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「坊、いいか。色のやつらは基本人間に悪いこたぁしねぇ。ただ中には例外もいる。人間にもたまに砂食ったりするやつがいるだろ。ああいうのと同じだ。ちょっとおかしいンだなぁ」

「悪いことしたらどうしたらいいの?」

「そだなぁ。殺す奴もいるが俺は好きじゃねぇ。手間はかかっけども毒気抜いてやりゃあ大抵は元に戻る」

「ふうん」

「いいか? 毒気を抜くにはな−−−」


 香墨が遮光瓶を指でトントンと叩いている。続きが全く思い出せない。何度も聞かされた気がするが、興味がなくて全部右から左。要はどうにかして毒気を抜けばいいってことだ。汚れた布製の斜めがけ鞄に適当なものを詰め込んでいく。遮光瓶を数個に真っ黒い布、白いテープと白い紐。刃渡り10センチほどのナイフも念のため。あとは…。小さく口笛で呼ぶと、トランクの引き出しから黒い筋がずぞぞっと這い出てきた。香墨が指を近づけるとシュルシュルと登り、入れ墨の様に右手に巻き付く。

「なんですか? 今の」

「俺のペットだよ」

 胡座をかいている狐月が不思議そうな顔をして聞いてきた。もう随分と調子が戻っている様子だ。俺が記憶を辿ったり準備をしたり記憶を辿ったりしている間に、どんな手を使ったのか体を慣らしたらしい。

「それより本当に体はいいのか?」

「そうですねぇ。一瞬かける程度ならもう平気ですよ。ただ連続してとなると10分…7分くらいが限界でしょうか」

「すごいな」

「へっへっ。もっと褒めてくれてもいいんですよ?!」

「帰ったら甘いものでも食べに行くか」

「ホントですか?!!!」

「さてね。そろそろ行こうか」


 外に出ると夜の帳が降り始めていた。薄い黄色混じりの緑から濃紺へ−−この頃の色合いをいつか取りたいと思っても難しくていつも上手くいかない。吸い込まれるような色をどうやったらとれ、るっ。

「大丈夫ですか?!」

 面のおかげで顔面直撃は免れた…が、思い切り転んだ。痛い。むしろ面が食い込んで別の痛さがある。受け身なしで転んだ俺を狐月が起こしてくれた。

「何に躓いたんですか? …。何もないようですけど…」

「ちょっと余所見をしていて」

「気をつけてくださいね?」

「いつもの事だから大丈夫だよ」

「いつも転んでるんですか?!」

「ははっ」

 土を払って鞄の中身を確認する。瓶が割れてなくてよかった。心配だからと荷物を狐月にとられたが、まぁ楽だからいいか。辺りを見ながら歩いていると、狐月が手を差し出してきた。

「手、繋ぎます?」

「…へ?」

 何が悲しゅうて大の男と手を繋がないといけないのか。

「だって香墨さんまた転びそうだから」

「キミは心配性だなぁ。大丈夫だよ」

「そうですか?」

「そうだよ。それよりこの辺に清水とかなっ−−」

 今度は受け身を、と思って身構えたが予想した衝撃が来ない。代わりに温かくてがっちしりたものに支えられた。

「言ってるそばから転んでるじゃないですかっ」

 顔をあげると狐月がいる。何だか変な感じがして、あぁ……ありがとうと腑抜けた返事をしてしまった。この違和感はなんだ…?

「もう香墨さんに拒否権はありませんからね! 清水でしたっけ? 小さいものなら近くにありますよ。こっちです」

 狐月に手を捕まれ歩き出す。また転ぶのを心配してか、懐中電灯の灯りを俺の前方に向けてくれている。こういう事が出来る奴は女が放っておかなそうだ。

「清水で何するんですか?」

「色喰を浄化するために使うんだよ」

「へぇ。洗い流すみたいな感じですか?」

「まぁそんなトコだねぇ」

 上手くいけば、だけどね。

「香墨さん」

「ん?」

「ちょっと僕の名前呼んでみてくださいよ」

「なんで急に」

「いいじゃないですか。ほら」

「忘れた」

「さっきも教えたじゃないですか〜。狐月ですよ」

「断る」

「こ、げ、つ」

「…」

「えー無視しないでくださいよー。香墨さん香墨さん香墨さん香墨さーん」

「うるさい!」

「一回くらい呼んでくださいよー」

 人はさほど気にせず名を呼び合う。しかし安易に名前で呼びあうようになれば縁がより深まってしまうじゃないか。そんな面倒なこと御免だ。

「キミは言霊というのを知らないのかい」

「だからですよ?」

「…?」

「あ、着きました。ここです」

 気をつけてくださいね、と相変わらず俺の足元を照らしてくれる狐月は平地を歩くようにすいすいと少し先を歩いていく。周りとは数度下がった、このひんやりとした空気が気持ちいい。深緑の季節にでも来たら、良いものが捕れそうだ。

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