第13話 勘のいい後輩

いつ、どうなるか分からない。人生とはそういうものなのだろう。


この間、裕太がここへ来た時もそうだった。

なんの前触れもなくあの日はやってきた。


そして、あの湯船の中で決心した想いが、ガタガタと音を立てる様に崩れた。


また、何かが変わろうとしている。


...そんな事を考えながら、来店したお客様の席に次々と付いた。心を隠して、精一杯笑った。お客様の話を聞いて相槌をしたり、おどけて見せた。


良かった。誰も気づいていない。

上手く七海になれている。


お客様も皆んな、いつも通りたのしんでくれている様だった。


バタバタと接客をこなしていくうちに、閉店の時間ですと、残っているお客様の元にボーイが伝票を持ってきた。


ラストまで居たお客様を、それぞれお見送りしてこの日の営業は終わった。


「今日は平日なのに大盛況だったね。皆んな長い事居てくれて、売り上げも良かったよ!」

お見送りが終わると、店長が上機嫌に話しかけてきた。


「はい、ありがとうござます。」

力なく答えたけれど、店長は気づく様子もなく、これからも頑張ってね!と、声をかけて伝票の数字を電卓に打ち込みながら売り上げを数えていた。


(結局、裕太は来なかったな。)

ぼんやり考えながら着替えていると、

更衣室に茜が入ってきて、「お疲れ様です!」と、声をかけて来た。


「お疲れ様。」優里は頑張ってニッコリと笑って答えた。


「優里さんってすごいですよね!たまにしか出勤してないのに、いつもお客様沢山呼べて。それに佐藤さんすごい太いですもんね〜。夜の仕事一本にしたら絶対ナンバー取れますよ!」と、茜が言った。


太いと言うのは、金払いの良い、より売り上げに貢献してくれるお客様のことを指す、業界用語だった。


そんな風に褒められると、素直に嬉しい。



それでも謙遜して、「そんな事ないよ。茜ちゃんだって入って1ヶ月位なのに、もう結構お客様掴んでるじゃない。凄いよ。」と答えた。


そういえば、裕太は、茜のお客様の連れとして来ていた。


「あ、そうそう!」

茜が何か思い立った様に、少し声を大きくして言った。


「この間、私のお客様の席で、七海さんが着いてたお客様が、この間七海さんお休みの日に、七海さん指名で来てましたよ!」

ふいに思い出した、という感じで茜が報告してくれた。


「うん、店長から来店報告があったよ。ありがとう。」優里は平然を装った。


「あの人イケメンじゃないですか?」茜がふざける様に言った。


「そうかな?」少し声が裏返ったけれど、なるべく普通のテンションで答えたつもりだ。


「知り合いですか?」と、茜は言った。優里はあからさまに、ぎくっとして一瞬言葉を失った。


「この間、場内指名断ってましたよね。」茜が不思議そうに尋ねる。


「うーん?」優里は返事に困ってしまって、誤魔化して笑った。


「また来ますって、言ってましたよ!」茜はそれ以上追求して来なかったものの、何か感づいている様だった。

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