第18話 目の届かぬ範囲




 「……訓練の手伝い?」

 「うん。イブ君にお願いできないかなーって。どう?」


 そのままの流れで何故かサーナが一緒に行動することとなり、なんだろうと思ったらそんなことを言われた。


 「訓練と言うと、サーナは確かテレポートチェイスだったね。それかな?」

 「う、うん、よく覚えてるね」

 「これでも一応、書記? みたいなものだからね」


 まぁホワイトボードに書かれた内容を覚えているだけだが。


 「それで、テレポートチェイスの訓練と言うと……まぁやっぱり鬼ごっこが基本か」

 「そうなんだよね。でも、今日はみんな帰っちゃって、私一人なんだよー。そしたらイブ君が来たからラッキーって感じでさ……どう?」


 俺としては、別に訓練場で何をしようと正確に決まっていた訳でもないので構わないが、そうなるとソティをどうするか……。


 「イブ君とソティちゃんの2人で兎を捕まえて欲しいの。私は司令塔をするから」

 「なるほどね、じゃあそうしようか」

 「やった! ありがとイブ君!」

 「いえいえ」


 レオン達ほどの交流はないとはいえ、今のクラスは全体的に居心地がいい。クラスメイトの頼み事を聞くぐらいは朝飯前だ。


 俺が笑みを浮かべて頷くと、サーナは目に見えて嬉しそうに顔をほころばせた。そんな顔をされれば、こちらとしても満更でもない。



 ……ソティさんや、嫉妬なのかちょっと強く握るのはやめてくださいな。

 



 ◆◇◆




 テレポートチェイス。簡単に言うと、テレポートを駆使して迷路を逃げる"兎"を、誰が最初に捕まえられるかという競技だ。

 ちなみにこの兎は、そのままの意味であり、魔物の中には『転移テレポート』を使う『ジャンプラビット』という兎がいるのだ。


 戦闘力としてはほぼ無いが、逃げ回るのだけは得意であり、その『転移テレポート』は並の魔法使いの技量を上回る。

 結構レアな魔物であり、その素材は高く売れるらしいが、生憎と俺は見つけたことがない。というのもジャンプラビットは大きさも兎そのものであり、魔物と言うよりは小動物である。


 しかし、故にこの競技では抜擢されるのだ。


 ところで、そのテレポートチェイスは、いわば鬼ごっこであり、その練習もまた鬼ごっこである。

 それだけ聞くと酷く幼稚だが、その実本来は、司令塔を一人決め、その司令塔の指示に従って残りの2人が兎を捕まえるために動くという、少し戦略的ストラテジーな部分がある。


 テレポートチェイスの練習用迷路は訓練場に隣接した場所に用意されており、その一区画を俺たちは利用している。

 迷路の広さだが、思ったよりも広く、学校の校庭レベルはある。なお、これでもあくまで一区画であり、本来はもっと広いらしい。難しいだろそりゃ。

 壁の高さは5m、天井にはネットがあり、当然超えてはならない。横幅も5メートル弱はあり、もしジャンプラビットと相対すれば、端から逃げられてしまう可能性も低くはない。


 また、迷路も複雑であり、魔力や気配で察知しようにも、当然ながら壁を突き破って一直線に行くことなどできない。かと言って、この迷路を感覚だけで把握するなど不可能に近い。

 だからこそ、司令塔が介入するのだ。


 司令塔は1人、用意された高台からこの迷路全体を見下ろすことができ、追う側の2人は、司令塔が出した指示通りに道を行くといのがこの競技の仕組みだ。

 俺が司令塔の方がいいが、本来サーナが司令塔役であるから、サーナに司令塔を練習させた方がいいというのは当たり前だ。


 また、俺とソティは手加減をすることが決定している。まず俺の場合、間違いなく秒で捕まえることが出来てしまうだろうし、ソティも敏捷力が高すぎる。

 それだと本来出場する予定のない俺達の力押しという結果になってしまうので、練習にならないのだ。サーナも俺の実力は高く買ってくれているようで、『手加減してくれないと練習にならないよ~』と笑って言っていた。


 加えて練習に使用する兎は、本番で使われるジャンプラビットよりも弱くなっているらしい。パラメータの制限はかけておいて正解だな。


 今回の目的はサーナの司令塔としての練習。俺たちはあくまで付き合っているだけなので、出しゃばることなく、指示を聞くに徹するのみだ。


 『あーあー、イブ君聞こえる?』

 「聞こえるよサーナ……ソティもオーケーだ」

 

 『エアボイス』を通してサーナの声が聞こえる。ソティは返事ができないため、代わりに俺が、同じように『エアボイス』を使用して言う。


 なお、俺とソティの開始位置は離れている。サーナが苦笑いをしながら『分かるんだね、凄い』と言ってきたのには、こちらも苦笑いで対応した。


 『それじゃあ始めるよ。ルールは分かってるんだよね?』

 「全部の競技のルールは一通り入ってる。ソティにも言っておいたから大丈夫のはずだよ」

 『さっすが、謎めいた転入生なだけあるねー。じゃあ指示出して行くよー』


 練習、とは言っても結構緩いようだ。恐らく俺とソティが初めてやるというのも考慮してくれているのだろうが。


 俺とソティ、2人をジャンプラビットの元へと導くために、『イブ君はそこを真っ直ぐ行って、二個目の十字路で左』『ソティちゃんはそこを右に曲がって後はしばらく道なりに』とサーナは指示を出していく。俺も手加減しているとはいえ、それ相応の速度で走りながら、サーナの指示に従う。


