第56話 優しい夜

 エロじゃない。これはエロじゃないです。


──────────────────────────────





 俺は、基本的に眠りは浅い方なのだが、日によっては熟睡することもある。

 特に誰かと一緒に寝る毎日である最近は、途中で起きて悶々〃〃とした時間を過ごしたくないのもあり、朝まではぐっすりだ。


 寝相に関しては俺は問題ないはずなので心配していないが、まれに、一緒に寝ている相手の寝相によって危ない時はある。


 だが、それだって朝起きるまで気づかないものだ。もちろん、本当に起きるほどの刺激が与えられた時は起きるのだろうが。


 

 例えば、今も、今日は流石に気持ち的にもザワついて危ないだろうと悟った俺は、秒で眠りにつき、起きないようにと意志を固めておいたのだが。


 「……、………」


 何となく、唇に柔らかい感触が当たっているような感じがして、濡れたような感じがして。


 「…………、……………っ」


 その不思議な───どこか懐かしさ〃〃〃〃を感じる感触に、ゆっくりと覚醒していった意識の中、最も最初に視界に飛び込んできたのは。


 ────目を閉じたソティの顔だった。


 「………っ、そ、ソティっ?」


 俺が起きたことを知ってか、ソティはゆっくりと俺から顔を離した。

 唇にあった感触も、去っていく。


 ──────え?


 困惑で働かない思考。一体何がどうなっているのか、全く分からない。そんな中、ソティは色っぽく、ペロリと舌舐めずりをした。

 先程まで、俺に付けていた唇を。

 

 「な、何を……?」

 「……………」


 無言。ただひとつ言えるのは、寝る前よりもソティは、更に息が荒くなっていることだった。

 こう言ってはなんだが、喘ぎ声にも聞こえるそれのせいで、一瞬発情しているようにも見えて……本当にどしたのかと。

 本当は、辛さから来る息遣いなんだろう。


 ソティは俺の上に跨っていて、腕も一緒に挟まれている。

 明らかに状態がおかしいことから、そして寝起きでもあったため、俺もすぐに動けなかった。


 ひんやりとした手で、ソティが俺の頬を包む。そのまま、目を閉じて再度………。


 「ソティっ」

 「………………」


 俺が出した声に、一瞬ピクリと動きは止まったものの、それだけだった。


 普通ならありそうな葛藤なんてものは一切感じられず、しかし焦らすようにゆっくりと近づいたソティは………。


 「────っ!?」

 「…………、………」


 柔らかな唇が再度押し当てられ、俺は目を見開く。

 驚いてはいた。困惑も動揺もあったし、ドキドキと鼓動も早くなっていた。


 しかし、そんな思考の中で最も驚いたことと言えば、何故かこの感触に覚え〃〃があることだった。


 勿論俺は、その、何だ、キスなんてものは生まれてこの方したことなどない。

 だが確かに、この感触には気の所為では済まないほど覚えがあって、かつ、そこに"違和感"があった。 

 俺が覚えのある感触は、"コレ"だが"コレ"じゃない……俺の思考は、すぐに溶けて無くなってしまった。


 ソティが更に、一歩深くまで踏み込んできたのだ。


 「───っ、そ、ソティっ───っ!?」

 「………、…………!」


 くぐもった音が、俺の口内に伝わる。唇が触れるだけだった行為は、いつの間にかもっと濃厚ディープなものに変わっていた。


 これ以上はやらせまいと閉じた俺の口をこじ開けて、ソティのが侵入してくる。


 ───ヤバい、これは、良すぎるっ!?


 ソティの舌は、熱を持っていた。どうやら口の機能は普通らしいが、問題はそこじゃない。

 ソティの舌が這いずるのが、俺の舌と絡むのが、とにかく気持ち良すぎる。柔らかいし、何だか甘い気も……口の中が熱くて、それ以外が考えられなくなりそうだ。


 艶かしい、ぴちゃぴちゃという水音が、こっちに来てから自制している(はず)の性欲を大いに刺激してくるのが、本当に辛い。


 しかしそれでもなお、俺は考える。何故、と。


 俺にはどうも、キスという行為をすることに、目的が感じられる。どう考えても、体調がおかしくなったことと、こうしてくることには因果関係が認められるだろう。

 しかし、それが分からない。自意識過剰であることを認識しつつ、もしソティが俺とキスがしたいだけなら、このタイミングはおかしい。


 俺に懐いていても、例えキスがしたいと考えていたとしても、ならば様子がおかしかったことはどう説明するのか。

 アレは演技には見えなかった。となれば、何かしら原因があって、それを解決する方法がキスなんじゃないのか?


