第19話 前日




 人によっては、明日が対抗試合当日ということもあり、気合が入ったり、緊張したりしているのではないか。

 前日の張り詰めた空気。触発されて緊張してしまう者もいるだろうし、平常心のままの者だっているだろう。


 それに当てはめると、俺は後者だ。それもそのはずで、俺の場合失敗のしようがない。


 人が緊張する理由は、基本的に言えば、誰かの目に留まるというのが苦手だったり、失敗するかもという不安があったり、はたまた相手に威圧されたり。


 そういったものであるが、俺の場合どれもこれも無い。人の前で何かをやるというのも、地球の頃から目立つ方だったのだし、こっちに来てからは余計目立っている。今更緊張することじゃない。

 そして、俺は失敗しない自信を持っている。もちろん場合にもよるが、なんのための準備期間だ。練習期間だ。その間にどんなことでもほぼ完璧にマスターできると俺は自分を信用している。


 唯一不安になるとしても、例えば練習もなしに本番とか、そういう時ぐらいだが、それでも緊張には繋がらない。


 

 まぁ、別に前日だからと言って、ミリア先生が激励を飛ばしたり、最後だからと気合いの入った訓練にはなるが、これといって特別なことは無い。全ては明日にあるということだ。


 最後の訓練はいつもより激しく行い、レオンは倒れ、リーゼロッテとソティは大きく呼吸をしていた。


 男であるレオンが倒れているのも仕方ないだろう。リーゼロッテは最近は魔法が主であるし、ソティは体力もあるらしい。そりゃ、激しい動きができるなら、それだけ体力も多いだろうし、ソティはそもそも特殊だ。


 俺は少しだけ傷の付いた頬を治す。言うまでもないが、最後の訓練ではとうとう俺も被弾をしてしまったわけだ。

 それがどれだけ凄いことかと言うと、俺がまともに被弾したのはまだルサイアにいた頃にあの瘴気を纏ったオーガキングと戦って以来、というぐらいだ。


 もちろんパラメータもステータスもほぼ完全に制限しているので、一概に比較は出来ないが、それでも驚くことだ。


 俺の技術力よりも、3人の技術力、連携力の上達の方が早かったということになる。


 「流石、最後だけあって気合いの入り方が違ったね」

 「………あのね……3人で挑んで……傷1つ……なのよ?」

 「ぜぇ……ぜぇ………い、息も、乱してない、みてぇだしな……」

 「…………」


 胸に手を当てて大きく深呼吸をしたソティが、最後に同意するように頷いた。

 

 「そうは言うけど、あの拓磨でさえ俺には傷をつけられなかったんだ。驕ってるように聞こえるかもしれないけど、十分だと思うよ」

 「勇者の中でも、飛び抜けてるタクマを、比較に出すあたり、お前ほんとすげぇわ……」


 レオンが感嘆とした声で言う。とはいえ、本当に拓磨とこのステータスでやったら、流石の俺も余裕とは行かないだろう。

 アイツはパラメータも武器の扱いも魔法の練度も、並ではない。この3人といい勝負だ。もちろん、3対1でやった場合、という意味で。


 俺も俺でチートだが、あいつもあいつでチートだよ本当に。


 「まぁでも、実際さっきの俺ぐらい強い人に当たることはそうそうないと思うよ。不安ならもう少しレベルを上げてもう一回試合をしてもいいけど」

 「け、結構よ。そもそも、貴方今までどれだけ手加減してたのよ……」

 「今までは十分の一ぐらいの実力?」

 「マジでか!?」

 「いや嘘、冗談だから」

 「タチの悪い冗談ね」


 ギロっと睨まれたので、俺は肩を竦めて苦笑い。

 パラメータ、スキル、あと純粋に戦闘に意識を向けているかなど全てを含めれば、十分の一どころか、百分の一ぐらいにはなりそうだ。

 

 ……言ったらどうなるだろうか。もう呆れしか残らなそうだ。


 「ところで貴方、明日ぐらいは本気を出してくれるんでしょうね?」


 すると、俺の実力のことで気になったのか、リーゼロッテがそんなことを言ってきた。

 ふむ、そう言えば俺の気分的には、一応全力で挑むか、みたいな感じだったが、実際のところは……そうだな。


 「相手に合わせるよ。まさか俺一人だけで勝つわけにもいかないからね」

 「余裕ね。この学校には貴方以上の強者はいないというわけ?」

 「実際に全員を見て回ったわけじゃないからなんとも。でもほとんど居ないと思っていいんじゃないかなぁ……理事長でも勝てないような人だったら有り得るかもね」

 「つまり貴方は自分が、魔法に長けたエルフであり、武術にも優れた理事長より強いと言いたいわけね」

 「強いか弱いかで言ったら、俺の方が強いんじゃないかな。お互い本気で戦ったわけじゃないからなんとも言えないところはあるけど……というか、俺の強さはそんなに信頼ならないか?」

 「ならないわよ。だって貴方、まともに本気出さないし」


 それは確かに。強いのは確実だがどの程度強いのかは分からない、と言うのは仕方ないだろう。


 「それに、貴方は私たちの攻撃をいなして避けてるだけで、反撃自体はほとんどしてこない。スピードもそこまで早いようには見えないし、先読みに長けてるだけ。勇者との戦いの時はもっと早かったように思えるけど、パラメータが高いような動きは全くしてない」

