第38話 恩人の妹2

 くっ、最近はプレイしているソシャゲのログインやらデイリーやらで時間が削られるのが辛い……まぁそれでもやってるのは、最早ソシャゲの沼にハマっているというか。


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 「『炎燃拡散フレイムボム』『光刃扇舞シャイラス』『影針棘シェイド・エクスキュート』」


 金光が無造作に魔法を放つと、それだけで魔物が殲滅されていく。

 魔力が余程多いのか、先程から惜しみなく上級魔法を使用している。それを幹達は、遠くで息を潜めながら見ていた。


 「……話しかけづらいな、あの感じだと」

 

 どちらかと言うと、ストレスを発散するために魔物を倒しているようにも見える。だがこの階層は80階。明らかに金光だけ、新しく来た他の勇者より抜きん出て進んでいた。


 そんな金光に、幹は話しかけるのを躊躇い、立ち竦む。


 「これじゃあ完璧にストーカーだよ。今話しかけに行ったら、むしろ警戒されるんじゃない?」

 「……ここは一旦帰るか。早い方がいいが、わざわざ迷宮の中で話すものでもないし」


 自分達がストーカーだと思われるのは、2人共嫌だった。

 仕方なく踵を返そうとした2人は、振り返った先で硬直した。


 「門真先輩に京極先輩、何か用?」

 「うわっ!?」

 「や、夜栄さん!?」


 2人が振り返るのと同時に、目の前に金光が現れたのだ。

 周囲には『転移テレポート』で使用したであろう魔力の残滓が漂う。


 思いもよらぬことに2人は声を上げるが、金光はキョトンと首を傾げるだけだ。


 ……どうでもいい事だが、金光や他の勇者も、幹達のことは先輩呼びである。


 「……あー、気づいてた?」

 「迷宮に入る時につけられてるなと思って。2人だとは思わなかったけど」

 「………」


 先程の失態を誤魔化すためか一度咳払いを幹はして、金光に問いかけた。

 タメ口で返ってきた答えは、しっかりと気配を絶っていたにも関わらず、気づかれていたというものだったのは、少し幹も塗々木も自信を無くしそうになる。


 だがそれも、『刀哉さんの妹だから』ということを思えば、まだ納得もできるものだ。


 「その、ゴメンね。本当はギルドの時点で居て、話しかけようと思ってたんだけど……」

 「あまりにも暗い顔をしてたんで、話しかけるのを躊躇って、今に至る」


 話のテンポを外さないように塗々木が慌てて言い、それに幹も便乗する。状況説明としては少し配慮に駆けていたかもしれない。


 金光は、『あれ、見られてた……』と、ガックリと肩を落とす。少なくともその時点では気づかれていなかったようだが、それよりもまたテンションを下げるようなことをしてどうする、と幹と塗々木は顔を合わせた。


 『仕方ないから、このまま切り出しちゃえば?』

 『それもそうか』


 目線でのやり取りをし、幹が口を開く。


 「実は、橘さんから、夜栄さんが思い詰めている理由を聞いたんだ」

 「立夏ちゃんから?」

 「そうだ。夜栄さん、どうもたまにたまに表情が暗くなるから。流石にそれを何度も見せられると、気にもなる」


 勝手に聞いてしまったのは悪いと思ったが、金光はそこは気にしなかった。だが代わりに、恥ずかしそうに『り、立夏ちゃんまさか……』と少し体を引きながら呟いた。


 それを見て、あぁ、やっぱり本当なんだ、と幹と塗々木は理解した。恥ずかしがる理由としては十分だろうから。


 「あー……いやまぁ、お兄さんと会えないから悲しいというのも……別に、恥ずかしがることじゃないんじゃないか?」

 「~~~っ、な、なんで立夏ちゃん言っちゃったの~!!」


 幹の言葉に、金光はここにはいない友人に文句を言った。

 あまりそういうのは気にしないように見えたが、思ったよりそこを突かれるのは恥ずかしいようだった。


 「い、いや、俺が聞いたから橘さんも答えただけで、彼女に悪気があったわけじゃ……」

 「そ、そんなの気休めじゃん! 門真先輩には分かんないよ!」


 そう言われれば、言葉に詰まる。だが、例えば自分が『母親に会えなくてめっちゃ辛い』という状況になっていて、それをバラされたとすれば……と考えて、確かにとても恥ずかしいだろうと幹は思った。