 にしても、確かに複雑だ。俺ならともかく、普通の人は道順を覚えておくのは無理だろう。

 

 魔力の反応は近づいている。もう少しでジャンプラビットの元へと着くだろう。

 

 そう考えていたのだが、途端に魔力の反応が遠ざかる。


 「『転移テレポート』か……」

 『イブ君はそのまま真っ直ぐ、最初の分岐点を左に曲がってその後の十字路で右、しばらく道なりに進むとまた分かれ道があるからそこも右に曲がって』

 「了解ー。気が遠くなりそうだ」


 それでもサーナは慌てずに指示を出している。瞬時に把握しているあたり、記憶力や頭の回転は思ったよりも良いようだ。

 俺はもう迷路の道を全て把握しているために、自力でも進めるのだが、この分ならそんなことをする心配は無さそうだ。


 ソティの方も徐々に追い詰めている。素早い動きで道を走り、サーナの指示通りに動くと、ようやく壁の向こう側にジャンプラビットの反応を捉えた。

 ジャンプラビットと同じ道にソティも居るらしく、サーナから指示を受けてジャンプラビットへと近づいた。当然ながら、その速度は早い。


 追いかけ役はソティとなった。つまり俺は……。


 『イブ君は来た道を反転、さっきの分かれ道を今度は真っ直ぐ行って! そしたらソティちゃんの反対側に出るはず!』

 「はいはいっと」


 ジャンプラビットの動きはそれこそ手加減しているとはいえ、ソティよりも早い。ソティの動きも100メートルをものともしない程なのだが、なるほど、逃げる力に極振りした魔物というのは存外しぶといらしい。


 しっかりと挟み撃ちすべく、こちらも速度を調節しながら道を進む。


 『接的5秒後だよ!』

 

 有難いサポートに頷き返しつつ、確かに5秒後に俺はソティと対面することになった。


 間には小さな兎。突然でてきた俺に慌てて端へと避けようとしたジャンプラビットだが、俺はそれを見越した上で腕を伸ばした。


 あと少し、このまま行けば鷲掴みにできる───ニヤリと浮かべた笑みは、次の瞬間にはムスッとした表情へと変わった。


 僅か数ミリ先にあった兎の体は、短距離の『転移テレポート』によって、いとも容易く俺の手から逃れ、物凄い勢いで俺の脇を通り抜けて行った。


 「……いやほんと、気が遠くなるな」

 『イブ君、ソティちゃん、急いで!』

 

 サーナの急かす声に、俺はぐっと足に力を込めて走り出した。一秒ほどのタイムラグの間にジャンプラビットの背中は見えなくなっており、どこかで曲がったようだった。

 改めてサーナから指示されつつ、結局ジャンプラビットを捕まえたのは、それから15分ほどしてからだった。




 ◆◇◆




 「今日はありがとー。いや、イブ君はともかく、ソティちゃんも凄いね。これじゃあ友達とやった時に満足出来ないかも」

 「それは止めてあげなよ」

 「冗談冗談。でも何かスムーズにできちゃったし、結局練習になったか分からないや」


 暗くなってから、サーナは笑って言った。何だかんだ俺達の実力は手加減をしてなお高いらしく、サーナにとっては指示がスムーズに通り過ぎて練習にならなかったようだ。


 「それは悪かったね」

 「ううん全然! むしろ楽しかったよ。練習じゃあ3回に1回捕まえられればいいほうだからね」

 「それって、本番キツイんじゃ……」

 「本番は人数が違うから。司令塔の本領は、他クラスの人の動きも見越した上で指示することだからね! だからそれまでは、やっぱりメインとなるとのは追う人の敏捷強化って感じだよね」


 なるほど、本番だとまた環境が違うと。他クラスのメンバーも含めれば、5クラス2人ずつで10人……先程の迷路よりも広いわけだから、何だかんだ人口密度の差はなさそうだ。


 「それじゃ、今日はありがとね。お疲れ様ー」

 「お疲れ様。本番までもう少しだけど、頑張って」

 「うん、頑張るよ。そっちも頑張ってねー!」


 訓練場から出ると、サーナは手を振りながら寮へと帰っていった。地球の頃ではよくあった、何気ないクラスメイトとのやり取り。思ったよりも精神的に落ち着かせてくれる。


 「………」クイっ

 「あぁ、帰るか」


 俺がいつまでも余韻に浸っているのに気分を害したのだろうか。急かすように袖を引いてきたので、俺も帰路へと着く。


 皆、頑張っているのだ。大会を控えた部活や、文化祭の準備期間など、皆が一つになるような一体感。

 どちらかと言うと、集団行動は嫌いではない。特に拓磨とかがまとめ、俺が個人個人の手伝いをして、そんなのが楽しい。


 樹と馬鹿をやり、美咲が呆れ、準備などでは叶恵がヘマをして、その後始末を手伝う。そして稀に拓磨に迷惑をかけたり、逆にかけられたり。


 「……どうしてるんだろうな」

 「………?」

 

 呟きにソティが首を傾げる。今、ルサイアに帰っているという拓磨達。何か問題事が起きたと言うなら、拓磨のことだ。万全を期して俺に伝えるはず。

 それがないということは、拓磨達で対処出来るものか、もしくは問題事などではなく単純に国から報告を求められたか、それとも別の要因か。


 ……対抗試合が終わったら、そこが一区切りとなるだろう。ルナ達には悪いが、学校生活を送るのはまだ後にしてもらおう。


 ルリからの伝言もあるのだ。その時は、ちゃんと元の姿で会うとしようか。

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