第6話 非公式の勝負
たまにはこういう話もいいと思うわけです。
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そんな一幕があり、昼を迎えた俺(+安定のソティ)は、今日も今日とて昼一の学食に来ていたのだが。
嫌な再会をしてしまったものだ。
「ん? はんっ、こんなところで会うとはな」
「偶然だね、と言ったらいいのかな?」
「待ち構えてた、と言ったら?」
「それは聞くまでもなく真偽がわかりきったことだね」
「そうかよ。まぁ、つまらないことに、全くの偶然だな」
鼻で笑ったのは、マルコだ。丁度同タイミングで学食に来たようだ。
普段は居ないので、時間帯の違いか、そもそもいつもは学食を利用していないか。どちらか知らないが、マルコは俺の前を通って、券売場の方に行く。
もちろん俺の方も敢えて避けるほどのものでもないので、少し雰囲気は険悪なものの、後に続く。
「ところで、今日はこの前の用心棒や腰巾着は居ないのかな?」
「そのクソみたいな口調での皮肉は流石だなイブ。いや、その口調もお飾りなんだろ?」
「どうだろうね」
相変わらずずば抜けて頭の回転が早いというか、直感が鋭いというか。口調に関してボロを出した覚えは無いが、別に徹底している訳でもない。
こちらから話しかけると、相変わらずの汚い言葉遣いで返してくるマルコ。そのまま嫌な笑みを肩越しに向けてくる。
「別にわざわざ連れてくるまでもねぇよ。護衛が必要なほどヤワな体じゃねぇしな」
「そうかい?」
「こっちからも言わせてもらおうか。その隣にいるそいつが、お前のクラスで噂になってる性奴隷か?」
「……ソティのことを言ってるなら面白くない冗談だね」
少しだけトーンが下がる。ソティのことを貶める発言をしているのであれば、無意識のうちになるのも仕方ない。
反射的にソティを腕で庇っていたのもそういう理由だ。
「おいおい、そう怒るなって。ただ、やることはやったのかと聞いただけに過ぎねぇよ」
「俺は紳士なんだ。そういう関係でもないのにそんな行為をするつもりは無いよ」
「はんっ、どうだかな」
嘲笑うように言う。そんな下卑た話を本人の前でするなよ。
俺の一瞬の反応を見れたことで多少は成果があったとみたのか、それともこれ以上話してもどうしようもないと判断したのか、マルコは特に迷うことも無く券売場で食券を受け取る。
……それはいつぞやの牛丼(特盛)であった。
それをさも普通の顔で持っていく姿を見て、俺はなんとも言えない感情に襲われる。
こう、先程までの雰囲気を全部ぶち壊すぐらいに衝撃的だ。
「ソティ、今日は俺もこれを頼もうと思うんだ」
「………?」
急にどうしたのか、とソティが首を傾げるが、ちょっとした対抗意識だ。傲然たるマルコの姿に、流石の俺も一瞬慄いてしまったことで、内側の闘志が燻った。
もう食うつもりは無いと思っていたのだが、俺はあっさりとそれを頼むことに。
こりゃ、リーゼロッテと会うのはキャンセルだな。別にいつも示し合わせていた訳では無いが。
「アンタかい。在庫処分を悪いねぇ」
「在庫処分? そんなことをするつもりは全くねぇがな」
「はいはい。ほら、持って行きな」
「相変わらずとんでもねぇ量だな」
……そんな食堂のおばちゃんとマルコのやり取りが聞こえてくる。なんだ、意外と仲が良さそうというか、マルコも満更でもなさそうだぞ。
気持ち悪。見たくないものを見てしまった。俺ではなく奴が在庫処分係だったのか。道理で誰も食わないようなメニューが残っているわけだ。
そんな複雑な思いの中、俺もそれを渡す。
「おやアンタもこれかい?」
「意外と美味しいですしねこれ」
「ハッハッハ! 話がわかるねぇ、流石私が見込んだだけある。少し待ってな!」
そう言って持って来る牛丼(特盛)。ねぇ、なんでそんな誰も食わないのに作り置きされてるの? それとも事前に作らないと行けない事情があるの?