 それが兄であっても似たようなものなのかもしれない。


 「……それにしても、思ったよりは、平気そう?」

 「恥ずかしさで紛らわしてるだけだよ!」


 恥ずかしさからか最早涙目の金光に、塗々木は何も言えなくなり、憐れみすら感じる。

 そんなに恥ずかしいのか……塗々木は、昨晩の幹との会話が頭に浮かんでいた。


 「あ、あのな夜栄さん、俺達は実は君のお兄さん────刀哉さんについて言いたいことが」

 「っ!? ちょ、門真先輩、刀哉にぃを知ってるの!?」


 『と、刀哉にぃ?』と、金光の言葉に疑問を持った幹だが、今度は恥ずかしさで泣き出されても困るので、そこには何も言わず、詰め寄るような勢いの金光に頷く。


 「知ってる、知ってるから落ち着いてくれ。話すもんも話せない」

 「だ、だって、ここしばらく、刀哉にぃの『と』の字もなかったし、夜も眠れなくて……」

 「禁断症状でも出てるのか……」


 刀哉のことを『刀哉にぃ』という呼び方というのには色々と驚いたが、何よりやはり特質すべきは、刀哉に対する思い入れの強さだ。

 

 今も『刀哉にぃのエネルギーが……』とか『もう2ヶ月近く刀哉にぃに触ってない……』などと小声で呟いている。少し異常ではないかと幹と塗々木が思ってしまったのも仕方ないだろう。

 

 これは、本当に刀哉と引き合わせて大丈夫なのかと不安にすら思う。実は全然気にしてないんじゃないかという思いが出てくるのも、そんな引き攣った笑みを浮かべるしかないようなことを言っているからか。


 だが、結局幹は伝えることにした。きっとこのまま会話が終われば、むしろ刀哉を思い出させたことで、余計ため息やらなんやらが増える可能性があるからだ。


 「夜栄さん、その刀哉さんだが……実はこの世界に────うっ!?」

 「ホント!? ホントなの門真先輩!? ホントのホントなの!?」

 「お、俺はまだ途中までしか言って───っあッ!?」


 切り出した言葉を言い切る前に、幹は金光に胸ぐらを掴まれガクガクと揺らされる。そのせいで舌を噛み、痛みに悶絶しているような声もでてしまった。

 横から塗々木が憐れむような視線で幹を見る。だがそこは流石というか、塗々木は金光を落ち着かせるために宥めにかかる。


 「刀哉さんのこと、最後まで言わせてあげないと、流石に幹が可哀想だ」

 「え? あ、ごめん! 本当にゴメンなさい!」


 幸いにして、金光は直ぐに冷静……と言える状態かは分からないが、少なくとも話を聞かない状態からは戻った。

 

 「っつ……ま、まぁ、平気。あぁ、大丈夫」

 「大丈夫じゃなさそうなんだけど……」

 「それより、刀哉さんについてだったな」


 金光の心配に、幹は答えなかった。それについては忘れてくれとばかりに、話を続ける。


 「いいか、君が会いたがっているお兄さん、つまり刀哉さんは────この世界に居る」

 「………」


 先程一度反応したためか、今度は大人しくしている金光。

 だがそれは、別に大人しくしていたわけではなかった。


 「あー、刀哉さんはここから南東にある【アールレイン王国】に行った。だからまだ会えるということでな、とりあえず元気を……」

 

 その瞬間、金光はガバッと顔を上げた……いや、元々顔を伏せていた訳では無いが、そう見えるくらい、気合いが何故か入っていた。


 「や、夜栄さん?」

 「今度はなんだ……?」


 突然の変化に幹と塗々木が困惑していると、金光は一度目を閉じ、そして。


 「すいません、門真先輩、京極先輩。私、用事を思い出したので、お先に失礼します。刀哉にぃの件、ありがとうございました。この恩は忘れません」

 「え? あ、おう」


 何故か敬語で2人に告げた金光は、機械的な動作でお辞儀をすると、その後反転して猛スピードでこの階の入口と思われる方向に走って行った。

 その速度は、幹達と比べても遜色内ほどだろう。


 「……な、何だ急に?」

 「さぁ………あっ」

 「ん?」

 「刀哉さんの場所に行くんじゃないか?」

 「………絶対それだな」


 2人で顔を見合せ、思い至る。先程の会話の脈絡からして、それしか考えられまい。

 それはつまり、これから独断で越境をするということなのだが………。


 「……取り敢えず、帰ろうか」

 「そう、だな。まぁ、夜栄さんは、刀哉さんが会った時にどうにかしてくれるだろう」


 しかし、あの勢いでは恐らく制止しても聞かないだろう。幹は金光の対処は刀哉に任せることにして、ゆっくりとギルドに向かうことにした。



 「……結局、刀哉さんとどうなのか、聞きそびれたね」

 「あっ……」


 

 

