拡散からもたらされた、思わぬ幸運

「それじゃあ、大貧民だいひんみん雄哉ゆうやは、好きな人をこの場で発表してもらいまーす!」


 ここは、秋深まる中でも、まだ夏の気配残る沖縄、修学旅行の宿泊部屋。

 就寝時間が過ぎた後、見張りの先生の目をあざむいて、とある部屋にクラスの男女数名が集まり、トランプや王様ゲームで楽しんでいた最中さなか


 大富豪だいふごう勝負で負けた俺は、大富豪となり勝利した同じクラスの山下やましたに、俺の好きな人を発表するという罰ゲームを課された。


 待ってましたと言わんばかりの恋バナに、興味津々きょうみしんしんといった様子で、皆の視線が一斉に俺へと集まる。普段は興味なんて抱かないくせに、いざこういうたぐいのイベント事になると、深夜帯のテンションにあてられて、人様の恋愛事情を聞きたくなってしまうらしい。


 俺、田口雄哉たぐちゆうやは、密かに隣のクラスの市川佳奈いちかわかなちゃんに恋をしていた。


 ボブカットであどけなさが残る可愛らしさあふれる姿に、守ってあげたいような可愛らしい笑顔。去年同じクラスだっただけで、あまり関わり合いは多くなかったものの、今でもちょくちょく挨拶を交わす程度の中ではあった。


 山下も、俺の好きな人が市川さんであることを見越してなのか、にやりと悪戯めいた笑みを俺に向けている。


 くっそ……山下の奴め……。


 うらめしい視線を山下に送りつつ、俺はこの修学旅行という浮ついた雰囲気と、深夜帯独特のテンションに流されたのか、ついつい口元が緩み、皆を輪の中央付近手招きして集め、小声で話し出してしまう。


「他の奴には絶対に言うなよ」


 そう一言、お決まりの文言もんごんを付け加えてから、俺は思い切って口を開いた。


「その……三組の市川さん……市川佳奈ちゃん……」


 俺が恥を忍んで暴露ばくろすると、キャーっとか、へぇーっとか声が上がり、にやにやにたにたと、からかうような視線を、皆が送ってくる。

 その中で、ひときわ意地の悪そうな笑みを浮かべて、顎に手を当ててこちらを見つめる人物が一人。

 

 俺はその人物と目が合い、しまった!っと言わんばかりに、自分の口元を抑えた。

 奴の存在を完全に忘れていた。


「へぇー、雄哉ゆうや佳奈かなちゃんの事が好きなんだぁー」


 にやりとした悪い笑みを浮かべながら、もう一度確認するかのように声を上げるのは、中学からの腐れ縁で、同じクラスの蘇我夕夏そがゆうか


 俺はしまったと思い、慌てて夕夏に念を押す。


「おい、夕夏。絶対に誰にも言うなよ?」

「ん? あぁ、分かってるって!」


 適当に相槌あいづちを打って、手で俺をあしらう夕夏。だが、こいつに念を押しても、あまり効果がないのを俺は知っている。


 ここにいるメンバーの中にも、口が軽い人というのは多少なりともいるはずだ。


 どこかの芸人がやっている、『絶対に押すなよ!』と言ってるにもかかわらず、熱湯に押してしまうような感覚で、『実はね……これ、他の人には内緒の話なんだけど……』と言って、芋づる式に秘密じゃなくなっていき、次第にバレてしまう。


 その程度の口の軽さなら、まだ可愛い方なのだが、夕夏の場合は全くもって違う。


 こいつの口の軽さは、緩すぎて垂れ流し。口が、熱湯源泉かけ流し状態なのだ。


 例えるなら、拡散される種、タンポポの一輪いちりんの花から形成される綿毛わたげの数くらいの人に、一気に噂をバラまいてしまう。しかも、たちの悪いことに、噂されている本人含めて関係なくバラまいてしまうほどの、超危険な種。いや、もうここまでくると、種ではなくマシンガンと呼んでもいいかもしれない。


 にしても迂闊うかつだった。修学旅行という浮ついたテンションについ流されて、後先のことを考えず、口軽夕夏の前で、好きな人を暴露してしまうとは、なんという失態しったい


 恐る恐る夕夏を覗き見ると、案の定彼女は、口角の吊り上がったにやりとした悪い笑みを浮かべていた。

 俺は色んな意味で、覚悟を決めなくてはならないと思った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 修学旅行が終わり、日常生活に戻ると、予想通り俺の噂は、一気に拡散されていた。

