第9話 無意識の振り返り




 「ん……」


 俺は、横になって、何が何だか分からずにいた。


 腰の上には、女の子が乗っていて、目の前には女の子の目。それ以外は何も見えない。


 唇には柔らかい感触。


 あぁ、今キスをされているのか、と俺は悟る。だが俺は、全く驚くことがなかった。


 その感触には、覚え〃〃があったからだ。


 ふわふわとした意識の中、そっと女の子の口が俺から離れる。


 「………クーファ?」


 俺の上にいたのは、俺の妹の、クーファだった。

 

 上気した頬に鮮やかな銀髪。


 暗闇の中、トロンと蕩けるような蒼の双眸が俺を見ている。


 「兄さん………」


 クーファは濡れた吐息を吐きながら俺のことを呼ぶと、寝ている俺に密着してきた。

 薄い寝間着を通して感じる柔らかな触感と、かかる息。


 俺の頬にクーファは手を伸ばすと、そのまま目を瞑り、再度口を重ねた。


 「ん………んんっ…………はぁっ」


 口から漏れるのは、普段の淡々とした声音を放つクーファからは聞いたこともない、艶やかな声。


 「んぅ………ちゅっ………にいさん……兄さんっ………」


 到底兄妹間で行われることではない、名を呼びながらの、求めるようなキス。息を吸うために口を離し、その度に俺を呼んで、また口付け。

 差し込まれた舌が、這いずる。俺の舌と絡むのもお構い無しに、クーファはキスを続けた。


 絡んでは離れ、しかしどちらともなくまた絡み合う。


 唾液と息とで湿った空間は、妖しい雰囲気を作り出していた。


 体は、一向に動かない。

 だから俺は、されるがままだった。

 脳が蕩けるような甘美な感覚を、ただただ感じていただけだ。


 「ん……んっ………ッ」


 何故クーファが俺にキスしているのか、そんな疑問すら頭に浮かんでこなかった。

 思考に靄がかかったように、考えることが出来ない。


 視界は塞がれているが、その部屋には見覚えがある。

 現代的な部屋に見えたのは確かだ。


 色々と不明瞭な中、しかし、キスの感触だけはやたらと明瞭に伝わってきて、艶かしい音が幾度も耳に届く。


 「っ………ごめんなさい、兄さん……」

 

 糸を引きながら顔を離したクーファは、突然、俺に謝ってきた。

 それに対し、俺は何も言えない。


 クーファは泣いていた。笑顔で泣いていた。

 嬉し泣き、ともまた違う。


 嬉しくて泣いている、というよりは、嬉しさと悲しさが入り混じっているような、そんな少し歪な表情。

 行動と言動と表情、何もかもが噛み合わない。


 「兄妹なのに、イケナイのに……ごめんなさい……兄さん……」


 それは、俺にキスをしていることに対してなのだろうか。

 クーファはしかし、行為をやめようとはしなかった。


 「ダメだけど、ゴメンね………私もダメなの……」


 泣きながら、クーファは俺に顔を近づけ、三度目のキスをしてくる。


 俺はどうやら、クーファに声をかけることは出来ないようだ。思考はほとんどまとまりがなく、今の俺には何も出来ないということだけがわかる。


 ただ、ただひたすらクーファは俺にキスをしてきた。何かを必死に忘れるように、たまに口を離し、銀色に光る逆さのアーチを作り上げ、それも構わずにまた。


 「兄さん……兄さん、兄さんっ……っ!」


 熱に浮かされたように、俺のことを何度も呼ぶ。昂っているのか、声音も段々と高くなり、息遣いも荒くなっていった。


 クーファのこんな姿は見たことがない。だからという訳でもないが、俺はそのクーファの扇情的な姿に、目が釘付けだった。

 別に変な感情を抱いていた訳じゃない。ただ、目が離せなかっただけだ。


 キスの感触と、クーファの表情に、奪われていた。


 クーファがまた、歪んだ、悲喜交々の笑顔を、俺にみせる。

 そっと、俺の顔を愛おしそうに見ながら、涙を流しながら。


 妹として何度も聞いている、だが確実に意味の異なる、その言葉を俺に放った。




 「───好きだよ〃〃〃〃………兄さん………」




 そんなことを告げたクーファは、最後に啄むようなキスを行って、そして────。















 「……ソティ?」

 「………………」


 いつの間にか、俺の腰の上にはソティがいつもの体勢で乗っていた。

 暗闇の中でも光る赤い瞳が、無感情に俺を見下ろしている。


 何となく、唇を確認した。違和感は無い。そこから、魔力補給はまだらしいなと把握ができた。

 それと同時に、思考も一気に冴えてきて、先程までのふわふわとした記憶が脳裏に蘇り───。


 「…………?」


 首を傾げるソティ。恐らく、俺が顔を両手で覆っていたからだろう。


 ───いや、マジでこれは軽く死ねる! 実の妹とキスするを見るとか最低か俺!


 顔を覆うのも当然だった。


 いくら何でもそれはないだろう。ソティや美咲、叶恵なら分かるが……クーファはダメだろ! 妹だぞ! 義妹ですらないぞ!