 他にも何らかの要因で魅了にでもかかって、そのせいで発情してキスがしたくなってる可能性もあるが、あの体調が悪そうな感じからして違うと思いたい。


 「………! ………、………っ!」

 

 ソティはどうやら、キスに夢中なようで、何度も絡む舌に思考が蕩けそうだ。

 正直言って、このキモチイイ行為を続けていたい気持ちは、男としてある。


 俺だってこんな冷静に考えられているのは、思考のごく一部だけだ。だから普段なら簡単に見つかりそうな答えも出てこない。

 謎の"懐かしさ"というか、"慣れ"が無ければ、何も考えることが出来なかっただろう。


 ソティみたいな可愛い子にこんな風にされてしまえば、体の一部分もやばい事になってしまう。


 ────って、ちょっ!?


 「────っ、はっ、そ、ソティ、ちょっ、たんま───ッ」

 「…………!」


 ヤバイヤバイヤバイ! ソティ、舌を吸うのはヤバいって! 手を握ってくるのもヤバい! 俺の腰の上に居るのもヤバい!


 思考が乱れる、働かない。


 熱い、気持ちいい……違う!


 落ち着け夜栄刀哉17歳美少女妹持ち。これがファーストキスなのかすら若干疑いを持っているがともかく、今やるべきことを考えろ!


 今やるべきことは……抵抗も拒絶も出来ないのなら、この行為をしなければならない"理由"を見つけ出すこと。


 ソティは体調が明らかにおかしくなってから、こんなことをし始めた。寝る前、目を逸らしていたことから、羞恥心か後ろめたさか、そういった感情があると仮定する。

 だが恐らくそれは副次的な産物。キスをすることによって体調が治ると仮定した場合、キスから生まれる要因とはなにか。


 ソティの体は擬似だ。スキルによって出来ている。ならばその体の構成はなんだ?


 中のものもある程度擬似、形だけを似せたもの。だがこの体を維持しているものがある。

 少しだけ空いた思考領域でどうにかこうにか記憶をたどって行き………。



 ────考えてみれば、単純なことだった。



 ソティの体はスキルによって代替されたもので、そのスキルは魔力〃〃によって発動する。

 擬人化中は常に魔力を消費するのだ。となればソティの身体は魔力で維持していると言ってもいい。そうして考えられるのは………。


 (武器に魔力を生成する機能は無い。魔剣の召喚や戦闘で、元々溜め込んでた魔力を使い切ったのか……!)


 そうすれば、ソティがキスを求めてきたことにも合点が行く。


 なんせ魔力補給の方法は、俺がするような方法の他にもある。


 その1つが……『体液の摂取』。


 というより、世間的に知られている方法としてはこれが最もメジャーなのだろう。体液を介して魔力を吸収すると、体内で他者の魔力を自身の魔力に置換することがてきるのだ。

 本来は他者の血を摂取することが一般的だが、血には色々と危険が伴う。

 血液中の魔力は簡単に言えば濃度が濃い。故に、置換出来ない場合がまれにあり、その場合体内にある他者の魔力は肉体に異物とみなされ、体調不良を引き起こす。


 体液に含まれた魔力は、そこに付随しているという情報のおかげで、現実世界に干渉ができる。だからこそそういったことも起きてしまうのだが。


 ならば先程からやたらと舌を絡め、俺の舌を吸ってくる理由も理解できると言うものだ。


 魔力が無くなったから、魔力を補給する……散々考えていた俺が馬鹿に思えるほど単純明快な答えだ。


 その時、ようやくソティが俺からゆっくりと口を離した。


 「────ぷはっ! ……はぁ、はぁ………ソティ………これ以上はまずいっての」

 「……………」


 口と口に銀の橋をかけつつ顔を離したソティは、チロッと唇を舐める。

 だがまだ物足りないのか、ソティは俺の首筋に口を近づけた。

 そのまま───ツツーっと、舌でなぞる。


 ───いや、待った、これはこれでなんか変な気分にっ。


 「そ、ソティっ、魔力補給なら、他の方法でもでき───っ」

 「…………」チューっ


 男なのに気持ち悪いと思うかもしれないが、俺の言葉はソティが俺の耳を吸ったことで中断された。

 なんということか、キスによってやたらと体が敏感になっており、耳がどうやら弱いらしい……体がピクッとなってしまった。


 おい、耳を責めた理由はなんだ! 汗あったか!?


