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「すっかり暗くなっちゃいましたねぇ」

 足元を照らされながら山道を登っていく。途中寄り道したせいもあって陽はとっぷりと暮れてしまった。

「道はこっちであってるんですか?」

「ああ。目印があるから間違いないよ」

「目印?」

「眼鏡、かけてごらん」

 夜になると黒々とし灯りを飲み込んでしまうかのような木々。その幹の一部がところどころぼうっと光っているのが見えるはずだ。陽が沈んでも尚、いや、陽が沈んだからこそ目立つオレンジ色の印。目に当てた眼鏡を早々に外した狐月が聞いてくる。

「木が光ってる?」

「囮の鳥がつけていったんだ。分かりやすいだろう?」

「綺麗ですね」

 眼鏡を当てたり外したりを繰り返し、面白そうに見比べている。だがそんなにやったら…。

「う…気持ちわるい…」

「だろうな」

「えへへ」

 頭を指でかく狐月を尻目に視線を木にさっきまでと様子が違う。これは…。

「あれ? 香墨さん、この眼鏡壊れちゃったみたいです。木の印が見えなくなってしまいました」

「いや、それであってる。どうやらさっき作った鳥が食べられちゃったみたいだ」

 狐月がもう一度眼鏡を当てて見てみても景色の様子が変わることはなく、先程まで光っていた印は見えなくなっていた。

「参ったな」

「あの子食べられちゃったんですか?」

「そうだね」

 付けているのは面のはずなのに、狐耳が垂れて見えるほどしょんぼりしているのが見て取れる。感情がはっきりと分かるのは狐月の性格あってのことなのかもしれない。

「元々囮なんだ。気にすることじゃないよ」

「かわいそうじゃないですかっ」

「え」

「鳥さん…」

「…まぁとりあえず覚えてる辺りまでは行こうか」

「触って見たかったなぁ…。あ、大体方向は覚えてますよ」

「本当かい?」

「はい。ナギチュネの祠がある方でした。あの子が食べられてしまったなら、また村に戻ってくるかも知れませんよね。ならこっちから行ったほうが早いです」

「流石だね」

 どこか誇らしげに笑うと、道が少し悪いですから気をつけてくださいね、と再び狐月が俺の前を歩き出した。


 目印のあった木々から左に外れた道を行くと開けた場所にでた。小さな祠は思いの外小綺麗だ。

「ここは年に数回、村の催事場としても使ってるんですよ」

「なるほど。…いないな」

「まさかもう移動を?」

「まさか。あの巨体だよ? 探してくるから君はここで待機してて」

「待ってください。僕も行きます」

 そう言いながら狐月が眼鏡をかけた直後、視界の端にぼうっと光るものがはいった。見覚えのある光。それが何か理解するより早く体の横を通り過ぎ、香墨の体に巻き付いた。

「香墨さん!」

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