第2話 役割
毎年のことでもあるからか、去年以前からいる生徒の種目選びは簡単に決まっていた。
問題は今年から入ってきた勇者や俺達なのだが。
「私は貴方達の得意分野とかそこまで分からないから、どこでもいいわよ。別に今が本決めって訳でもないから、練習とかしてみて、合わなかったら他のに変えてくれてもいいしね」
というミリア先生の有難い言葉により、随分と選択難易度は下がった。
そこで少し考えたのは、ソティについてだが……。
「短距離走でいいか」
「…………」コク
「じゃあソティちゃんは短距離走ね。わかったわ」
変に複雑なものをやらせても本領は発揮できない。ソティには、その高いと思われるパラメータを存分に発揮できる短距離走に出てもらうことにした。
重量挙げとどちらにするか、少し迷いはしたが、こちらの方が確実だろう。ソティの敏捷性はこの目で見ている。
ちなみに俺は、ミリア先生の『イブ君魔法凄かったわよね』の一言により、パイルイントロダクションへの出場が決定した……いやまぁ、別にいいが。
個人的にはテレポートチェイスが面白そうだと思ったのだが、仕方ない。
勇者達は言われた通り好きに選んでいたが、日本人特有の『お前がやるなら俺も』という便乗性を見せ、大体は固まって同じ種目に参加していた。自分に合ったものをちゃんと選んでいるのだろうか。
その後、人数がオーバーしてしまったところは万世界共通であるジャンケンによって調整したりしつつ、逆に空いてしまったところ(競技の出場枠はクラスの人数より多い)は誰かが掛け持ち(俺もその一人)をすることで、きっかり一時間で選手決めは終了した。
「スムーズに済んだわね。他にも闘技戦や魔物戦へのエントリーも考えなきゃなんだけど、こっちは各自自由参加。私に申告してくれれば参加表を申請しておくわ。チーム戦なら、誰と組むかも一緒にお願いね。
この後は訓練場に移動して、団体戦に向けた訓練を行っていくわ。訓練方法は任せるけど、オーソドックスなものは教えてあげるから、安心してちょうだい」
「じゃあ訓練場で!」とミリア先生が言うと、言われた通りゾロゾロと動き出す。
俺もパイルイントロダクションとやらは何をすればいいのか具体性にかける。オーソドックスな訓練方法とやらから多少はなにか掴めるといいのだが。
「あぁイブ君、悪いんだけど、ここに書いてあるやつ、写しておいてくれる?」
しかし、教室を出るのが最後の方だったからか、それとも意図的か、俺はミリア先生に呼び止められた。
差し出される紙とペン。ニッコリとした笑みは、多分意図的なんだろうなと示唆されるものだった。
……いやまぁ、いいですけどね。ただこれをきっかけに、何かあったらすぐに俺に頼んでくることがなければ。
◆◇◆
「イブ君には今回タクマ君の分まで働いてもらうわ。十分に期待してるから、頑張ってね」
「勝手に期待されても……パイルイントロダクションとやらも俺にはよく分かりませんし」
「だから、今から説明するのよ」
ご最もで。
案内された訓練場。各種別に参加する生徒同士でグループを作り、しかし残念ながらパイルイントロダクションに参加するのは俺1人。定員は各クラス1名らしい。
その各グループに練習方法の一例を教えていったミリア先生は、ようやく俺の元へと来た。最後に回されたのは、単純に髪に書いてあった種目順に説明していたからだろう。パイルイントロダクションは一番最後だった。
なお、ソティは短距離走の説明だけ聞いて俺の隣にいる。こいつはどうやら集団行動より俺とのコミュニケーション(?)を優先したらしい。
「パイルイントロダクション。まぁ説明としては、観客を楽しませるって言うだけのものなのよね。それ以上でも以下でもないわ」
生徒同士の競い合いなのは違いないが、その勝敗を握る鍵は観客の方にあるということ……いや、実質は選手と見ていいだろう。
「この種目はちょっと特殊でね~、6クラス一斉に始めるから、派手なものじゃないと目を惹かないのよ」
「なるほど。それで魔法が使えなきゃダメなんですか」
「魔法以外で目立つのは難しいしね」
確かに、煌びやかな魔法を乗り越えられる派手さを持つのは、同じ魔法しかないだろう。
「何かルールはあったりするんですか? 例えば、選手同士の妨害とか」
「直接的に選手を妨害するのはダメだけど、魔法同士の干渉は問題ないわ。魔法に関しては、周りに被害をもたらすのはダメ。その性質上、見た目だけのものでもいいってことね。その分普段使う魔法より断然派手よ?」
「使用する魔法はどんなものでも?」
「構わないけど、派手と言ったら光魔法とか氷魔法ね。風魔法は目に見えるのが少ないし、雷系統が主になるわ」
「そうですか」
あぁ、なるほど、それで俺が選ばれたのか。
今のところミリア先生には戦闘の実力ぐらいしか見せていない。その上で、先生が俺を半ば強制的にこの競技に据えたということは、その実力を求めていることになる。
