第12話 タイミング

今日はあの、裕太に会った時以来のキャバクラ出勤だ。


ちっとも気にしたくなんてないのに、どうしても気になってしまった。


認めたくないけれど、期待しているのだろうか。


今日は、ここ1番の時に着ている黒のミディアム丈のタイトドレスにした。


大人っぽくて、似合っているよとお客様にもキャストにも、よく褒められた。

まあ、大人っぽいと言っても、実際にもう三十路なのだけれど。


いつもだったら、ドレスに着替えると、身も心もすっかり優里から七海へと変身する感覚があるのだけれど、今日は着替えても優里は優里のままだった。


今日は、出勤の日には毎回来てくれる佐藤さんに加えて、他に3組来客予定があった。

お客様が被っていると、時間を区切って指名のお客様の間を行ったり来たりしなくてはならない。


もし裕太が来た場合に、お客様が被れば被るほど裕太の席に着いている時間が減るのだ。


(こんな日に限って....)

お客様が沢山来店してくれるのは、本来嬉しい事だ。

せれに、ずっと1人のお客様の隣に付いているのは、かなりしんどいのだ。特にvipルームに佐藤さんと2人きりで居る時なんかは、それはもう気が重い。

そうなると、vipルームの重厚な扉も一層重たく感じるのだ。いつもだったら、色々なお客様に付いている方が、気持ちもリフレッシュできた。


それなのに今日は、お客様がたくさん来店してくれる事を素直に喜べない。


どうして?優里は自分に問う。

裕太が、やって来る事を期待しているの?

あんなに酷い事をされたのに。

でも実際に、裕太にされた酷い事ってなんだろう。

確かに何の前触れもなく振られた。

29にもなって、もう裕太との将来しか考えていなかったのに振られた。それは事実だ。

でも裕太の中では、別れたくなる様な気持ちだったのだ。前触れも無いと感じていたのは優里だけかもしれない。だからこそ惨めだったのだ。

1番側にいた筈なのに、彼の気持ちの変化にも気付かず、呑気に生活していた自分自身に腹が立つ。


そして、彼と別れた後すぐに、新しい彼女が出来て、更には結婚するという噂を耳にした。

本当は、優里と付き合ってる時から、浮気でもしていたんじゃないだろうか。

そうでなければ、こんなきすぐに切り替える事が出来るだろうか。そう思った。

惨めで、悲しくて、やり場のない気持ちが怒りに変わった。酷すぎる、と。

でも、実際に彼が浮気をしていたのかも分からない。


でも、もうそんな気持ちを持つ事すら無意味に感じた。分からない事だらけだったけれど、裕太に一方的に振られたという事実がある限り、もうこれ以上問い詰めて、惨めになりたくない。それじゃあ、ただの負け犬の遠吠えだ。そう思った。


だから、優里は裕太の連絡先を消した。

SNSも、ラインも、電話も全てブロックした。そして、削除したのだ。


一層この汚い気持ちは、封印しよう。封印して、そのまま捨ててしまおう。そう決めたのだ。


連絡先を消したら、何か変わるかもしれない。

そう、期待した。でも実際にそんなに変わらなかった。苦しい気持ちは消えなかった。


半年程経って、30の誕生日を迎えるのと同時に、さすがに気持ちを切り替えようと思った。

そこで、シルクのパジャマを奮発して買った。

彼氏も居ないし、誰かに見せるわけでもないのに、たかがパジャマにそんなにお金をかけるなんて...とも思ったけれど、もしそれで一皮向けて気持ちが切り替わるなら安い買い物だ。


30の誕生日の夜、シルクのパジャマを着て眠った。でも、目が覚めても何も変わらなかった。それどころか、三十路というレッテルを自分自身に貼って、気分は落ちる一方だった。


そんなある日、湯船に浸かっていたらだんだん元気が出てきた。前向きになれた。それは何でもない、とある1日だった。なんの前触れもなく、突然やって来た。

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