 クラス中の奴らに知れ渡り、『早く告れよー』とか『なんか意外だな』とか揶揄やゆされまくった。


 こりゃ、市川さんに噂が回るのも、時間の問題だな……。

 バレて遠回しに断られるよりは、先に告白してしまって玉砕ぎょくさいした方が、俺のメンタル的にもいいのかもしれないな。


 そう考えて、市川さんに告白する心の準備を整えていた矢先やさきの放課後。

 HRが終わり、帰り支度を整えていると、教室前のドア付近で、違うクラスのショートボブの髪型をした女の子が、キョロキョロ落ち着かない様子でクラス内を覗き込んでいる。


 市川さんだった。


 市川さんは、クラスの中を見渡して、俺を見つけると、ピタッと顔を止めて目を合わせ、少し遠慮がちに手招きして来た。


 あぁ……もう遅かったか。

 そりゃ、夕夏ゆうかの得意技、種マシンガンでばらまいた噂だ。隣のクラスに伝わるのなんて、一日もかからまい。


 俺はふぅっと一つ息を吐いてから席を立ち、市川さんの方へと向かう。


 教室に残っていた人たちも、俺と市川さんが何やら話をしようとしているのを見つけて、皆が興味津々といった様子で視線をめぐらしている。


 俺は市川さんの元へと向かい、平静へいせいよそおって優しく声を掛けた。


「市川さん、どうしたの?」


 市川さんは、うつむきがちな視線で、胸元に手を当てて、恥じらいながらぽしょりと声を出す。


「あの……ここじゃ話しづらいから、向こう行かない?」

「あっ、うん。いいよ」


 そりゃ、断るにしても噂が皆に知られている中では、言いづらいだろう。

 俺も気持ち的には静かなところで断られた方が身のためだと思い、市川さんの提案にのって、教室から出て廊下を歩き、人気のない特別棟の校舎へ向かった。


 やってきたのは、特別棟の屋上へと続く階段の踊り場。

 普段屋上は解放されていないので、ドアにはカギがかけられている。

 ここなら誰にも聞かれることなく、落ち着いて話しが出来るだろう。


 階段を登り切り、お互いに向かい合ったところで、ようやく市川さんが話を切り出した。


「その……風の噂で聞いたんだけど……田口たぐち君が、私のこと好きだって聞いて……」


 市川さんは少し戸惑とまどった様子で、首を傾げて尋ねてくる。


「それって、本当なの?」


 しばしの間が空いて、俺が喉を鳴らして答える。


「う、うん……本当です」


 何故か敬語けいごになってしまった。

 まあでも、好きな人の前で、上手く言えた方だとは思う。


 さて後は、市川さんの『ごめんなさい、気持ちは嬉しいんだけど、私、田口くんのほかに好きな人がいるの』宣言。お決まりのお断り文句を待つだけだ。


 俺がごくりと生唾を飲み込み、覚悟を決める。

 しかし、なかなか市川さんからの返事は返ってこない。


 どうしたものかと市川さんの様子を窺うと、顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに視線を泳がせている。


「市川さん?」


 俺が心配して声を掛けると、市川さんは大きく息を吸ってから、目を瞑って勢いよく声を上げた。


「そのぉ……私でよければ、付き合ってください!」

「……へっ?」


 今、市川さんなんて言った?

 付き合ってください?


「……え!?」


 俺は思わず、驚愕きょうがくの声を上げてしまうが、すぐに一つ咳ばらいをして、改めて問いかける。


「えっと……本当にいいの?」

「はい、私もそのぉ……田口くんのこと……ちょっといいなぁって思ってたから……」


 胸元に手を当てながら、俯きがちに言う市川さん。

 その恥じらい方が可愛らしくて、ついドキっと胸がキュンと締め付けられてしまう。



「その……俺でよければ、いつでも……いいよ?」


 俺が頭を掻きながら曖昧に言葉を濁すと、市川さんも戸惑ったように言葉を返す。


「そ、それじゃあ、今からその……わたし達、付き合うってことでいい?」

「う、うん」


 なんだ、この甘酸っぱくてむずかゆい雰囲気は!?

 まさか、こうして拡散された種が、花を咲かせることになるとは夢にも思っていなかった。


「その……これからよろしくな、か……佳奈」


 俺が名前で呼ぶと、佳奈かなも、ぺこりと頭を下げてまくしたてる。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……えっと……雄哉くん」



 こうして、俺と市川さんは、口軽夕夏の拡散した種のおかげで、芽を出して正真正銘のカップルへとステップアップした。


 この後、皆から盛大に祝福され、案の定夕夏の種マシンガンにより、学内で皆が周知の公認カップルとなるのは、言うまでもないことだ。

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