グリムガルとの戦闘時、俺は氷魔法を主に使って、周囲を圧巻させた。要はそれを求められているのだろう。
「俺としては全然構いませんが、この種目に俺を使ってもよかったんですか?」
「あ、もしかして結構自己評価は高い?」
「いえ……タクマの代わりを求めているみたいでしたし、つまりそれは、タクマをこの競技に据えるつもりだったということですから。この種目は、それほど大事ということなのかなと」
「そういうことね。そうよ、この種目は一番大事なの」
ミリア先生は言う。
「なんてったって、ポイントに上限がないことが最も重要なことよ。具体的な計算式は言えないけど、これだけで最下位が大差ついていた一位に躍り出る可能性があるぐらいには、ポイントが入るわ」
それは確かに大事な種目だ。勝ち負けがない分、とことん上を目指せる、という話だな。
「ところで、パイルイントロダクション以外で最も得点配分が高い種目は何ですか?」
「団体の方だと、障害物競走ね。あれは毎年凄いから」
「一応、障害物の内容を聞くのは構いませんか?」
「うん? 色々よ。毎年職員で集まって考えるんだけど、でも必ずあるのは魔法弾幕と借り物ね。前者は教師陣が容赦なく魔法を降らせるから、それをかいくぐって進むやつで、後者は箱に入ってる紙を引いて、その紙に書いてあるものを持ってくるの」
うん……借り物競走は本当に借り物競走なんだな。
そして溢れ出る前者の危険な感じ。大丈夫なのか? 死なないんだろうな。
「一応魔法の方は威力を極限まで下げてるから、当たってもちょっと怪我するくらいよ」
そしてこの世界では多少の怪我は魔法で治せてしまう。残念ながらこの程度は心配に値しないのだ。
「これに関してはどんな能力が問われるから分からないから、正直今のところ未知数ではあるけれど、確実に戦力になる貴方の存在が必要だったのよ。掛け持ちありがとう」
「はぁ……教師からお願いされたら断れませんよ」
なお、ちょうどその障害物競走には俺も参加なのである。元々いるような奴らは障害物競走をほとんどやりたがらなかったのも背景にはある。
それだけでこの障害物競走が何となく大変そうだと言うのはわかったが、その魔法弾幕という障害からしてもう難易度が高い。
「まぁ訓練でどうにかなるものじゃないけどね。パイルイントロダクションは発想力と魔法力。障害物競走は対応力。前者はともかくとして、後者はとにかく色々なことをやるぐらいかしら」
確かに。となると障害物競走に対してやるべきことは……。
「職員会議の盗み聞き……」
「見つかったら失格よ?」
「重々承知ですよ」
これが頭脳物の小説だったなら主人公はあっというような手で障害物競走の内容を知るのだろうが、俺はそうじゃない。
シンプルにその場にいて誰にも気付かれずに盗み聞きすることも容易いのだ。やらないけど。
「あ、そうそうイブ君、実はこの大会でも1つ頼みたいことがあるんだけど……」
対抗試合だったり大会だったり、呼び名がよく分からんがそれはともかく。
「なんですか?」
「イブ君って文字書くの早いわよね? 記録係的な役割をしてくれない?」
「クラスメイトたちの得手不得手、能力や、クラスでの話し合いの記録ってことですか?」
「そう、話が早くて助かるわ。勇者はなんでか分からないけど文字書くのは上手いから、本当はそっちの誰かに任せようと思ったんだけど、貴方はダントツね。普段の授業からでもわかるわ」
そりゃ、俺は[神速筆]の他に、[完全記憶]と[瞬間連想]によって、書く内容を頭に思い浮かべるのも、そこからそれらを書き写すのも高速化されている。
勇者というか、異世界人が速いのは、この世界よりも文字と触れる機会が多いからだろう。この世界での速い方と言うのが、地球での通常程度だ。
そして俺は元々文字を書くのは速い方だった、というのもある。そうなれば、さっき言ったものも相まって速いに決まっているだろう。
「今回は一気に新しい人が入ってきたから、私達も把握が大変なの。だから記録をつけてくれると、大会の時に生徒の目安にしやすいしね」
「別に構いませんよ。俺以外のやつは練習があるでしょうし」
「お願いね。もちろん評価は加点しておくわ」
「成績は元々気にしていませんけどね」
筆記も実技も授業態度もコミュニケーションも、困る部分は何も無い。
それでも引き受けた俺は、各生徒の名前が書かれた紙を挟んだファイルを、ミリア先生から渡された。
こと細かく書くためにか、一枚につき一人分の内容予備も含めれば、紙の枚数も多くなるわけだ。
……文化祭とか、実行委員にはなったこともなかったし、こういうのはいつも拓磨が引き受けてたからな。たまにはいいだろう。
とはいえ、初日は特にやることも無いはずだ。明日以降、ちょくちょくと記録をつけていくとして、後はパイルイントロダクション用の魔法でも試していよう。
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