 ソティはソティで、俺が我慢したことによって発生した汗を舐めとっている。確かに汗にも魔力は微量だが含まれるが、この子はなんでこんなにエロいんだよっ!

 というか、汗舐めるとか、少しフェチじゃないか!? 本当に魔力が目的なのか!?


 止めたい、止めなきゃいけない。そう思っているのだが、気持ちよくて止められない。正直ソティの舌使いは、少したどたどしさはあるものの、何だか『奉仕』されているような感じで……。


 完全に自制しきるには、動揺している時間が長すぎた。


 「………、………っ」


 ソティはソティで、別の意味で何か息が荒そうだ。起伏の少ない胸がやたらと動いている。


 これはソティも、その……そういうことなんだろうか。五感は働いているようだし、感情も実際にはありそうだし……気持ちいいとか、感じるのだろうか。


 (くそっ、これは単なる魔力補給だと思え。ルナやミレディにやった時と同じだぞ!)


 そんな俺の虚しい思い込みも意味をなさず、心臓の鼓動は脈打つ速度を速める。




 本来魔力補給なんてものは緊急の、応急処置みたいなものだ。だから普通の人が魔力補給をしたところで、魔力枯渇を緩和する程度しか補給できない。


 だがソティの場合は違う。恐らくソティは、自力で魔力を生成できない。武器なのだから仕方ないのかもしれないが。

 今までは、魔剣の時に使用者から吸い取って溜め込んできた魔力があったから維持出来ていたが、その補給が途絶えた今、ソティは消費速度を上回る補給が必要だ。


 そして、体液の摂取なんて方法で魔力を補給しようとすれば、並大抵の量では済まない。効率なんて無視したようなものだ。

 ソティの最大保有魔力量が1万だとして、平均的な魔法使い(魔力は3000~1万)ならば、置換する時間も含めて数時間単位で唾液の摂取を行わなければ回復しないだろう。


 それに加え、先程も言ったようにこの方法に効率なんてものは無い。唾液1mlに含まれる魔力が1だとすれば、それを摂取して置換したところで、半分以上のロスがある。つまり補給できる魔力は0.5以下。


 本当に、応急処置のようなものなのだ。そもそも唾液がそこまであるのか。


 だが俺は、俺の場合は違う。魔力は1000万あり、魔力の"質"からして、自分で言うのもなんだが、格が違う。

 恐らく唾液に含まれる魔力量は数値にして1000を超える。

 ロスを含めてみても500、最低でも200以上は一気に補給できる。

 濃度が濃いのとはまた違うから、体調不良も引き起こさない。


 言わば、『俺だからできる』ことであり、逆に言えば『俺じゃなきゃできない』のだ。


 それに、さっきは『他の方法が……』なんて言いかけたが、俺がいつもやっている補給方法はおそらく通用しない。


 ソティ自体に魔力を生成する機能はないから、固有の魔力は存在しない。あくまで他者の魔力を取り込んで自分の魔力として扱っているのだ。

 加えて、ソティの身体の構造は俺たちと異なっている。どこに魔力を送ればいいのか分からないのだ。


 故に、普段やるように『他者の魔力に合わせてそれを身体に送る』という方法が効かない。あくまでソティが俺の魔力を取り込まなければならないのだと、俺は予想する。


 そしてソティが魔力を補給するには、他者の身体を直接乗っ取るような形でしなければならず、ソティはそれをやろうとは思わない気がする。

 所有者が欲しかったソティにとって、その相手を殺すような行為は本意ではないのだろうから。


 結果として、ソティの魔力補給は俺がしなければならず、キスという行為までは『合法』だったのだが………。

 



