第17話 友美と裕次
あんなウジウジしてはっきりしない姉さんなんて今まで見た事ない、と言いながら友美は早足で
意外と松田は待ちくたびれていなかった。その訳はすぐに判った。彼の席にはもう一つのコーヒーカップと水の入ったコップが置かれていた。その為に友美は向かいの席に座るのを止めて松田の隣に座った。
「誰かと一緒なの?」
友美は怪訝な顔付きで聴いて来た。
「ああ、君と待ち合わせを約束していると言ったら、どうしても君に会いたいと云う人がいてね」
「誰?」
いやに神妙な言い回しに友美は小首をかしげた。
「トモちゃんの良く知ってる人さ」
「ねえ誰、人の恋路をじゃまする奴はだれなの」
「ホウ、恋人と認めてくれたの」
うぬぼれるなと友美は松田のコメカメを突いた。彼は突かれてもニンマリとしていた。
「さあ誰でしょう ? 当てたら今日の夕食おごるよ」
「高くつくわよー」
「ああいいよ」
手洗いからこちらの席に真っ直ぐ来る男がいた。正幸であった。
「お義兄さん!」
さっき姉と別れたばかりの友美には意外だった。松田の上司でも有るからには意外でもないかも知れないが。それにしてもこんな所で会うなんて……。
「答える前に来たんだから賭けは成立しないよ」
松田の言葉に友美はそれどころじゃない云う顔をした。
「何を賭けていたんだ」
正幸は二人を見比べてどうせろくな物じゃないだろうと云う顔をして煙草に火を付け深い吐息と共に煙を漂わせた。
「ところで友美ちゃん、君を待ってたんだよ」
正幸は待ちかねた様に切りだした。
「佐恵子の事だけどねぇ」
「お姉さんがどうかしたんですか?」
友美の驚きに大した事じゃないと云う顔をした。
「ただこの頃元気がなくてねぇ」
「さっき会ったのだけれど何処も悪くないわよ、どうかしたの」
「さっき会った! 休みの日はいつも家に居るんだが。出掛けるなんて俺にひと言も云わなかった。いつも俺に声を掛けているのに……」
正幸は暫く天を仰いだ。友美は正幸の視線が落ち着くのを待った。義兄と北村の関係が気になる。なればなるほど尋ねたくなるのが友美の性分だった。たとえ姉から口止めされていても。
「所で義兄さんは北村さんを知っているんでしょう」
「随分と昔の大学時代の友人だった。だがそんな昔の事を誰から知ったんだ」
「お姉さんよ」
予想的中に彼は眉を
「佐恵子が? いつ?」
「偶然なのかしら、さっきその北村さんの作品展を見に行ったその帰りに本人に会ったの……」
話ながらも義兄の急な顔色の変化に友美は戸惑った。そして「厳密に言うなら受付の狭山さんって云う人に誘われて会ったの」と直ぐに友美は訂正した。
「俺に何も言わずに今日出掛けたのは、それか……。でどんな展示会だ。いやそこにその男は居たのか、佐恵子はどうだったんだ、会ったのか? 何を喋ったのだ」
「さっき言った事ちゃんと聞いてるの ? 」
正幸の矢継ぎ早の質問に友美は尋常じゃあ無いと困惑した。
「ちょっと待って! 待ってよ義兄さん。それじゃ何から話して良いのか解らないじゃないの」
「悪かった、すまん。何の展示会、いや作品展なんだね」
今まで何度か会ったがこんなに動揺した義兄を友美は初め見た。
「興味が有ったから案内状を貰って来たの、それを見た方が分かりやすいわね」
彼女はハンドバッグの中を調べた。松田はただ、どうなってんのと交互に二人を見続けるだけだった。
待つ身の正幸には長い時間に感じられたがすぐに友美は捜し出していた。正幸は案内状を実に入念に穴が空くほど見ていた。
友美がしびれを切らした。
「お義兄さん、その人はどういう人なんですか?」
正幸は友美の声には耳を貸さず。
「貰ってもいいか」と言うなり返事も待たずに胸の内ポケットに仕舞った。そして愛想笑いを浮かべた。
「二人のデートの邪魔をして悪かった。俺はこれで失敬するよ」
正幸は煙草をもみ消し眼を細めて鞄とレシートを持って立ち上がった。
「払っとくからゆっくりすればいい。ついでにデザート付きのコーヒー二つ追加して頼んでおくよ」
そう言って正幸はレジに向かおうとした。
「お義兄さん、待って。話が途中よ」
「俺は済んだ」
振り返った正幸は穏やかにそう言った。
「わたしは終わってないわ」
正幸はもうレジに向かっていた。
友美はなおも正幸の背中に「待ってよ」と声を掛けた。
「トモちゃんいいじゃないかコーヒーをもう一杯飲めば」
「裕次くん、あなたって人は何を考えてるの」
予想外の
「べ、べつに」
「もう、コーヒーどころじゃないのよ !」
立ち上がろうとする友美の腕を松田は掴んで席に着かせた。
「今日は無理だ。課長とはいつも一緒に居るから俺が聞き出してあげるから」
友美は松田を睨み付けた。
「そんな顔しなくたって。で、どんなこと訊けばいいんだ」
「北村さんって云う人。それと姉さんとどんな関係だったか」
「北村さんの事は訊けても、関係までは無理じゃないかなあ」
「もう、役立たず ! 努力するのよ !」
その後に流し目を送って「頼りにしてるわよ」と言った。
最後のひと言が裕次には堪えた。
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