第7話 お誘い
「───少し、頼みがあるの」
「……リーゼロッテからそんなことを言うなんて、意外だね」
その翌日の、昼休み。
唐突に俺にそんなことを言ってきたリーゼロッテは、少しだけ目を伏せていた。
性格的に似合わないことをしている。それを彼女自身自覚しているのだろう。
今朝になって、突然俺はリーゼロッテからの視線を受けていた。あからさま、という訳では無いが、少なくとも気になるレベルで。
前日以前と比べて明らかに多いそれに、もしや俺に対し好意を持ち始めたか、なんて思うはずもなく、はて何かあっただろうかと考えていた俺だが。
リーゼロッテの言葉から、少なくとも俺に思い当たる節はないはずだと理解した。何か俺に頼みたいことがあったということだったのか、と朝からの居心地の悪さを一気に解消することが出来た俺であった。
しかし、展開としてはまだ終わらない。
「それで、肝心の頼みの内容は?」
「……今度の対抗試合で、チーム戦があるでしょ? 闘技戦の部の方の」
「あぁ、参加者自由のやつか。確か、2人から5人でチームを組んで戦うんだっけ?」
「えぇ……それで……」
リーゼロッテは、恐らく次が頼みの内容だったのだろう。だがそれを言おうとした途端、何とも言えない感情に襲われたのか、一度口を閉じる。
さっきの時点で、既に似合わないことをしているのだから、別に構わないだろうに。だがそうは出来ない難しい性格の人がいるということを俺は知っている。
例えばそう、目の前の子のように。リーゼロッテは思考の中で、言葉を選んではそれを破棄する、という行為を繰り返していることだろう。
今回はソティが隣にいるのもあって、余計言いづらさがあると思う。そのソティも空気を読んでいるのか存在感を薄めているような気がするが。
なら別に教室で待っててもよかったんだぞ? 今更言っても遅いけど。
「その……わ、私と……」
俺としては、助け舟を出すのは吝かではなかったが、今後話をスムーズに進めるには、一度ここでリーゼロッテには、その抵抗を取っ払ってもらう……とまではいかないが、弱めて欲しいとは思っている。
何か言おうとして結局何も言えませんでした、なんて状況は作り出したくない。
敢えて意図を汲まずに最後まで言うのを待っていると、ようやくリーゼロッテは言葉を紡いだ。
「ち、チームを……組んで欲しいの」
そういえば、以前にもあった。グリムガルから助けたあと、お礼を言う時にこのぐらい葛藤があったか。
さて、このまま無言で居るという羞恥攻めも出来ることは出来るが、その後の攻撃が怖いので、俺は大して気にした様子もなく。
「別に構わないよ。元々出るつもりだったしね」
とだけ、答える。
リーゼロッテは俺の返答を聞くと、小さく「……ありがと」と答える。
聞こえなかった、なんて言うのも楽だが、前述したのと同じ理由でやらない。茶化しても良かったのだが、それが吉と出るか凶と出るかの賭けをするつもりはないのだ。
何はともあれ、俺を頼ってきてくれたことは嬉しい。その事実が、この数日間リーゼロッテと交流してきた時間を無駄ではないと裏付けていた。
◆◇◆
それで、何故リーゼロッテが突然俺に声をかけてきたのか。チーム戦にそこまでして出たかったのだろうか。
「私が欲しいのは、報奨金よ」
「お金に困ってるの?」
「困ってはいないけど、沢山の資金が必要なのは事実ね。それと、権力も」
「ふぅん……」
お金と権力、か。何を目指しているかは知らないが、そういうリーゼロッテの目は、少し暗く、そして明るい。
少なくとも将来の夢を叶えるために、なんていう崇高なものでは無さそうだ。どちらかと言えば、絶望から何かをすくい上げるような、そんな行為だろう。
深く語らないのであれば、俺は聞かないでおく。
「ところで、個人戦じゃダメだったの?」
「個人戦は貴方が出るってミリア先生から聞いたわ。もし個人戦で優勝を確実にするなら、最低限貴方が出場できないように裏で根回ししないといけないわね」
「なんて恐ろしいことを言うんだ君は」
選手が出場できないようなんていう妨害は陰湿にも程がある。
「そうだ、出来ればその子にも出て欲しいんだけど」
「ソティ? あぁ、そのチーム戦に?」
「えぇ、人数は多い方がいいし、私もその子なら特に抵抗なく受け入れることができるから」
ほう、無口無表情な美少女はこんなところでも効果を発揮するのか。良かったなソティ、と思い見ると、可愛らしいことに俺の腕に頬ずりをしているではないか。
猫かな? 甘え上手なのはいいが、あまり露骨なものは俺の株を下げるか誤解を招くだけなのでやめて頂けると助かる。
それと夜の行為も同時に慎んでくれると助かるのだが、補給する時間帯は上手く調整しないと、昼間の、最悪授業中になってしまう。
そんな最中に2人で(しかもその場合は俺が積極的に)抜け出してみろ、噂が広がるだけだ。マルコに『クク、お盛んなことだなぁ』なんて嫌な笑みで言われるに決まっている。
今のところ一日なにもしなければ20時間程度、魔剣を召喚したり戦闘行為を行えば程度にもよるが、数時間から10時間弱と分かっているため、それに合わせて俺は行動することを強いられているのだ。
まだキス魔なんていうあだ名はつけられたくないぞ。いやそもそもそんなあだ名が付けられるかは知らないが。でも不名誉な称号のひとつはありそう。
脱線しかけた思考がそこで区切りをつけて戻ってくる。
「ソティは良さそうだし、いいんじゃないかな。ということは、3人?」
「そう。本当はもう少し欲しいけど……私が誘える相手はもう居ない」
「あぁ、コミュ障」
「その言葉は口に出さない方がいいわ」
いつの間にか俺の首筋には、腰の鞘から取り出された剣が当てられそうになっていた。
だが、その剣を止めていたのは、ソティだ。俺の目前に一瞬で動き、指先で剣を受け止めている。
リーゼロッテの抜剣も速いが、ソティの反応速度も大概だな。
「……」
「ゴメン、俺に対する攻撃に敏感なんだ」
ちょっとした冗談の脅しを本気で防がれたことにバツの悪さを感じたのか、リーゼロッテは複雑な表情で剣を鞘に収めた。
ソティには「冗談に反応するんじゃない」と軽めに小突いておく。何度も言うが俺に護衛は必要ないんだ。
むしろそんな前に出られちゃ不安だ。俺にお前を守らせてくれよ。
いや、告白とかの意味合いではなく。
「……自信を無くすわ」
「何かゴメン」
頭が痛そうに額を押さえたリーゼロッテに、俺はそう言うしかなかった。
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