「これが本来の姿なんだよ」
「あの巨体が?」
「きみは暫く絶食だよ。光も駄目。ここで大人しく寝てることだね」
そう言いながら小さくなった色喰を指で摘み、黒い布を巻き付けた遮光瓶の中にぽとんと落とした。蓋をし先程のテープで封印を施す。
「これでよしっと。お前たちもありがとうね。苦しくないかい」
3メートルほどになった文字の塊を撫でると、大丈夫と言うように縦や横にもにょもにょと伸びた。
「これで色喰退治はおしまいです、か?」
「そうだね。きみもありがとう。助かったよ」
「いえ、お役に立ててよかっ―――」
狐月の視界がぐらりと揺れた。
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