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「いって…」

 背中の痛みで目が覚めた。あと寒い。どうやら寝てしまっていたようだ。朝日の中ほこりがキラキラと舞っている。ずれた狐面を戻しながら外に出ると、朝の家庭の音が聞こえてくる。村が元気な証拠だ。

「いつまでグズグズしてるんだい! 早く学校へお行き!」

「だって墨が」

「墨ならさっき入れたろ?!」

「そうじゃなくて、墨の色がないんだ!」

「またバカなこと言って。早くお行きったら」

 墨の色がなくなった…?

「おはようございます!」

 突然後ろから声をかけられ振り返ると、額に三日月をつけた紺色の面がいた。ええと名前は…。

「おはようございます、お巡りさん」

「狐月と呼んで下さって大丈夫ですよ。昨日はよく眠れましたか?」

「ええ、まぁ。屋根があるのはいいですね」

「屋根…?」

 不思議そうに首をかしげるお巡りさん、狐月。面で表情は見えないものの案外仕草と声音で分かるものなんだと関心する。野宿もザラな身としては雨風しのげるだけで十分ありがたい。

「それよりこの村、飯屋はあるのかい?」

「ありますよ」

 ご案内しますね、と少し先をあるき出した。背は俺とそんなに変わらないが受ける印象が大きく変わるのは、職業柄かそれなりに鍛えているからだろうか。比較的細身だが、すぐ飯を食い忘れる俺に比べると一回り大きく見える。今日は暖かくなりそうですねなんて話していると、すぐに小さな食堂が見えてきた。楊枝をくわえた狐面が出てくると、ふわっとダシのいい香りが漂った。僅かな香りに呼応して腹の虫が声をあげる。そういえば昨日の昼から何も食べてない。

「ふふ、ここですよ」

「ありがとう。よかったら一緒に食べないかい? お礼に奢るよ」

「とんでもない! これも仕事のうちですから」

 キリッとそう言うわりに、目はしっかりと表に出されたメニューを確認している。

「この後もまだしばらく仕事なのかい?」

「今日はこの後引き継ぎをして終わりですよ」

「なら決まり。中で待ってるから引き継ぎしておいで。一緒に食べよう」

「分かりました。急いで行ってきますね」

 彼は感情が表に出やすいんだろう。大型犬が尻尾を振って喜んでいる、という表現が合いそうなほど嬉しそうな声音だった。彼はいいお巡りさんだ。

 店内は思いの外混み合っていて賑やかしい。初めに目についた席に座りメニューを見る。日替わりの朝定食にうどん、そば、夜には酒のあてになりそうな一品メニューがずらり。さて、どれにするか。

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