10
色喰にぎちぎちと体を締め付けられる。夕方と違い透けた体がほのかに光っているのはあの囮を食べたからだろう。締め上げられて呼吸がし辛い。
「今助けます!」
狐月はそう言うととぐろを巻く色喰の体を駆け上がり、腰にぶら下げた長方形のケースから【爆】と書かれた札を取り出した。香墨から少し離れたところにそれを貼り付け、後ろに飛びながら素早く印を組む。
「香墨さん、ちょっと我慢してくださいね。爆!」
大きな衝撃と共に札が爆発し色喰が声をあげる。力が一瞬緩んだ。が、怒らせた。狐月には聞こえていないだろう。視えるように出来ても聴こえるようには出来ない。思ったよりも殻が分厚く今の爆発では表面にかすり傷が付いた程度のダメージにしかなっていないようだ。
「固いですね」
「今の技、まだ使えるかい?」
「はい」
「よし。鞄の中にナイフがある。それで節ならどこでもいい。刺して爆破してくれ。少しでいい、殻を破りたい」
「分かりました」
狐月は肩にかけた鞄の中を探り小型のナイフを見つけると札をそれに刺し、香墨から然程遠くない節に思い切り突き立てた。再び後ろに飛び退きながら再び印を組む。爆発音と共に色喰が声を上げた。
ーーー−−−−!!
透明な殻が砕け飛び狐月の頬に体液が飛び散った。千切れがかった関節から血とは呼べない汚らしい黒色をした液体がどくっどくっと溢れ出ている。頬を拭った手を見ると、”だし巻き卵 380−”と書かれていた。
「だし巻き卵…?」
香墨はいいぞと小さく呟き右腕をもぞもぞと動かすと、襟元から墨で書かれた線ようなものが這い出してきた。喉元をくるくると周り、線の端が首筋を撫でる。
「くすぐったいよ。量が多いからキツいだろうけど、溢れ落とさないよう頼んだよ」
線はこくこくと頷くと色喰の体の上を這い、その流れ出ている黒い液体の中に飛び込んだ。すると地面に流れ出た液体がぷくりと持ち上がる。小さな渦起こり、それが次第に大きく一塊になっていく。あっという間に地面は乾き、それどころか色喰の体から液体を吸引して更に大きさを増していった。色喰は怒りと苦しみで体を大きくくねらせ、香墨は放り落とされた。
「いってて…腰打った」
「大丈夫ですか?!」
「うん。平気だよ」
「これは一体どうなってるんですか?」
「あの黒い液体はね、あれが今まで食べた文字なんだ。そして僕は文字で遊ぶのが好きなペットを飼っていてね。そいつに色喰から文字を抜き取って貰ってるのさ。ほら、色喰がさっきより小さくなってるのが分かるかい?」
「ホントですね。ああ、じゃあさっき顔に飛んできたこの”だし巻き卵”っていうのは」
「どっかのお店の伝票じゃないかな」
色喰がのたうち回り手当たり次第に周りの木々の色を吸収していく。文字の渦はほんのり緑味を増すものの依然文字を抜き取られる速さは衰えず、渦は大の大人が抱えても抱えきれないほどの大きさにまで成長している。
「今のうちに封じる準備をしよう」
「はい」
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