帰郷

 乗って来た高速バスから降りて、私は一年ぶりの地元の地を踏んだ。


「ふぅ……」


 やはり、都内とは違い、自然豊かで空気も澄んでいる。

 私は体内の空気を入れ替えるようにして、一つ大きく深呼吸した。


 桜が満開に近づき始めている四月の春。

 ここは、都内から離れた地方の辺境地、とまでは行かないが、私が生まれ育った地元の地方都市。


 私は、先月まで働いていた広告代理店を退職して、地元へと戻って来た。

 所謂、Uターン転職というものである。


 母が腰を悪くしてしまい、私が介護をしながら働くことにしたのだ。


 幼い頃に、父は病気で亡くなり、女手一つで私を育てあげてくれた母。

 最初、母親から戻ってきてくれないかと言われたときは、都内で働いていた仕事が充実していたこともあり断った。


 その時はまだ、都内で働いている自分がカッコいいと思っていたし、正直一つ大きなプロジェクトを任されていたので、すぐに仕事を辞められるような状況ではなかったという理由もあった。


 年末年始も仕事の納品が大詰めだったため、私は帰省せずに都内で年を越した。

 この時も、母に何度も『直美、もう少し根詰め過ぎずに働きなさい』と母に忠告されたことを覚えている。


 そして、ようやくプロジェクトがひと段落し終えた時、私は自分の将来のことについて改めて考え直した。


 今の会社に新卒で入社してから、若さで何とかここまで自分のやりたい仕事をやり遂げてきた。

 気が付けば、年齢も三十路を超え、周りの子たちには結婚して子供を持ち、家庭を作ったなんて報告があった人もいた。そんな中で、私はふと考えた時、今のままでいいのかという不安に駆られてしまった。

 このまま婚期も逃して、必死に走り回って会社勤めで仕事一筋の人生で本当にいいのかと自分に問うた。そして私は、退職して地元で働くという選択を選んだ。


 都内での仕事も楽しかったが、プロジェクトが一山超えて、自分の中ではすべてやりきった達成感の方が強く。これからは、今までお世話になった母や、地元に貢献できるような仕事をやっていきたいという気持ちの方が強く芽生えたのだ。


「よしっ!」


 私はバスターミナルから、キャリーケースをコロコロと転がしながら、一年ぶりの実家への道を歩いていく。


 バスターミナルから少しあるところにある駅前は、雑居ビル程度のビルが数個並んでいる程度で、お世辞にも賑わっているとは言えない。


 しかし、この地域は昔から工場を誘致する意向もあり、大手製造メーカの製造工場が郊外部へ行けばいくつも立ち並んでいる。

 幸いにも私は、職に困るようなことはなく、すぐに再就職先を見つけることが出来た。


 製造メーカーでの製品管理などの仕事ではあったが、大手メーカということもあり、待遇面も問題なく普通に働くことが出来そうだ。

 正直、これが私のやりたい、地元に貢献する仕事なのかどうかはまだ分からないが、なんか違うなと思えば、また違う仕事を探せばいいだろう。


 まだまだこれから人生100歳時代。

 私のUターンの挑戦は、こんなところで終わることはない。


 そして、久しぶりに目の前に現れた、昭和感あふれる木造二階建ての平屋建ての実家。中では、腰を痛めた母が、小言を言いながらも出迎えてくれるのだろう。


 私は外門を開けて、玄関横にあるインターフォンを押した。


 しばらくして、中から「開いてるわよ!」という声が聞こえてきた。


 全く、介護してあげる身だというのに、私のことをまだ子ども扱いして態度がでかいのは相変わらずの様だ。


 私は、玄関の門戸を開ける前に、目を瞑ってお辞儀した。


「これから、またよろしくお願いします」


 そう小声で一礼してから、私は実家へと足を踏み入れて、新たな私のUターンの挑戦が始まった。

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