 ……気がつけばソティは、さらに危ない行為に及ぼうとしていた。


 今考えればわかる。もう魔力補給の度は越えようとしているだろう。


 こう言っちゃなんだが、ソティはもしかしたら、これに乗じて、俺を悦ばせようとしているのかもしれない。

 じゃなければ、俺から十分魔力を補給したはずなのに未だ息が荒いなんてことはないだろうし、瞳を潤ますこともないだろう。


 変な知識があったソティの事だ。こういう形で俺が、というか男が悦ぶことも、分かっているのかもな。

 ソティが俺に感謝してることは分かってた。とは言っても、それは俺がソティを握った時の話だが。俺にお返しでもするつもりなのだろうか。こういった形で。


 だが俺は、そうと分かってしまえば、冷静になることが出来た。


 俺が先程まで思考していたのは、今までのことは全て、『魔力補給の為』であると自身に再認識させるためだった。

 キスまでは合法、つまり仕方の無いこと、ギリギリで許せること。俺はそこで妥協した。自分の気持ちに折り合いをつけるために。

 だがそれ以上は───今ソティが俺に対ししようとしていることは、魔力補給の度を超えている。する必要のない行為だ。


 「ソティ……ソティ」

 「……………?」


 俺は落ち着いた口調で声をかけて、ソティが下の方に移動したことによって開放された手で、ソティの肩を押さえる。

 下から、困惑気味に俺を見るソティ。


 「もう、終わりにしようか。魔力の補給は、十分に済んだだろ?」

 「……………」


 いやいや、と首を振った。だが魔力が補給されているのは、しっかりと分かっている。

 俺は身体を起き上がらせ、ソティの頭にポンと手を置く。


 「嘘はつくなよ。なんだ、俺のことは気にしなくていいから……そういうの〃〃〃〃〃は、ダメだ」

 「……………」


 我ながら、自分に酔っているような発言だとは思う。だが仕方ないだろ、分かるんだから。ソティを落ち着かせるにはこういう言い方しか無理なんだから。


 目に見えてソティは、落ち込むような仕草をした。しかし、ここはぐっと抑えなければなるまい。これ以上先のことをしてしまえば、俺は色々と瓦解する部分があるのだ。

 それを俺は、許容できない。


 「別に嫌って訳じゃないんだがな、ただ……ソティも、もう少し人間〃〃として、女の子〃〃〃として、自分の体を大事にしてくれ」

 「…………」


 こら、そんな乙女の表情をするな。感銘を受けたみたいな顔をするな。

 分かった、お前が俺に懐いてるのはわかったから、今は止めてくれ。言っとくが思考のほとんどを自制に割いてるんだからな。そんな状態で更に何か刺激を加えようものならそれはもう危険だ。

 

 ───いやまぁ、そりゃ、葛藤はある。俺だって嫌な訳じゃないどころか、したいとも思う。ただ、それを今日ようやく意思疎通が図れたような相手としようとは思わないし、して欲しいとも思わない。


 やってしまえば、その後、後悔する気がする。


 ……まぁここは、ソティの体が擬似のものであるから、と思うことにしよう。


 「……ほら、もう寝るぞ。魔力は十分に回復したんだから、後はお前も休んでくれ」


 言いながら、俺はソティを自身の腰の上から降ろして、ゴロンと背中を向ける。もうこれ以上は何もしないという意思表示だ。

 正直言って色々と体がヤバイ事になっているが、ソティがいる前で用を済ませるなんてことはもちろん有り得ない。


 俺の言葉に素直に従って、背後でソティも横になる。ピトっと俺の背中にくっついてくるのぐらいは妥協しよう。


 ───それにしても、キスか……。


 少なくとも意識的には俺のファーストキスな訳だが、男のファーストキスなんて、どうでもいいだろう。

 そしてソティは疑わずともファーストキスなのだろうが……あれ、ソティのファーストキスの相手は俺なんだよな。


 若干、また思考を邪な感情が通りそうになる。


 ───落ち着け俺、これは魔力補給、魔力補給の一環だ。医者が触診しても(多分)セクハラにならないように、そういうことだ。

 だからお互いにノーカン、これはキスじゃなく魔力補給。お互いにそういう感情があって、合意の上でそれで初めてのキスだ。うん。


 背後から抱きついてくるソティの感触に、そんな思いも踏みにじられる。


 ………はぁ。明日からソティに変な思いを抱かなければいいが。


  



 「ご主人様───って、なんで目を逸らしてるの?」

 「いや別に」


 ちなみにルナとミレディにはバレずに済みました───ホント、嘘ついてごめん。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る