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 店内も少し落ち着いてきた頃、俺と狐月も食事を済ませ食後のほうじ茶をすすっていた。テーブルの上には空になった定食のお盆が2つと小皿が3つ。あつあつのだし巻き卵は絶品だった。酒が呑みたくなる。

「おまたせしました。デザートです」

 三角頭巾をした狐面がわらび餅を持ってきた。きつね色に輝くきな粉の上には滑らかに光る黒蜜がかかっている。

「香墨さん、デザートまで注文してくれてたんですか?!」

「もしかして甘いもの苦手だった?」

 狐月を待っている間に目ぼしいものを適当に注文しておいたのだが、流石にデザートはいらなかったかな。誰かと食事をするのが久しぶりで、いつもなら頼まない量を注文してしまった。まぁ食べないなら俺が…と思っていると、目の前で紺色の面が大きく左右に動いている。

「頂きます!」

 予想以上に勢いのある返事に少々驚く。

「あの、その、えっと…」

「?」

「…笑わないですか?」

「たぶん?」

「うぐ…」

「嘘だよ、笑わない」

「本当ですか? …。ちょっと耳貸してください」

 対面に身を寄せると、面と面がぶつかりそうなほど顔を近づけ静かな店内でも聞きとりにくいほど小さな声でこういった。

(お恥ずかしい話、僕甘いもの大好物なんです…)

 え?

「…っぷ」

「あっ、ひどい! 笑わないって言ったじゃないですか!」

「いやぁごめん。何を言われるのかと思ったから」

「分かってますよ、僕みたいなのが、その、アレだなんておかしいって」

 恥ずかしそうに、拗ねるように言う狐月がおかしくてまた笑ってしまう。

「う〜、ひどいです」

「ごめんごめん。でもそんなに気にすることないと思うな」

「気にしますよ」

「じゃあコレは食べない?」

「…食べます」

「素直でよろしい」

 小鉢を人差し指でついっと自分の方に寄せると、狐月が慌ててそれを両手で押し止めた。これは僕のです、と言わんばかりに自分の真正面に置いて眺めている。本当に甘味が好きなんだろう。

「伝票失礼しま…あれ?」

 店員が伝票を確認しながら声をあげる。すみません、と言いながら店の奥へ戻ってしまった。店長と思われる男性の声と店員の声がかすかに聞こえてくる。

(お前ぇ伝票ちゃんと書いてなかったのか?)

(書きました。でもなんで真っ白に…?)

(おい、これ見てみろ。他のやつも全部消えてるぞ)

(えっ)

(見てみろ、書いたそばから消えちまう。どうなってんだ)

 わらび餅を見ながら様子を伺っていると、向かいに座る狐月がほぅ…と息をついた。周囲に花が舞っている。こういう奴とは一緒に食べてても気持ちがいいもんだな。しかし書いたそばから文字が消える…か。

「お巡りさん、この村は強い結界が張ってあるけど良くない妖かしの類はよく来るのかい?」

「稀に来ることもありますね。そういうものを追い払ったり、あと迷い込んだ人を出口まで案内するのも僕らの仕事です」

「なるほど。今日までに何か変わったことは? 沢山の村人が困るような…例えば字が書けなくなる、みたいな」

「いえ。平和そのものですよ」

「そう」

 じゃあ俺が連れてきたのか、と独りごちる。

「ご馳走様。お会計お願いしたいんだけど、いいかな?」

「ただいま!」

「お客さん、白面ってことはまだこの村に来たばかりかい? 悪いねぇ。ちょっと伝票が読めなくなっちまって。塩サバ定食にハムエッグ定食、だし巻き卵和風サラダふろふき大根にわらび餅2つで2,750円になりやす」

「はい、ちょうど」

「まいど! どうぞご贔屓に」

 店内をぐるりと見渡すが、特に変わったものは見当たらない。伝票の紙束が少しだけキラキラとしている。もう喰って行ってしまったか。

「お会計お任せしてしまってすみません。おいくらでしたか?」

「ん? 初めから奢るって話だっただろう?」

「ちゃんと自分の分はお支払します」

「大丈夫だって。あぁ、じゃあ一つ頼まれてくれるかな」

「なんでしょう?」

「疲れてる所申し訳ないんだけど、村のためにご協力願いたい」

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