 ◆◇◆




 「────立夏ちゃん!」

 「きゃあっ!? な、なになになに!?」


 僅か数分で迷宮から帰還してきた金光は、そのまま泊まっている宿まで行き、友人の立夏の部屋(金光も同じ部屋ではあるが)の扉を思いっきり開けた。

 室内では、先程までゆっくりと寝ていた立夏が、突然の大きな声と音に跳ね起き、状況が把握出来ない状態でいた。


 「立夏ちゃん、今すぐ出るよ!」

 「か、カナ? で、出るってどこを?」

 「決まってるじゃんこの国をだよ! 隣のアールレイン王国っていう国まで旅するよ。これ、決定だからね!」

 「わ、わけがわからないよ! 説明、説明してっ!」

 「そんなことしてる時間はないよ! 今は1分1秒の時間すら惜しいんだから!」

 

 困惑する立夏を、そんなこと知るかと金光はベッドから引きずり下ろす。立夏が抵抗したせいで服ははだけ、あられもない姿となっており、今誰かが入ってきたらそれこそ大変なことになりそうだ。


 「や、せめて服を、服を着替えさせてよ~!」

 「あぁもう、仕方ないなぁ……『取り寄せアポート』」


 しかし、金光はその立夏の必死の懇願には仕方なく妥協し、虚空に伸ばした手に彼女のこの世界での普段着と下着を出現させる。

 それをぽんと渡して、早く着替えてと急かそうとする。

 

 「扉閉めて!」

 「わ、分かったよ。もぉ。早くしてね」


 もちろん扉が開いた状態で着替えられるわけもなく、だが金光もちゃんと分かってはいる。扉を閉めて、今度こそ早く早くと急かす。


 立夏は金光にマジマジと見られながら着替えるという、何故か恥ずかしいことをさせられていて、服を脱ぐのを躊躇ったりはしたものの、そうすればまた早くと言われてしまうのはわかっているので、意を決して服を脱ぎ、その素肌を露わにさせる。

 寝巻き、つまり楽な格好であるために、立夏は下着も何もつけていない。


 (うぅ、なんでこんな………)


 強引にも程がある、という言葉を飲み込んで、半ば羞恥プレイのような行為を立夏はどうにか耐えて、下着をつけ、服を着ることに成功した。


 更にそこに、未だ慣れない胸当てやらの軽装備を身につけることで、ようやく着替えが終わる。

 

 「さぁ、行こう! これだけ待ったんだからもう待たないからね!」

 「あ、そ、そんな、待ってってば~!」


 金光が部屋から出ていくのを、着替え終わった立夏は慌てて追いかける。

 流石に宿屋内だから早歩きなのは、せめてものマナーを守っていると言うべきか。(最初の扉の時点で既にアウトな気はするが)

 

 「か、海人に言わなくていいの!?」

 「良いの良いの。そんなのどうだってさ」


 海人と言うのは、金光達のグループのリーダー役のような存在だ。

 金光や立夏にとっては、海人は異性の中ではどちらかと言えば親しい方だが、金光はそんなの知らないと足を止めない。

 きっと、相手が特別親しくないと足は止められないだろう。立夏は心の中で海人に『ゴメンなさい!』と謝りながら、金光に続いて宿屋を出る。


 立夏の頭の中に、金光だけを行かせるという選択肢は一切無かった。


 「ね、ねぇ、そろそろ本当に説明してよ!」

 「馬車に乗ったらいくらでも説明する時間あるよ」

 「だって私たち、王様の命令できてるんだよ!?」

 「命令してきたの王様じゃなくて宰相だし、そもそも私たち勇者だし。好きにさせてって話だよね」

 「そんな話じゃないよ!」


 金光の遠慮のない物言いに叫びつつ、立夏は頭が痛くなるのが避けられなかった。

 立夏は普通の学生であり、基本的に言われたことはしっかりとやる。親に反発することはあっても、教師や大人に言われたことに逆らうことは無い。

 同じ感覚で、しかし実際には権力に絶対的に差があるものの、国から言われたことには従う。基本的に誰だってそうだ。


 だからこそ真っ向から命令無視に走った金光を本当は無理矢理止めたかったのだが、それが出来ないのは見ていればわかる。


 「あぁもう、刀哉にぃが居るの! 以上!」

 「え、えぇ!? おお、お兄さんが居るって……えぇ!?」

 「分かったら、ほら早く、屋根の上行こう! そっちの方がショートカットできるし!」

 「か、カナぁ~!!」


 ピョンと跳んで建物の屋根の上に降り立った金光は、走り抜ける。刀哉の存在を明示されたことで、何となくの状況は飲み込めたが、それならますます置いていかれるわけには行かなかった。


 金光のアグレッシブな行動と驚愕の言葉に一瞬呆然としつつも、立夏は置いていかれないように、急いで自身も屋根の上に登った。






 「─────命令違反、そんな簡単に許すわけないじゃないですか」


 2人が去っていったのを見て、1人の女性が呟いた。


 


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