第3話 もう1人の自分
キャバクラに到着したのは午後九時十五分頃だった。
「佐藤さんはvipで待機しているから早く着替えて来て。」
店に着くなり店長に促されて急いで更衣室に入った。
「おはようございます。」
更衣室では美月と言う20代前半の女の子がメイク直しをしてきたので挨拶をしながら中に入った。
「おはようございます。」彼女はこちらを向く訳でもなく聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さな声で無愛想に答えた。
顔も可愛いし、スタイルも良い子であったが、この子は全然人気がない。客席に着いてもあまりリアクションをせず声が小さいので、お客様とも盛り上がって居るところを見た事がない。
若くて可愛いのに勿体ないなぁ...
優里はそんな事を考えながら急いでドレスに着替えた。
ターコイズブルーのAラインのミニドレスだ。
最近ネットで買ったばかりのお気に入りのドレスだった。ドレスに着替えると少し気分が高揚する。
更衣室を出ると、
「早く早く!」と店長に手招きされる。
14センチ程のピンヒールを履いているので、走れる訳もないけれど、とりあえず小走りする仕草を見せながらvipルームへと急いで向かった。
ガチャ。
「お待たせしました。」
vipルームの扉は重い。
浅黒く彫りの深い50代後半の男性が目に飛び込んでくる。佐藤さんだ。
「やあ七海。ご苦労様。」
やけに低くセクシーな声で佐藤さんは言った。
七海と言うのは優里の源氏名だった。
ドレスを着た瞬間から、脱ぐ時までは優里は七海になる。
「遅くなってごめんなさい。仕事がなかなか終わらなくて」そう言って佐藤さんの隣のソファ席に着く。vipルームの壁に掛かる時計に目をやると九時半を回ろうとしていた。
向かいの丸い椅子に女性が座っており、
「七海さんおはようございます!」
と挨拶をしてきた。
「茜ちゃんおはよう。」
ここ1ヶ月位で入った新人の子だ。
先程更衣室で挨拶をしてきた美月と同じ位の歳だったが美月とは対照的にとても明るく愛嬌もあって水商売に向いているであろうタイプだ。
「では、失礼します。ご馳走さまでした。」
茜は、佐藤さんのグラスに頂いたドリンクのグラスを軽く当てると席を立った。
「有り難う。」
七海が声をかけると、茜は七海ににっこりと笑顔を見せて軽く会釈した。
「待っていたよ、七海。」
佐藤さんは隣に座る七海の腰に手を回す。
そして腰に置いた手をほんの少し摩りながら動かした。
「本当に遅くなってごめんなさい。」
笑顔で答えるけれど、気分は全然乗らず心の中の憂鬱が見透かされないか、少し不安になる。
「仕事だったんだから仕方がないさ。さあ、もっとこっちへおいで。」
佐藤さんは腰に回した手にぎゅっと力を込めて、隣に座る七海を一層自分の方へと引き寄せた。
腰がピッタリとくっつく。
一見すると凄くセクシーな構図だけれど、七海はこれにセクシーさは感じはしない。
初めの頃こそ嫌悪感もあったものの、今はもう、それに何も感じなかった。
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