拡散からもたらされた、思わぬ幸運
「それじゃあ、
ここは、秋深まる中でも、まだ夏の気配残る沖縄、修学旅行の宿泊部屋。
就寝時間が過ぎた後、見張りの先生の目を
待ってましたと言わんばかりの恋バナに、
俺、
ボブカットであどけなさが残る可愛らしさあふれる姿に、守ってあげたいような可愛らしい笑顔。去年同じクラスだっただけで、あまり関わり合いは多くなかったものの、今でもちょくちょく挨拶を交わす程度の中ではあった。
山下も、俺の好きな人が市川さんであることを見越してなのか、にやりと悪戯めいた笑みを俺に向けている。
くっそ……山下の奴め……。
「他の奴には絶対に言うなよ」
そう一言、お決まりの
「その……三組の市川さん……市川佳奈ちゃん……」
俺が恥を忍んで
その中で、ひときわ意地の悪そうな笑みを浮かべて、顎に手を当ててこちらを見つめる人物が一人。
俺はその人物と目が合い、しまった!っと言わんばかりに、自分の口元を抑えた。
奴の存在を完全に忘れていた。
「へぇー、
にやりとした悪い笑みを浮かべながら、もう一度確認するかのように声を上げるのは、中学からの腐れ縁で、同じクラスの
俺はしまったと思い、慌てて夕夏に念を押す。
「おい、夕夏。絶対に誰にも言うなよ?」
「ん? あぁ、分かってるって!」
適当に
ここにいるメンバーの中にも、口が軽い人というのは多少なりともいるはずだ。
どこかの芸人がやっている、『絶対に押すなよ!』と言ってるにもかかわらず、熱湯に押してしまうような感覚で、『実はね……これ、他の人には内緒の話なんだけど……』と言って、芋づる式に秘密じゃなくなっていき、次第にバレてしまう。
その程度の口の軽さなら、まだ可愛い方なのだが、夕夏の場合は全くもって違う。
こいつの口の軽さは、緩すぎて垂れ流し。口が、熱湯源泉かけ流し状態なのだ。
例えるなら、拡散される種、タンポポの
にしても
恐る恐る夕夏を覗き見ると、案の定彼女は、口角の吊り上がったにやりとした悪い笑みを浮かべていた。
俺は色んな意味で、覚悟を決めなくてはならないと思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
修学旅行が終わり、日常生活に戻ると、予想通り俺の噂は、一気に拡散されていた。
クラス中の奴らに知れ渡り、『早く告れよー』とか『なんか意外だな』とか
こりゃ、市川さんに噂が回るのも、時間の問題だな……。
バレて遠回しに断られるよりは、先に告白してしまって
そう考えて、市川さんに告白する心の準備を整えていた
HRが終わり、帰り支度を整えていると、教室前のドア付近で、違うクラスのショートボブの髪型をした女の子が、キョロキョロ落ち着かない様子でクラス内を覗き込んでいる。
市川さんだった。
市川さんは、クラスの中を見渡して、俺を見つけると、ピタッと顔を止めて目を合わせ、少し遠慮がちに手招きして来た。
あぁ……もう遅かったか。
そりゃ、
俺はふぅっと一つ息を吐いてから席を立ち、市川さんの方へと向かう。
教室に残っていた人たちも、俺と市川さんが何やら話をしようとしているのを見つけて、皆が興味津々といった様子で視線を
俺は市川さんの元へと向かい、
「市川さん、どうしたの?」
市川さんは、
「あの……ここじゃ話しづらいから、向こう行かない?」
「あっ、うん。いいよ」
そりゃ、断るにしても噂が皆に知られている中では、言いづらいだろう。
俺も気持ち的には静かなところで断られた方が身のためだと思い、市川さんの提案にのって、教室から出て廊下を歩き、人気のない特別棟の校舎へ向かった。
やってきたのは、特別棟の屋上へと続く階段の踊り場。
普段屋上は解放されていないので、ドアにはカギがかけられている。
ここなら誰にも聞かれることなく、落ち着いて話しが出来るだろう。
階段を登り切り、お互いに向かい合ったところで、ようやく市川さんが話を切り出した。
「その……風の噂で聞いたんだけど……
市川さんは少し
「それって、本当なの?」
しばしの間が空いて、俺が喉を鳴らして答える。
「う、うん……本当です」
何故か
まあでも、好きな人の前で、上手く言えた方だとは思う。
さて後は、市川さんの『ごめんなさい、気持ちは嬉しいんだけど、私、田口くんのほかに好きな人がいるの』宣言。お決まりのお断り文句を待つだけだ。
俺がごくりと生唾を飲み込み、覚悟を決める。
しかし、なかなか市川さんからの返事は返ってこない。
どうしたものかと市川さんの様子を窺うと、顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに視線を泳がせている。
「市川さん?」
俺が心配して声を掛けると、市川さんは大きく息を吸ってから、目を瞑って勢いよく声を上げた。
「そのぉ……私でよければ、付き合ってください!」
「……へっ?」
今、市川さんなんて言った?
付き合ってください?
「……え!?」
俺は思わず、
「えっと……本当にいいの?」
「はい、私もそのぉ……田口くんのこと……ちょっといいなぁって思ってたから……」
胸元に手を当てながら、俯きがちに言う市川さん。
その恥じらい方が可愛らしくて、ついドキっと胸がキュンと締め付けられてしまう。
「その……俺でよければ、いつでも……いいよ?」
俺が頭を掻きながら曖昧に言葉を濁すと、市川さんも戸惑ったように言葉を返す。
「そ、それじゃあ、今からその……わたし達、付き合うってことでいい?」
「う、うん」
なんだ、この甘酸っぱくてむず
まさか、こうして拡散された種が、花を咲かせることになるとは夢にも思っていなかった。
「その……これからよろしくな、か……佳奈」
俺が名前で呼ぶと、
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……えっと……雄哉くん」
こうして、俺と市川さんは、口軽夕夏の拡散した種のおかげで、芽を出して正真正銘のカップルへとステップアップした。
この後、皆から盛大に祝福され、案の定夕夏の種マシンガンにより、学内で皆が周知の公認カップルとなるのは、言うまでもないことだ。
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