5

 日も大分短くなり15時をすぎればもう影が長くなる季節になった。2つ並んだ影が香墨の家に向かっている。

「色喰かぁ。どうやって退治するんですか?」

「どうしようかなぁ。飼っちゃおうかなぁ」

「え?!」

「冗談だよ。まあちょっと待っててよ」

 何はともあれ道具がなくては始まらない。ガラリと扉を開ける。昨日確か玄関入ってすぐのところに置いたはずなのだが。

 家の中が異様に暗かった。光がない。みしり、と家が軋んだ。

「香墨さん? どうしたんですか?」

「来るな」

 香墨の厳しい口調に一瞬動きが止まる。いるのだ。見えなくとも分かる。そこにいる。

 香墨は面をずらし右目を出した。家の中で狭そうにとぐろを巻いているそれは、商売道具のトランクに顔を突っ込んでもぞもぞと動いている。外から差し込む光が何色とも呼べぬてかっと光る殻に吸われていく。百足の様な身体は節々の境が透明で、よく見ると透明な殻の中に様々なものが混ざって、汚らしい濃い灰色になってるようだった。色喰。元々は15センチ程の、半透明で吸った色に染まる美しい蟲なのだ。それがこれ程までにまで成長するとは……。そう言えば昔、師匠がそんな話をしていた気がする。

「いるんですか」

「ああ。今俺の商売道具を美味しそうに食べてるよ」

「なら今のうちに」

「それはちょっと難しいかな。道具は全部アイツのところだし。人に危害を加えることは滅多にないから一旦お帰り願おうか」

 色喰がもぞりと巨体を動かし、背に浴びる夕日を闇に変えながら顔をあげた。香墨をじっと見つめ、狭そうに戸口へ進んでいく。道を譲ると改めて巨体を実感した。一体どれだけ喰ったんだか。

−−−シャシャシャシャシャシャ。

 外に出た色喰が屋根より高く体を起こし、激しく顎を鳴らした。薄い羽を大きく広げ点を仰ぎ興奮している。一体何に興奮しているんだ。そこには狐月しか。

「逃げろ! 喰われるぞ!」

 色喰がゆっくりと巨体を真正面に倒し、狐月に突っ込んでいく。

「見えないっていうのは思った以上に不便ですね…!」

 警官の感なのかこれまでの経験値なのか、気配を察知した狐月は咄嗟に横に避け色喰の体当たりを回避した。ずどんっと空気の重みの様なものだけが真隣にある。音のない音が辺りを埋め尽くすようで不快極まりない。

「面だ! お前の面を狙ってる!」

「え?! これですか!?」

「俺の面はまだ白いから興味なかったんだろう。そろそろこいつは人を喰いだす。3分間でいい。なんとか逃げてくれ」

「3分!?」

 狐月の周りだけ風が無くなった。3方向から重い空気を感じる。囲まれた? 一匹じゃない? 一匹だとしたらめちゃくちゃ大きいんじゃないか? 3分……幸いこいつの動きは鈍そうだ。

「任せてください…!」

 額にじわりと汗をかきながら、狐月は口の端をあげた。

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