第4話 確認のための行使



 早くも一日の授業は大きく変更され、ほとんどが訓練に割り当てられることとなる。

 対抗試合までも一週間と無いようだ。だからこその訓練の時間、ということなのだろう。


 「パイルイントロダクション、ね……」


 隣のソティが見上げてくるが、単なる独り言だ。別に気にしなくていい。


 パイルイントロダクション。話を聞くに、如何に観客の目を引くかというのが重要だ。いや、ほぼそれが全てだろう。

 だが、派手さに関しては流石の俺もどうしたものかと考える。光魔法の演出、氷魔法の幻想的風景、そこら辺をベースに考えるのが妥当に思えるが……。


 それは誰が考えても同じこと。火魔法は派手かもしれないが、爆発系が主なものとしては使いにくい。土魔法は地味で、風魔法は無色透明。雷を使えば目には見えるが、一瞬の光では長時間目を引くことは出来ない。


 普通の魔法対戦ならばともかく、威力や効果を度外視するというのであれば、他の選手達も相応の派手な魔法を放ってくると考えるべきだ。


 となると、派手さではなく、目新しさが必要になる気がしてくる。あとは規模と、他者の魔法を如何に上手く使うか、などもあるか。


 一応使用する魔法としては、この前に使った新魔法の『霧氷の宿り木ミストロテイン』や、『絶対零度アブソリュートゼロ』等が筆頭だ。特に前者の魔法はオリジナルであるため、結構目を引くのではないか。

 

 問題は、『霧氷の宿り木ミストロテイン』は対人、対生物用である事だが……俺は試しに何も無い空間に向けて使ってみる。


 元々『霧氷の宿り木ミストロテイン』は、『氷霧ミストフローズン』のように氷の霧を作りあげ、その霧、いや、粒が対象に付着することで効果を発揮する。

 魔力を得て、そこから氷のクリスタルを作るのだが……あぁ、そうか。


 俺は途中で、魔法の構成に手を加える。本来魔法をアレンジすることだって一瞬で出来るものでは無いらしいが……考えるまでもないか。


 それで、そもそもこの魔法は魔力を対象から奪い取るという体を取っているからこそ今悩んでいるのだが、自分から魔力を注いでやれば、空気中であっても粒は勝手に成長する。

 魔法的なものに足場はそもそも必要ない。それを考えれば………。


 そうして『霧氷の宿り木ミストロテイン』をアレンジした結果、空中に幾つものクリスタルが浮くという光景が広がることとなった。


 「………」

 「ん? あぁ、喜んでくれるのは嬉しいが……」


 少しだけ目を輝かせているように見えるソティ。うん、別に見せるためにやったわけじゃないんだが。

 しかし、困ったな。綺麗なことは綺麗だが、これだけで観客の目を引けるだろうか。


 ミリア先生が判断したように、他のクラスもこの競技は重要と考えてきているはず。となれば、魔法に特化した生徒を出してくるのが道理。


 ただ魅せるだけの魔法だからこそ、確実な勝利というものが少々信じられなくなっている。いや、勝利はできるだろう。だが問題は、二位以下との差が開くかどうか………。


 ……ダメだな、少し思考が先走りすぎている。少なくともこれだって十分ではあるだろうという考えを持つべきだ。

 どうも出来ることが増えてくると完璧主義の面が強くなるな。


 まぁ、俺の訓練は程々に、だ。ソティの方に付き合ってやらねば、こっちも足元をすくわれる可能性はあるだろう。


 誰が相手になるか分からない以上、地力を上げておくことは必須か。

 ……あと、一応ルールの再確認な。



 ◆◇◆



  

 「……ねぇ」

 「うん?」

 「何しに来たの?」

 「見ての通り、記録だよ」

 「何の?」

 「君の」


 短く連続した問答をして、リーゼロッテは見るからに不機嫌な顔をこれみよがしにしてきた。

 言外に『邪魔だから消えてくれない?』とでも言いたげな表情に、しかし俺はそれを無視して、手で続きを促す。


 「……なんで私なの」

 「いや、レオンとどっちにするか迷ったけど、近いから君でいいかなと」

 「なんで彼と二択なの……」

 「俺が特に話しているのがリーゼロッテとレオンなんだよ」


 嘘ではない。リーゼロッテとは何気こういう時に話すのが多いし、レオンはこの学校でやたらと俺に絡んでくるから必然的に会話が増える。

 良くも悪くもこの2人が現状最も喋る相手なのだ。


 「……記録と言っても、私はどうすればいいのかしら?」

 「ここに書いてあるのだと、ほとんど自由っぽいし、普通に練習してくれていいよ。あとは俺が勝手に記録する。気になるんだったら、記録したあと内容を見せようか?」

 「いらない気遣いよ」


 まぁ変なことを書くつもりはなく、俺はありのままを書くだけだ。


 そもそもなぜ俺が記録係なのか。しかもミリア先生はどちらかと言えば勇者たちの記録をして欲しそうな感じではあった。

 それを無視して普通にリーゼロッテに絡む俺だが、まぁ結局全員分やる予定なのだ。


 時間は数分もあれば俺自身の競技練習は終わる。だからその他の時間は全て記録に回せるということだ。


 「リーゼロッテは……『フライバード』か」

 「えぇそうよ。何か?」

 「一々突っかからないでよ。他意は全くないから」

 「どうかしら……」


 俺は肩を竦めて苦笑い。リーゼロッテは、訝しむように俺を見ていたが、それも少しのことだ。


 俺に一々言っても仕方ないと理解したのだろう。ため息を吐いて、俺のことは無視することにしたようだ。

 もしかしたら、隣のソティも効いたのかもしれない。人形のような、それでいて無口な美少女を見て、リーゼロッテも対応が難しいのだろう。ただでさえ俺と一緒にいるから、必然的にリーゼロッテも目に入ってしまうだろうし。


