第5話 必要のない調整



 フライバードは、何度も言うように『飛行フライ』を使用していち早くコースを駆け抜ける競技だ。

 当然俺は『飛行フライ』を使用できるし、速度の調整も自由自在だ。


 「速いっ……!?」

 

 スタートの位置まで浮遊していき、そこから同時に開始するが、俺はスタートダッシュを決め、リーゼロッテを一気に引き離した。

 最初の速度は如何に魔法をスムーズに扱えるかによる。


 先程の練習の時に、リーゼロッテの速度は把握している。後はそれをいい感じに上回るよう調整するだけだ。


 (心が折れなければいいが……)


 そうならないように、調整なのだ。


 最初のコーナーを速度を落とさずに曲がりきる。背後から迫ってくるリーゼロッテはその荒業に目を見開くが、己自身は真似をしようとせずに、落ち着いて速度調整しつつ曲がった。


 しかし俺とリーゼロッテの距離はみるみるうちに離れ、カーブの度に差が付けられる。途中の障害物すら俺は『飛行フライ』で動くのではなく、体の体勢だけを紙一重で回避出来る程度にずらし、加速をし続ける。


 最終的に二十秒以上の大差をつけて、俺はコースを走り抜いた。その結果に、練習を一度終わりにしていたクラスメイトも、声を出せないでいる。


 「………」

 「あぁ、悪かったな」


 降りた先でソティがトコトコと近づいてきたので、謝りながら少し頭を撫でる。そして定位置に収まるソティ。

 ここまでが一連の動作だ。


 リーゼロッテ自身も先程より五秒以上縮まったが、それは逆に言えば、今行ったのが正真正銘本気であるということ。


 隣に降りてきたリーゼロッテは、全力で飛んだからか、少し息を切らしながらこちらを睨む。


 「何か言いたげな表情だね。何でここまで差が出るのか、とか?」

 「………貴方、人が悪いわね」

 「よく言われる」


 良い人とも人が悪いとも、別にそういう評価を貰うのは大して珍しくない。後者はよく冗談や呆れで使われることが多かったが。

 だが今回は、確かに意地の悪い発言だったのは事実だ。


 「こう言うと癪に障るかもしれないけど、純粋な魔法技術の違いだよ。『飛行フライ』の練度に、俺と君でそれだけ違いがある。差をつけたのは主にカーブだしね。スピードの方に関しては、大して差があったわけじゃない」


 もちろん、それは俺が調整したからで、出そうと思えば更に早く動ける。

 リーゼロッテは俺の発言を聞くと。


 「確かに癪に障るわ」


 とハッキリ返してきた。

 しかしその後、リーゼロッテは少しだけ思案すると、苦虫を噛み潰したような顔を向けてきた。


 「本当に癪だけど、事実として貴方は私より魔法が上手いわ。あと何年研鑽したとしても、貴方みたいに『飛行フライ』を使いこなせるようになるとは思えない。正直貴方がそこまで魔法に精通しているとは思っていなかったけど」

 「……悪かったよ」

 「責めてるわけじゃないわ。貴方の凄さは本当だった、というだけのこと」


 いやにしては顔が怖いんですが。今すぐにでも罵倒をしてやりたいとでもいいだけな表情だ。


 「ただ、そうね、このクラスで一番フライバードが上手いはずの私に大差をつけて勝利したのは大きいわ」

 「と言うと?」

 「他のクラスメイトを見て見なさい」


 それは、先程俺とリーゼロッテの勝負を見ていた、同じようにフライバードに出る生徒達。

 さっきも言ったように唖然としている彼女達は……なるほど、一番上手いリーゼロッテが俺にこんな形で負けたことに対して、少なからず思考を引っ張られているということか。


 これでは、試合に向けて不安になるのもおかしくはない。なんせ現に、俺というイレギュラーが同クラス内とは言え居るのだ。

 考えが及ばなかった、と言えば嘘にはなるが、そこまで深く考えていなかったのも事実。


 「……練習を手伝う。それでどうだい?」

 「それで持ち直せるかは、私じゃなくて彼女達次第ね」


 なんとも無責任な発言をしたものだ。元はと言えばリーゼロッテが勝負を挑んできたことが発端なのだが……本人はそんなこと全く気にした素振りがないというか、棚に上げているようだった。


