第8話 混乱
「呼ばれたよ。」優里は裕太に目も合わせずに、言った。
それは、裕太もボーイを見ていたから、勿論分かっている事だったけれど。
裕太は凄く困った顔で、深刻そうに
「ここに居てくれないかな?」と言った。
「...?」優里は一瞬何を言っているか理解する事が出来ずに、キョトンとしてしまった。
「指名させて欲しいんだ。」裕太は聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声で、でも確かに、そう呟いた。
「...ごめん。」
キャバクラで指名をすると言うお客様を、断るだなんて許されるのか分からないけれど、
優里は裕太の指名を、断わった。
言いたい事は山の様にあった。文句も、質問も。
だけどもう今更、その全てが意味を成さないように感じた。
これ以上惨めな想いをするくらいなら、今すぐにここから逃げ出したい。
客とキャバ嬢という関係の中、彼にサービスを提供するのは不可能だった。
「そうだよね、ごめんな。」
小さな声で、裕太は呟いたけれど、聞こえないふりをして席を立った。
茜と茜のお客様は、話に夢中で、こちらのチェンジに気づいて居ない様子だった事には救われた。
席を離れて、ボーイの元へ歩み寄ると、
「vipに佐藤さんが、いらっしゃっています。」
と、報告された。
「わかりました。」
(このタイミングで...)そう思いながらも、メインルームの裕太が視界に入る空間にいるよりは、隔離されたvipルームに避難した方が良さそうだ、とは思った。
vipルームへ急いだ。
扉を開ける時、さりげなく裕太の方を振り向いて見た。
笑顔を浮かべる事もなく、悲しそうにこちらを見ている裕太と目が合ったけれど、直ぐに逸らした。
(何なのよ、もう!)
色々な心境が入り混じって、叫びたいような心境に駆られる。
その場から逃げるように、vipルームの扉を開いく。
何だか、いつもよりもvipルームの扉が重たい。
vipルームに入ると、佐藤さんがヘルプの女の子と談笑しながら、いつものようにマッカランをチビチビと呑んでいた。
部屋に入った優里を確認すると、
「七海、こっちへおいで!」と、嬉しそうに手招きをした。
(ああ、良かった。)
優里は七海へと戻る。この店の中で、自分は七海なのだ。
少し安心して、急いで佐藤さんの隣に座った。
ヘルプの女の子は、さっと挨拶をして、部屋を出て行った。
vipルームはメインルームと違い、椅子やテーブル、その一つ一つがとても重厚な造りになっていた。
そして、天井に取り付けられた大きなシャンデリアの光が、ガラスのテーブルに反射してキラキラと煌めいていた。
「七海、好きなものを頼みなさい。」
そう佐藤さんに促されて、今日はシャンパンを空けて貰う事にした。
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