 倫理的に考えて、アウトだろ。法律で禁止されてなくとも、ダメだろ。感情的にも現実的にもどの面から見てもアウトだ。


 例えクーファが俺を好きだとしても、それは家族に向ける〃〃〃〃〃〃ものだぞ俺。一ヶ月以上も前の妹の言葉にちょっと揺らいできてしまっているのか? チョロいにも程があるぞ!


 そりゃクーファだって『イケナイこと』と言いたくなるわ!

 ……犯罪にならないのがまだ救いだぞホント。


 もう、なんか、一度死にたい感じだった。穴があったら入りたい、そのまま窒息死したい、そんな気持ちだ。


 夢の中だからといって、何故されるがままだったのだろうか。流石におかしいと思えよ! 妹であるクーファがあんなことをやるはずがないって気づけよ!


 「………」ぴとっ

 「……あぁいや、ちょっとヤバい夢を見ただけだ、気にしないでくれ」


 そんな俺を見かねたのか、ソティは俺の頬に手を伸ばしてきた。ひんやりとした冷たい感触が、気持ちいい。

 ただその行為は、夢の内容を思い出してしまうので、勘弁してほしい。


 それでも、思考の冷却には繋がった。


 一応言い訳をするなら、あのシチュエーションはこのソティとの魔力補給を意識しすぎた、というところがあるだろう。きっと。

 その時に出てきたのがたまたまクーファだっただけに過ぎない。にしては、キスの感覚やクーファの表情がリアル過ぎたところはあるが……。


 (あの場所、俺の部屋、だったか……?)


 ほとんど覚えていないが、現代的な部屋だったのは覚えている。ベッドもこの宿より断然上質な、しかし地球では一般的なものの感じがした。

 クーファが出てきたということから、地球の頃の記憶が混ざっている、ということなのだろうか。リアル過ぎるところは、まぁ、そういう夢もあるのだろう。


 幸いにして夢の中なら問題ない。妹とキスをする夢を見てしまったのは俺的に大罪だが、これを戒めとして意識だけでも気をつけよう。


 クーファ、すまない。夢の中で汚してしまったことを許してくれ。

 あと俺が襲うんじゃなくお前からというシチュだったことも本当にスマン。


 取り敢えずソティに問題ないと言い、俺はそのまま、再び眠りに入る………。




 という訳には、もちろんいかない。


 「………」


 ソティは俺の上から退くことなく、その場で待機した。ただ俺の事をじっと見る。

 

 そして腰をゆさゆさ、少し視線をさまよわせてから、これみよがしな口元アピールからの、見下ろしているのに、あざとく上目遣い。


 どこで覚えてきたそんな技。なんか取り敢えず覚えたこと全部やってみました感がすごいぞ。いや、確かに無表情な女の子のその仕草はある意味可愛いものがあるけど。


 というか、まさかとは思うが、また俺からなのか? 直前で起きたのが仇となったか。やられてる途中の方が楽だったかもしれん。


 「……まぁいいけどな」


 渋々言いながら、俺はゆっくりと上半身を起き上がらせた。


 もう5回目辺りだ。抵抗も薄くなってきている。


 すると、ソティは俺の首に手を回して、密着してきた。まだキス……もとい魔力補給はしていないが、少なくとも胸は当たっている。


 身も蓋もなくいえば、対面座位だろうか。座るような体勢になった俺の上にソティが跨って、お互いに見つめ合う様は、まさにそれだった。

 どこからどうみても完璧な誤解を招けるだろう。変態度が上がったぞ俺。


 (このまま行ったら絶対に堕落するな……)


 最終的に魔力補給だけで済むのか、その先もしてしまうんじゃないか。むしろこの体勢でキスだけの方が不自然ではないか。


 思考の片隅ではそんなヤバめなことを思いながらも、俺はソティの背中に腕を回して引き寄せる。


 いや、自制は効かせるつもりです、一応。


 その自制とやらは、魔力補給でほとんど持ってかれてしまう訳だが。


 「……………」

 「……っ………」

 

 最早言うまでもない唇の感触に、しかし今日は、違和感を感じる。先程の夢のせいだろうか。やはり夢の中のキスの感覚と、ソティとの魔力補給の感覚には差異を感じるのだ。


 だがそれも直ぐに消える。抵抗感は無くなってきたとはいえ、それは慣れとは程遠く、単なる『諦め』でしかない。

 魔力補給中に他のことに意識を割ける程、俺はまだ慣れてはいないのだ。


 おのれソティ、許さん。俺のこの体たらくじゃ、そんなことを言っても同情を誘うことは出来ないだろう。


 ちなみにソティの舌遣いも何だか上達しているように思えて、まだ僅かな変化だが、完全記憶がある俺だからこそ、その僅かな変化を感じ取ることが出来た。


 つまりそれは、俺の耐久値を更に削るようになった、ということだ。


 「…………」ぎゅぅっ


 可愛いことに、拘束を強めたソティ。どうやら、相も変わらず一分で終わりにする気は無いらしい。 

 実は未だ一分で抜け出すことは成功していないのだ。いつも何だかんだ流されてしまい、ソティが満足した顔を見せるまで続いてしまう。


 だが今日こそ、今日こそは一分で抜け出してやる。いや、抜け出す───。

 

 そう考えた俺だが、しかしそんな考えとは裏腹に、半ば確信を持ってあることを予知していた。


 ───絶対朝になったら『魔力補給には勝てなかったよ』とそこまで悔しがることもなく言うだろうということを。


 

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