 なんて都合のいい……そう思いながらも、俺は他の生徒の記録をつけるついでとして、少しアドバイスをしてあげることにしたのであった。



 ◆◇◆




 ところで、レオンは重量挙げの種目に出るようだが、そのレオンが今現在やっているのはどう見ても戦闘訓練。

 大剣を持って縦横無尽に振り回している姿は暴君だが、別にレオンはそういう性格ではない(確かにやんちゃではありそうだが)。


 「レオン、重量挙げの練習はいいの?」

 「おぉうっ!? て、イブとソティちゃんか。びっくりさせないでくれよ」


 そんな驚くことだったろうか?


 「気配が無かったんだよ」

 「どっちかって言うと、レオンが集中しすぎなんだと思うよ」

 「………」コクコク 


 ソティが頷く程だ。余程集中していたというか、周りに目を向け無さすぎというか。目の前のことしか頭に入っていないような感じだ。


 「酷い言われようだ……」

 「昨日のお返しだよ」


 昨日ソティを奴隷商店で買ってきたのかとかほざいたのだから、それに比べれば軽いものだろう。


 「それより、重量挙げの練習はいいの? 大剣を振り回しているように見えたけど」

 「あー、これがその練習なんだよ。重量挙げって言ったって、ようは筋力を鍛えればいいわけだからな。重いものを持つようにするには、やっぱこうやって重いものを振り回す方が良いって話だ」

 「それで、レオンにとってそれは重いの?」

 「いや、そんなに」


 うん、レオンが持っている感じ軽そうとまではいかないが、重いようにも見えない。レオンのガタイが良いからな。


 俺だったらレベル上げに行くが、俺の場合成長が早い勇者であり、かつその中でも明らかに突出してレベルの上昇速度が早いからそういう考えが出るのであって、この短い期間の中では、普通ならレベル上げよりそういう地道な訓練を選ぶか。


 そもそもこの近くでそう簡単にレベルを上げられる場所はない。俺のように『転移テレポート』で迷宮に行けたりするのならともかく。


 レオンは大剣を地面に突き刺すと、汗一つかいていない顔をこちらに向けて、少し怪訝な顔をした。


 「ところでイブ、やっぱりお前、ソティちゃんと付き合ってるよな」

 「またその話か」

 「いやだってよ、今のお前らを見てそう思わない方が難しいと思うぜ」


 一体俺はどれだけソティとの関係について言われなければならないのだろうか。

 確かにソティは今もしているように俺の腕にピッタリくっついて、こちらを何も言わずに上目遣いで見つめてきて、挙句に恋人繋ぎをしてくるが、決してそんな関係ではない。


 「いやそれはいくらなんでも無理だろ……」


 レオンが呆れ顔で言った。


 うるさい、俺がそうだと言ったらそうなのだ。当事者が否定しているのだから頷け。


 「とはいっても、ソティちゃんの方は否定しないしなぁ」


 そう、おそらくそれが一番の問題なのだろう。俺達の噂が立つ原因として。


 ソティは見られていることに気がつくと、首を傾げる。当人が理解していないのかとぼけているのか、分かりにくいところだ。


 これ見よがしに俺の手を繋ぎ直したところを見るに、後者の可能性のような気がする。


 「見てて胸焼けするぜ」

 「よしわかったレオン、俺とまた模擬戦しようか。大剣を振り回すにしても相手がいた方がいいでしょ?」

 「おいおい、そんな殺気漏らしながら言われてもよ……おいマジか? ちょっ、からかったんじゃなく単純な疑問だっただけだぞ!?」


 最後の一言でなんかもうイラッとしたのだ。

 俺は『無限収納インベントリ』から剣を取り出して、レオンへと歩み寄った。


 ソティは少しだけ離れて、ちょこんと佇み、行く末を見守っている。


 「あーだこーだと言葉を並べるより、その大剣を手に取った方がいいよ。言っとくけど俺の剣は魔力で強化してても体なんて容易に切り裂くから」

 「あーくっそ! お前なんか俺にだけやたらと当たりが強くないか!? あのリーゼロッテにだって優しくしてるのによ!」

 「信頼してるからだよ」

 「そんな信頼は嫌だってんだ!」

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