 特にソティは、パッと見では感情を読み取りにくい。俺でこそある程度わかるものの、ソティは笑顔を見せることすら滅多にない。見せるとしたら、今のところキスの後にある賢者タイムの時ぐらいのものだ(それはそれで問題だが)。

 

 それだけ、あの時間はソティにとって嬉しいものなのか……確証はないが、俺の精神力を削るのは確かだ。


 「なに笑ってるの? 気持ち悪い」


 リーゼロッテが割とガチなトーンで言ってきた。不覚にもにやけていたらしいが……結構心に響くぞ。


 俺の視線を受けて練習へと戻っていくリーゼロッテ。それでいい。俺のことは気にせんでくれ。


 隣のソティが不思議そうに俺を見上げている。キスを思い出してニヤけるのは俺的にアウトなので、もちろん言わない。

 というか言ったら今この場ですらソティはやってきそうだ。


 ……違う、キスじゃない、魔力補給だ。俺、認識を改めろ!


 思考を切り替えるために、俺はリーゼロッテの練習を見ることにした。


 リーゼロッテが参加する競技はフライバード。『飛行フライ』を使って指定されたコースを誰よりも早く駆け抜けることを目的とした種目だ。


 コースは空中に曲がりくねる棒があるので、それが道の役割を果たしている。

 高度もある程度は決まっていて、高すぎたり低すぎたりするとアウトだ。


 またコースには障害物となる物が浮いており、それらを避けていかなければならない。ちなみに『飛行フライ』以外の魔法は使用禁止だ。


 ───というのを俺はミリア先生から聞いていた。


 その競技の練習となれば、擬似のコースを『飛行フライ』を使って走り抜け、『飛行フライ』の熟練度を高めることだ。リーゼロッテも似たようにやっている。

 その速度は、同じように練習している他の生徒より、頭一つ飛び抜けている。


 曲がりくねったコースをあっという間に走破(飛破?)してしまう。


 「……」


 こちらを見たリーゼロッテの顔が少しドヤ顔に見えたのは果たして気の所為だろうか。

 

 まぁだが、俺から助言することは特にないようだ。この場にいる生徒と比べた場合の話だが、十分ずば抜けているようだし、わざわざ口出しをするまでもない。


 ところが、俺がなんの反応もしないことにまたしても機嫌を悪くしたのか、リーゼロッテは顔を顰める。

 

 「ムカつくわね、その態度。まるで上から見下しているみたい」

 「そんなつもりは無いんだけど……」

 「つもりは無くても、少なくとも貴方は上から見ているわ。分かるもの」

 

 俺の態度がお気に召さないらしい。と言われても、俺にそんな気は無いのだが。あくまで助言した方がいいかを見定めていただけで。

 いや、その態度が気に入らない、ということなのだろうか。


 「自慢じゃないけど、このクラスでは不特定多数の勇者を除けば、私が一番風魔法に通じていると思うわ。だから、それなりの自負があるの」


 事実、フライバードでの練習結果は他の生徒の追随を許していない。勇者が入ったところで、そう簡単に縮まるものでもないだろう。

 だがそれにも関わらず、上から見ている俺が気に食わない。

 そう、リーゼロッテは言った。


 「んー、困ったなぁ」

 「そうやって飄々としているのも、私はイラッとする」

 「じゃあどうしたらいいんだ?」

 「私と勝負して」

 「は?」

 「貴方が勝ったら、上から見てしまうのも理解出来る。貴方が負けたら、そんなつもりはなかったということに納得できるし、水に流せる」

 「これまた随分と急な……」


 と言いながら、可能性は低くないだろうなとは見積っていたが。


 リーゼロッテは自分の力に自信を持つ一方で、他者の技量を見抜けないわけじゃない。

 以前拓磨と試合をした時に、リーゼロッテは俺の技量を見ているはずなのだ。グリムガルの時も同様に。


 しかし、現実としてリーゼロッテと競った訳では無い。更に俺は良くも悪くもリーゼロッテと交流を持とうとしている。


 そんな相手から、今度は見下されたように感じたとなれば、しっかりと白黒つけてスッキリさせたいという気持ちもわからなくはない。話した感じの性格から、負けず嫌い、いやプライドが強いというのも分かる。


 だから、意外に思うことは無かった。


 「勝負と言っても、なにで決める?」

 「……受けるの? この意味のわからない勝負を」

 「わだかまりを残されても嫌だしね」

 「……さっき私がやったフライバードで勝負しましょう……正直、戦闘で貴方に勝てるとは思わないから」


 勝負をあっさり引き受けると、リーゼロッテは少し驚いたようだったが、すぐにそう提案してきた。

 後半のセリフはとても素直なものだったが、声音から悔しそうな感じは漂っている。


 自分で言うのもなんだが、悔しがることはないと思う。なんせ俺はインチキで相手の魔法を完全に無力化した上で、最上級魔法を無詠唱で放つような奴だぞ。


 自慢でも傲慢でもなく、客観的な事実として勝つことは難しいだろう。


 だから、フライバードで勝負するという提案は正しい。


 俺はリーゼロッテの提案に、快く頷いた。

 

 

 

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