あといい加減何の肉なのか凄い気になる。
「ほら、持っていきな」
マルコの時と同じように言われつつ、俺がそれを受け取ると、先に座って食事をしていたマルコが目を細めてこちらを見ているのがわかった。
このまま離れた場所に座るのも気まづいかなと思ったので、敢えて俺はマルコの正面に座ることに。
ちなみに背後では。
『アンタの彼氏凄いじゃないか、ほら、サービス』
『………』ペコリ
というソティとおばちゃんのやり取りがあり、ソティの持つ牛丼は俺と同じ量だった……色々とあるが、もう突っ込む気は無い。
おばちゃんだ、わざわざ否定したところで面白がられるだけだろう。そして多分これに乗じて在庫処理を任せたんだな。
悪いことをしてしまうが、残ったら『
それはともかく、目の前のマルコだ。
「どうやら、同じ穴の狢らしいな。俺以外にもこんなのを頼む物好きが居たとは」
「俺も驚きだよ。まさかこのメニューを好奇心じゃなく何度も頼むような人が居たなんて」
「クク、おもしれぇ、おもしれぇよイブ。あの強さに加えて今度はこれを頼む豪胆さ……ウザったいと思ってたことを訂正してやる」
「それは何ともありがた迷惑な話だね。ウザイと思ったまま無干渉になってくれるといいんだけど」
「おいおい、せっかく頭角を現した獲物をみすみす逃すこたぁねぇだろ。それとも何か、お前じゃ俺に敵わないのか?」
「違うな」
俺はそこで、まだ手をつけていなかった箸を持ち、それをピシリとマルコへ向ける。
「お前じゃ俺を相手にするには力不足だ、と言いたいんだ」
「……クク、いいぜ、その笑み。その口調。それがお前の本性か」
「元々隠すつもりは無かった。お前の前に最初に出た時のキャラを維持してただけだ。ただ、今回に限っていえば、流石の俺もキャラ付けをするのが大変なんだ」
「おいおいなんだ、そんなので俺に敵うのか? それともあれか、そこの不相応にもこれ頼んだダッチワイフと協力でもするか?」
「何か勘違いをしているな、お前は」
確かに前回、俺はこの牛丼を結局は食い切ることが出来なかった。その時点ではマルコ、お前の方が上回っていたかもしれない。
だがな、所詮それは過去のこと……。
「俺が本気を出せば、俺は食事ですらお前に負けることは無い」
「クク、そうかよ。だったら見せてもらおうか」
マルコもまた、箸を持つ。スプーンの方が食べやすいかもしれないが、箸というのはこの世界でも一般的な食器。俺もマルコも箸で食うことを選んでいる。
それにこれに限っていえば、下手にスプーンという掬わなければ食べられない食器を使えば、上から崩れ落ちる。
マルコはギラギラと獰猛な視線で俺を射抜くと、神速の動作でその牛丼を食し始めた。
そのスピードたるや、確かにこの牛丼を何度も食べているだけはある。大食い選手権なんて余裕だろう。
だが俺もそう簡単に負けてやる訳にはいかない。
鍛え抜かれたパラメータ、そして動作の一つ一つを補助するスキル群。
何よりも食べたそばから消化していく己が胃を信じてこちらも箸を進める。
速度は、何と互角だった。
「おいおい、豪語した割にはこの程度か?」
「舐めてもらっちゃ困る。これが本気だと思われるのは心外だ」
更にスピードを上げると、マルコもまた、それについてきた。
体格的にはマルコの方が有利に見える。だがその実、俺の消化速度は尋常ではない。
食べる速度さえ速ければ、こちらの勝利だ。
心を無にする。口内を侵していく脂を完全に無視し、食べるという動作だけに集中する。
それは俺だけでなく、マルコも思っているようだった。
口元をテラテラと脂で光らせ、しかし水を飲む素振りも見せずに、ただ一心にお互い食べ続ける。
正直どちらが勝つのか、俺も断言することは出来なかった。
だがそれでも、勝つために俺は今、何気初めて全力を出そうとしている。
そら、もっと加速するぞ───。
……そんなことをしていたからだろうか。
「…………」コト
隣で少しだけ満足そうにしながら箸を置いたソティに、俺達は気づくことが出来なかった。
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