第11話 個展の復活2
朔郎は決心しても腰が重くて行動が伴わない。見兼ねた綾子は業を煮やして次の日曜日には早速、彼のアパートに乗り込んで来た。
「さあ作品を選定しましょう」
綾子は撮りためた写真の所在がデスクトップパソコンの中に集約されていると知ると早速パソコンを起動した。その横で朔郎が入れた紅茶を机の脇に置いた。
綾子が画面とにらめっこして「これいいわねぇ」と朔郎の同意を取り付けては新設のアイコンの中に入れて行った。それを傍で朔郎がチェックする。本来の役割があべこべになって進行していた。
チェックした写真を何度もひっかえとっかえして見比べる、どうしても決められない物は予備の新設のアイコンに収まり会場の規模に応じて予備から取り出す事で片付いた。
かなりの写真がそのアイコンに収まった。そこから更に作品集作りに取りかかった。
「昔の写真の方が心がかき立てられるわね」
一区切り終わってから綾子が言った。
個展は自分から言い出したが最近の作品に良いのがない。それで尻すぼみの様になりかけた。あれ以後の写真には作風が変わっていたからだった。佐恵子を失ってから自分の感性以外に雑念が生じて益々何かを求めて
「時代と共に作風は変わったとしても誰に悲観するんです。合わないんなら昔の作品でなくてもいいでしょう」
と綾子が咎める。
あの女の事で益々意固地になりかけて居たときの作品なんて……。しかしその為に主義主張が作品の中に織り込められていて他を圧倒させていた。
「でもそんな写真は受けいられるだろうか?」
「あなたが撮った写真よ。何でそんなに作風に拘るの」
「時代も進むから写真もそれに合わせる必要があるんじゃないの」
「それは世間が決めるのではなくて北村さんが決めるのでしょう」
「厳密には万人の心を掴める物がベストだけど、それをこの段階で特定の人間だけで選んでもどうかなあ」
この人は何なの屁理屈を並べだして一向に作品を決めようとしなくなった。
「あなたが撮った作品でしょう。あなたの個展なのよ。だからあなたの感性で決めるべきでしょう」
子供みたいにぐずる朔郎に綾子は念を押させた。
ーーただ被写体に向けてシャッターを押しただけさ。
此の理屈には怒りを通り越してしまった。
ーーその時に何か閃いたからでしょう!。
この人は何の為に個展を開くのかしら最初にはあれほど輝かせていたものが具体化すると発起から主張が逸れて行くのは何なの。
「じゃああたしが選んだ作品と意見を参考にして此のアイコンの中から選んで決まったら教えて頂戴 !」
煮え切らない朔郎の態度に時間の無駄と言わんばかりに綾子は帰った。
綾子を送り出して部屋に戻ると、出展する写真の整理を再び始めた。それは昔に佐恵子と選んだ作品の数々で大半を占めていた。俺はあれから大したものを撮ってないのか。一枚一枚の作品を見るとあの頃の二人の思い出が作品の中から滲み出して来た。今度の個展には綾子も協力してくれるだろう。となるとやはりこの十何年で撮った作品から捜そう。もう一度作品を取り出して検討してみるが佐恵子の影が付きまとった。まずは会場の規模に合わす必要が有ると、彼は作品の数を絞りきれないままギャラリーを探しに出た。
私鉄電車に揺られながら桂川を渡ると地下に入る辺りから風景は途切れてしまった。そこからは窓ガラスに映る自分の顔と睨めっこすると余計な雑念が
あれだけ親身になって綾子が作品の選り分けに協力してくれたのに。まるでちゃぶ台返しの様に急にほったらかして、いったい何が気に入らないんだ。電車は答えの出ないまま着いてしまった。そのまま想い出の街へ投げ出された。
まずは昔に借りる予定だったギャラリーを訪ねた。オーナーは北村を覚えていた。
「いやあ、あの暮れかかる山岳写真は胸にジーンと来ましたね、だってあのワンシャッターの為に
確かにあそこは狭くてテントを張るスペースはなかった。撮り終えると陽は落ちて闇に包まれて一歩も動けなかった。幸いに月が出て来た。満月にはほど遠い下弦の月だった。しかし漆喰の闇にはそれで十分な灯りだった。朔郎はその灯りでリュックサックの位置が分かり、取り出せた寝袋に身を寄せることが出来た。あの月光に救われた。あれが新月なら寒さで一睡も出来なかったかも知れない。だがらそれだけの価値のある写真が出来上がっていた。
「あの夕陽のシルエットに浮かぶ山の写真は大衆受けする写真ですね。次の角度を変えたコマには山と天空に昇る下弦の月がうっすらと写ってましたね。確かに夕映えの中では目立ちませんがじっくり見られると目立って来ますね。でもあれは淋しいからはねたのですね。でも集大成をお望みでしたら加えられれば、この前後の二つの作品を取り持つには意味のある写真だとおもいますよ。そのあとの同じ場所で撮った月明かりの山岳写真。私はあの写真が好きですね。確かあれは『下弦に冴える月』とか云うタイトルでしたなあ是非内のギャラリーをお使いいただいた暁にはあの写真を飾って欲しいですなあ」
貸し画廊のオーナーにはあの写真の後に訪れる自然の厳しさを予兆してくれていた。それが朔郎には嬉しかった。佐恵子は中途半端で邪魔な月ねーと透かし模様の様な月をそう言っていたっけ。
オーナーは昔の開催の一歩手前までいった課程を懐かしく、そして残念そうに語っていた。あの写真だけはオーナーが所望して贈呈した。
「あの写真はどうしました?」
「いやー私の知人で喫茶店の店主がおりましてそこで飾られています」
大事に額に入れて有りますから色褪せてないそうだ。
そこまでオーナーと気が合うと後は個展の日取りだけだった。
だが此の男の行動は不可解だ。昨日は綾子と個展に出す作品が揃わないともめていたのに。別にそれでも動揺もなくぶらっとこの日は画廊探しに出掛けていた。
用件が済むと知らぬ間に北山行きの地下鉄に乗っていた。北山駅を降りて彼は佐恵子の店の前を何度かやり過ごした。結局重い足取りのまま夕方にはアパートへ帰ってきた。その後すぐに綾子に電話した。
電話を切って窓を開けて見た。朝晩は涼しかったが陽が沈む前からこんなに爽やかな風が吹いて居るのに気づかなかった。晴れ渡った青空に幾つかの筋雲を見つけた。
遠くに見える生駒の山並みに眼を凝らし秋を探した。暑さの峠を越えると季節は次第に山の頂から色彩を帯びて来る。心なしか気分が少し和らいだ。
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