誕生日おめでとう、お兄ちゃん

 時刻は夜10時、私は小声で隣の部屋にいるお兄ちゃんに聞こえないようにしながら、何度もイメージトレーニングをしていた。


「お兄ちゃん。お誕生日おめでとう…うーん。なんか違うな…」

「お兄ちゃん!誕生日おめでとっ!…うーんこれも違う…」


 明日は私の大好きな2つ年上であるお兄ちゃんの誕生日。

 

 先週から用意しておいた部活用のスポーツタオルがラッピングされて入った袋を手に持ちながら、私はお兄ちゃんへ誕生日プレゼントを渡す練習をしていた。


 私はお兄ちゃんのことが大好きだが、いつも声を掛けられると、緊張しちゃって素っ気ない態度を取ってしまう。だから、お兄ちゃんの誕生日だけは、なんとしても素直な気持ちでお兄ちゃんに喜んでもらえるように頑張ろうと心に決めていたのだ。

 しかし、何度も練習しても中々自分の納得がいくような渡し方が思いつかないままでいた。


 時刻は夜の11時を過ぎ、お兄ちゃんの誕生日まで1時間を切っていた。


「あ~もう・・・」


 私はベットに横たわって足をバダバダとさせて上手くいかないことに憤りを覚えた。

 枕に顔を埋めて、ついため息がこぼれる。


「私…何やってるんだろう…」


 昔はお兄ちゃんにベッタリで、正直な気持ちでお兄ちゃんと話せていたのに、どうして今そんな簡単なことが出来ないんだろう。そんなことを考えてしまい、再びため息が漏れた。


 しばらくお兄ちゃんとの昔の思い出に物思いにふけっていると、私は「はっ」となって時計を眺めた。


 時刻は夜の12時を指していた。


「え?嘘、もう12時!?どうしよう、結局どう渡せばいいのか全然決まってないよ~」


 私は思わず頭を抱えた。だが、時間は巻戻ってくれることはない。


「はぁ…よしっ!」


 私は諦めたようにため息をついて、覚悟を決めて机の上に置いてあるプレゼントを持って隣の部屋にいるお兄ちゃんの部屋へ向かった。

 ドアを開けると、真っ暗の廊下から明かりが漏れているのが確認できた。どうやらお兄ちゃんはまだ起きているようで安心する。

 私は忍び足でお兄ちゃんの部屋の前まで向かい、ドアの前で立ち止った。

 一度深呼吸をしてから、生唾を飲みこんでドアを2回ノックした。


「お兄ちゃん」


 私が声を掛けても返事はなかった。もう一度ドアをノックした。


「お兄ちゃん~」


 今度はもう少し大きめの声を出してみたが部屋からの反応はなかった。


「開けるよ~」


 反応が返ってこないため、ドアノブを回して恐る恐るドアを開いた。


「おにいちゃ~ん??」


 ドアを開け、顔だけを部屋にいれて中を見渡すと、部屋の明かりをつけっぱなして毛布も掛けずにベットの上で熟睡しているお兄ちゃんの姿があった。

 お腹を出しまま、膝を曲げて外側に倒し、だらしない格好で眠っていた。

 その姿を見て呆れたようにため息をついた。


 私の今までの努力と緊張が無駄に終わってしまい、力が一気に向け落ちた。

 私はそのままお兄ちゃんの部屋に入り、プレゼントを机の上に置いた後、お兄ちゃんが寝ているベットの方へ向かい、足の方に包まって置いてあった毛布を掛けてあげる。


「ゆうり…」

「え?」


 すると、お兄ちゃんが私の名前を口にした。

 驚いてお兄ちゃんの方を見たが、どうやら寝言のようで、モゾモゾと動いて向こう側を向いてしまい、再び寝息を立てて眠ってしまった。


「私の夢見てるのかな…」


 私は少し嬉しい気持ちになり、周りをキョロキョロと見渡して誰もいないことを確認すると、お兄ちゃんのベットの中へ潜り込む。

 ベットに潜り込むと昔から変わらないお兄ちゃんの匂いが漂ってきた。

 私はその匂いを嗅いで、無性に落ち着いてしまった。

 お兄ちゃんの方を見ると、後姿ではあるが、大きな背中と首元が見えた。

 私はそのままお兄ちゃんの背中を掴んで、ピッタリとくっついた。

 


 ずっと緊張していたせいか私も睡魔が襲ってきてしまう。そのまま眠ってしまってはダメなのに、体が言うことを聞かなかった。

 私は最後にお兄ちゃんの背中に向かって、


「お兄ちゃん、誕生日おめでとう。」


 といって、そのまま私は睡魔という悪魔に負け、お兄ちゃんのベットで眠りに落ちていくのであった。



 ◇



 朝、眠りから目が覚めると、妹が隣で眠っていた。

 いつも素っ気ない態度であまり俺と接したがらない妹が、急にどうしのだろう?

 俺は、わけがわからないままフリーズしていた。


「ん…」


 すると、可愛らしい吐息を吐きながら妹が目を覚ました。

 目を覚ました妹と俺はベットの中で目が合った。


「おはよう…お兄ちゃん」

「お、おう、おはよう…」


 眠そうにしながらも、今までの素っ気ない態度とは違い、透き通ったような透明感あふれる可愛らしい笑顔を俺に対して向けていた。

 そして、目をパチパチとさせると、ゆうりは事の状況を理解したかのように飛び起きた。


「うわあl!」

「おおおう…」


 妹は飛び起きて俺を見つめ右往左往していた。


「その、ね!お兄ちゃんに渡したいものがあってきたら、お兄ちゃんが電気付けたまま寝ちゃってて…それで毛布かけてあげたらなんか私も眠くなっちゃって、そのまま一緒に寝ちゃったというかなんといいますか・・・・」

「お、おう。」

 

 早口で事の状況を説明し、キョロキョロと周りを見渡す。


「はい、これ!」


 すると、机に置いてあった、ラッピングされた箱をスっと取り、俺に渡してきた。


「お、おう。ありがとう。」

「それじゃあ、私はこれで!」

 

 俺がその箱を訳の分からないまま受け取ると、ゆうりはスタスタと部屋の出口へと歩いていきドアを開けた。

 すると、妹は出口の前で立ち止り再び俺の方へと振り返った。


「お誕生日、おめでとう…お兄ちゃん…」


 頬を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに俯きながら言うと、我慢できなくなったのかドアを閉めて自分の部屋へと立ち去っていってしまった。


 俺はポカンと嵐のような出来事を眺めていたが、我に返って、妹からもらった物を眺めた。

 ふとカレンダーを見つめた。


「そうか…今日は俺の誕生日か。」


 部活で疲れ果ててしまいすっかり忘れてしまっていた。

 妹はどうやら俺のためにプレゼントを用意してくれて、昨日の夜に渡しに来てくれたようだ。

 事の状況をようやく理解して、俺は妹から渡されたプレゼントを開けた。

 綺麗に包装を剥がすと、中にはスポーツタオルが入っていた。

 俺は隣にある妹の部屋の方を向きながらニコっとっ微笑み。


「ありがとう。」


 と返したのであった。

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