 「ご最もで」

 「せめてレベルくらいは教えてもいいんじゃない?」


 そんな睨まれても、俺にはどうしようもない。レベル300なんて高すぎるだろうし、わざわざ言うものでもないだろう。

 俺が黙って苦笑を返すと、リーゼロッテはそれ以上何も言わなかった。


 どうせ、必要なら明日には見せるのだ。

 それで我慢してくれると嬉しい。




 ◆◇◆




 「───あ、あれ、ご主人様、今日は早いね」


 翌朝。普段より一時間ほど早く起きた俺に、何故かこんな時間にも関わらず起きていたルナは、俺が部屋に入った途端やたらと驚きながらそんなことを返してきた。

 ベッドの上で綺麗な正座。直前まで何かをしていたのは知っているが、何をしていたのかまでは知らない。


 「……何してたんだ?」

 「べ、別に何も? ほら、あの、寝そうな時に音が響くとたまに凄く大きく聞こえてビックリするでしょ? そんな感じで驚いただけ!」


 それにしては慌てぶりが凄いというか。脳裏に『自慰中に母親が部屋に入ってきて挙動不審』という状況が思い浮かぶが、俺はそれを振り払う。

 取り敢えず、ルナが違うと言っているならそういうことにしておこう。それに、隣にミレディがいる状況で変なこともしまい。


 「そうか。今日は学校の方でクラス対抗試合があるらしいから、俺はもう出るよ。やらなきゃいけないこともあるしな」

 「え? クラス対抗試合? それって魔法バンバン撃ったりするファンタジーな感じの!?」

 「よく分からんけど多分そんな感じ……」


 ファンタジーな感じの、と言われても、ふわっとし過ぎて微妙にわかりにくいが、魔法は使うので合ってはいるのだろう。バンバンというほど撃つかは知らないが。

  

 「ねぇねぇ、それ一般開放されてる? 私も見に行っていい?」

 「一応開放されてるけど……俺は選手だからルナ達のそばにいられないぞ。観客席は遠いし、2人だけじゃトラブルに巻き込まれかねないし……」


 つまりだ。


 「大人しくお留守番だ」

 「えぇー? いやいやそれは無いでしょご主人様。そこはほら、別に近くにいなくても守れる、みたいなさ?」

 「確かに近くにいなくても攻撃からは守れるが、トラブルからは守れないからな」

 「むぅ……過保護じゃんそれ」

 「『ご主人様』の当然の義務だな」


 ただでさえ、見た目は2人とも超美少女なのだ。13歳ということもあり幼いが、どこに変態がいるか分かったものじゃない。特に貴族なんて、やりたい放題な奴らなのだ。

 もし目をつけられたら、俺の知らないところで……と考えてしまうと、到底許可はできない。

 

 「………」

 「そんな目で見てもダメだ。ルナの気持ちもわかるが、せめて保護者的な人がいないと───」

 「ん、保護者? 保護者がいればいいの?」


 ルナの食いつきに、俺は失言したなとすぐに気がついた。うるうると潤んでいた瞳が突然希望を見いだした明るいものになる。


 「……いや、一応な。でも保護者なんて居ないだろ? ルナ達はここに来てからは交友関係を全く広げてないだろうし」

 「宿からほとんど出してくれないのは誰よ! ……まぁ、保護者として適してる人なら居るじゃない」


 果て、そんな人は居たかとわざとらしい考える素振りを見せる。俺にはさっぱりだ。何か勘違いをしているんじゃないか? と。


 「あの商人さん居るじゃない」

 「……ハルマンさんに頼むって言うのか?」

 「こう言うのも何だけど、ご主人様の頼みならなんでも聞いちゃうでしょあの人」


 それは確かにそうなのだが、迷惑はかけまいと敢えて口に出さなかったのだ。忙しいとかの理由で断ってくた方が、俺的にはよっぽど楽だ。


 「俺から頼むのはナシだ。言う通りハルマンさんは俺の頼みなら大抵の事は聞いちゃうからなぁ……代わりに自分で頼んで、オーケーを貰ったら好きにすればいい」

 「ホント!? じゃあ分かった、頼んでくる!」

 「いや、ハルマンさんの店は───」

 「何となく分かる!」


 不安だ。凄く不安だ。シュタタタターッと宿から出ていくルナだが、この街をルナか歩いたのは街に来た時とその後のデート(というか散歩)の時ぐらいのはずだ。

 

 ……一応ルナは、転生前は俺より歳上な訳だが、こうも不安にさせられるのは容姿のせいか性格のせいか。両方な気がする。

 肉体に精神が引っ張られている説は最早濃厚だ。


 「時間は……まぁいいか。グラ、見に行ってやってくれないか?」


 早く出る予定だったが仕方ないと、俺はミレディの抱き枕になっているグラに声をかけた……従魔というよりはペットである。

 そのゼリー状の体でミレディの腕から抜け出したグラは、敬礼でもするかのように体から触手を一本伸ばしてクイッと曲げ、透明状態で部屋から出ていった。

 アレは忠誠心の表れだろうか。そのうちお辞儀でもしてきそうだ。


 一応遠くからでもルナの様子は見れるが、まぁグラが居るので大丈夫だろうと、ベッドに腰かけリラックスをする。

 過保護になりすぎない程度に保護。それでいこう。俺が行くのではなくグラを行かせたのも、そういう理由からだった。


 少なくとも勇者を相手にしても全く問題ない最強生物を護衛に行かせている時点で過保護であるが、そこは俺の認識でいいだろう。過保護は俺自身が直接行くこと。保護は他の誰かに任せること。

 そういうことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る