第57話 翌日
「……………」
「……………」
ルナとミレディからの評価が一応下がることなく済んだ俺は、休みも終わったので"イブ"の姿で学校へと行くことにする。
「……………」
「……………」
宿で朝食をとり、最近構ってあげられないグラを一通り撫で回してやると、むしろ逆に体当たりで不満を訴えられつつ、学校へと向かう。
「……………」
「……………」
昨日は濃い一日だったような気がして、久しぶりの学校のように感じるが、そもそも俺はまだ行き始めて数日しか経っていない。
久しぶり、と思うには愛着的にも足りていないだろう。
「……………」
「……………」
特別でかい学校が見えてきて、敷地内に入ろうとした時、俺はそろそろツッコミを入れるかと決心した。
「なぁソティ、俺は待っててくれと、朝お願いしたはずなんだが……」
「…………?」
いや、そんな『何言ってるの?』みたいな顔をされてもな。
今朝からずっと俺の傍にいるソティが、首を傾げる。確かに昨日もほぼ片時も離れていなかったが、今日もか。今日もなのか。
イブの姿に変えたところで、ソティは何ら疑問すら浮かべなかった。ソティにとって俺は、姿を変えたところで『所有者』であることに変わりはないのだろう。
それに嬉しいと思う反面、学校までついてこられると、困惑を隠せない。
「……はぁ。仕方ない、どうにか上手いことするか」
しかし、ソティを離せないと俺は悟る。なんせ、今のこいつは親について行く雛鳥のような行動だ。それに、どっかでまた魔力枯渇に陥られても困る。
「良いか、俺以外の奴に勝手について行くなよ?」
「…………」コクコク
うむ、素直だ。というよりこれは、従順と言っていいかもしれないが。
昨晩の件はあったが、俺がソティと普段通りに接することが出来ているのは、あくまであれが魔力補給である、という暗示が辛うじてでも効いているからかもしれない。というか、そういうことにしておきたい。
流石に、昨日キスした(された?)相手に何も思うことがない程、枯れているとは思わない。
朝早く来たこともあり、特に人目に触れることも無く、俺は目的の場所に来ることが出来た。
「今度はナイフが飛んでこなければいいが……」
言いながらやたらと巨大な扉を開けると、その隙間から飛んできたのは、ナイフではなく、レーザーのような魔法だった。
半ば予想していたそれを、如何にして防いでやろうかと意識を傾け……ようとしたのを、途中でやめた。
「…………!」
横にいたソティが、1秒にも満たない刹那の時間で、魔剣を召喚し、俺に当たるはずだったレーザーをそれで弾いたのだ。
流石は
そのままキッと鋭い敵意を魔法の発動者に向けたソティは、雰囲気を戦闘のそれに変えている……俺の護衛役かな?
「いや、これは想定外です。まさか今の魔法にそちらの子が反応するとは」
「あの、流行ってるんですか? こういうの」
中へはいると、そこに居た理事長が悪びれも無くそう言うのに、最早慣れている俺は、呑気にそう返した。
隣では依然として、ソティが強い敵意を理事長に向けている。
「別に悪い人じゃない。ほら落ち着け……なんであれ、あまりやらないでくれると助かります」
「すいませんね、どうも力試しをするのが性分でして」
「ちゃんと相手によって対応は変えてるんですよね?」
「一応は」
柔和な笑みを浮かべ、スッと指を持ち上げた理事長に、溜め息の一つでも吐きたくなるのを堪えた。
「さて、先程の謝礼、という訳ではありませんが、用件は伺いますよ。何ですか? 大体は、予想がつきますが」
「お察しの通り、こっちに居るソティを、入学させたいんです。理由は……まぁ色々なんですが」
「言わずとも大丈夫です。私ぐらい歳を食いますと、人生経験から把握が出来るというものです」
俺はこの時点でこの人が真面目に返答しているのではないと理解した。
「そちらの子とお付き合いを始めたんですね?」
「似たようなところです」
「おや、本当にそうなのですか?」
「片時も離れてくれないんですよ」
「それはまた、随分と熱愛なんですね」
やはりこの目は悪ノリしている目だ。特に誤解を解かなくてもいいだろう。
「それで、どうですか?」
「私としては、試験さえ通るのであれば、誰でも問題ないですよ」
「やっぱりそうですよね」
そりゃ、そう簡単には行かないか。ソティに魔法の類の技術ないから、試験を受けられるか心配だったのだが……。
「おや、別に魔法が使えなくとも、それを補える近接戦闘技術があれば十分ですよ?」
俺が不安げに呟いた言葉に、理事長はご安心をと言わんばかりに返答した。
