第32話 湯けむり旅情

湯の華亭の女将アリシアさんから教えて貰った秘湯を目指して、ベルツァーの街から温泉が湧いているという山の麓まで3時間掛けて馬車で遥々やって来た。


何故こんな秘境にまでやって来たかと言うと、ギルド長レイモンドさんからの依頼も含まれているからだ。


ベルツァーの街を出発する三日前......。


湯の華亭の食堂で夕食を食べている時に、ギルド長のレイモンドさんが突然やってきて“指名依頼でお願いする”と一言だけ言って、依頼票をテーブルの上に置いていったのだ。


ギルドの勤務時間にここに来て、お姉さんのアリシアさんに見つかるとこっぴどく怒られるそうで、脱兎の如く帰っていった。


しかし、依頼票を持って来なくても、ギルドに呼び出してくれれば良かったのに...?


食後、部屋に戻って改めて依頼票を確認したところ、レイモンドさんが自ら持って来た理由が理解できた。 が......。


“自分でやって欲しい”



到着時刻は、午前9時。 


午後3時までは、のんびりと温泉で入浴したり、周りを散策したり出来るだろう。


「シャノンさん、先に温泉で入浴しますか?」

「そうですね、馬車で揺られて来ましたから、休憩して散策を先にしたいです」


「分かりました」


シャノンさんの要望に応じて、秘湯に一軒だけある休憩所に向かう。


「シャノンさん、ナディアちゃん、足元に注意して下さいね」


そう俺はこの秘湯まで、レイモンドさんの奥さんと娘さんを護衛してきていた。


レイモンドさんが家族サービスとして来る予定だったのだが、ギルド長を集めての大鬼の対策会議が急遽決まった為、俺に白羽の矢を立て依頼してきたのだ。


ギルド長の職権乱用の様な気もしないでも無いが。


まぁ、許容範囲か......。


それよりも、今日は取り敢えず、2人が楽しめるように努力しよう。


季節は夏から秋になり麓では紅葉が始まったばかりだが、流石に秘境だけあって、もうすっかり染まってしまった赤や黄色の葉が、残っている緑の葉と相まって綺麗なコントラストを見せていた。


そんな中を3人で、おしゃべりしながら散策して行く。


もちろん俺は護衛なので、2人に危険がない様に近寄ってくる獣には魔力を変化させ

た威圧で威嚇しておいた。


一通り散策を終えて、昼食を済ませると午後は露天風呂に向かう。


何か所か整備されている中で、川沿いで対岸の紅葉が綺麗に見える場所を確保して置いたのでそこに向かう。


ここは、女性でも気軽に露天風呂が楽しめるように囲いもあるので、安心して入浴出来るだろう。


もちろん二人の入浴中は、俺は囲いの外で周りの景色を堪能しながらも警戒は緩めずにいた。



そして、午後3時......。


ベルツァーの街へ向けて、帰りの馬車が出発した。

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