「あぁ、そういえば確か、試験は魔法実技と戦闘実技の二種に分かれていましたね。魔法実技で最低のEランクをとっても、戦闘実技でSランクを取れば、平均評価はC……ギリギリ合格、ということですか」
「そういうことてす。まぁSランクというのはそう簡単には取れないものであるんですが……そちらの子は中々面白そうだ」
あぁ、戦闘狂かもしれない理事長の琴線に触れたのか。
なんせソティ自身が魔剣であり、その剣術には目を見張るものがある。流石は自分自身ということなのか、身体能力も相まって並の相手では到底敵わない。
武器を合わせるだけで致命的だ。召喚した魔剣はどうやら呪いの類は付いていないようだが、斬れ味なんかは抜群だ。俺が[魔刀]によって斬れ味を強化した剣よりも、断然強い。
それを含めれば、戦ってみたいとかもあるのか。
「ということで、早速試験、受けてみますか?」
その間、パパパッと簡単に試験の内容を(一応ソティに向けて)説明した理事長は、こちらに手を出しながら、柔和な笑みと共に告げた。
「ソティ、内容は理解出来たのか?」
「…………」コクコク
「じゃあ……そうだな、やるか」
やってみるか、と聞こうとしたところで、そもそもソティが俺と一緒にいるには選択肢がそれしかないことに気づき、『やるか』と聞くことに。
コクリ、頷くソティの頭に、俺は手を置く。
さて……一応魔法実技の方も受けさせておくか。Eより下に下がることは無いのだし。
◆◇◆
「おや、魔法実技を受けさせるのですか?」
「やるだけやってみる、と言うだけです」
場所は変わって、以前訪れた室内訓練場。目の前で
とはいえ、ソティが今すぐ魔法を使えるとは思っていないが………。
「まぁ、ダメ元でやってみてみれば───」
「…………」スッ
言ってる途中で、ソティが隣で腕を前に伸ばした。
それは、淡々とした動作で、俺も理事長も、何をするのかと、一度口を閉じて見届けた。
ゆらりと垂らしていた五指をピッと伸ばし、ソティは、そっと口を開く。
「………『────』」
───俺にはなんと言ったか聞き取ることが出来なかった。そもそも声を発したのかどうかすら、定かではなかった。
ただ、ソティの手の先から粘性の闇が伸び、それが訓練場の壁へと勢いよく向かって………。
「イブ君!」
理事長が叫ぶ。いや、仮にも生徒相手に頼むな。そして言われるまでもない。
俺は言われるより先に、あの魔法はさすがにヤバイだろうと察知し、術者であるソティの肩に手を置いて、耳元に口を寄せていた。
「───ソティ、止めて」
「……………」
耳元で優しく一言。それを言っただけで、次の瞬間その魔法は、壁に当たる直前で消滅した。
ソティが伸ばしていた腕を下ろし、少しだけ目を伏せる。
「……ほっ。あの壁も結構高いので、ヒヤヒヤしました」
「だったらもう少ししっかりしましょうよ」
「いやいや、すっかり油断していました……魔法は使えないと聞いていたので」
うん、それに関しては俺もビックリだ。魔法なんて使えたのか、と俺はソティを見るが、ソティは何故か目を合わせてくれない。
無詠唱………だったのかは分からないが、少なくとも俺の知る魔法ではなかった。そもそもソティは口を動かしたが、俺には発声が聞こえなかった。
………色々と謎が多いな、ソティは。変な知識を持っていたり、武器化がまだ出来なかったりするからな。
少なくとも先程の魔法を、ソティはしっかりと制御出来ていた。だからこそ俺の一言ですぐに魔法を消すことが出来たのだろう。
あれも一応、魔剣としての力なのだろうか……
「………それにしても」
俺が首をひねっている横で、理事長は胸を撫で下ろしたかと思うと、こちらを見て柔和な笑みをイタズラ的なものに変えた。
「あながち勘違い、という訳でもないみたいですね」
「え? あ、いやこれは……」
考えも中断して、俺は反射的にソティから離れた。普段なら絶対有り得ないだろう。
脳裏を昨日のキスが過ぎってしまった。先程『お付き合いしたのですね』と言われた時は敢えて言っているのだと分かったが、今は本気だとわかる。だからこそ、こうして意識することになる。
顔が赤くなるまではいかないが、少しだけ恥ずかしさはある。うむ、やはり昨日のことがあってなお何も思わないほど、俺は無感情ではなかった。
「本当に違いますよ……ソティ、さっきの魔法は危ないから人に向けては禁止だぞ」
「……………」
こちらもどこか恥ずかしそうに顔を伏せているソティ。昨日のキスの大胆さはなんだったのかと思うほどだ……あれは魔力補給で合法だけども!
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