第37話 恩人の妹1
今回は刀哉視点ではございませぬゆえ。
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「……はぁ」
ヴァルンバの王都アシュバラ。そこにある、泊まり木の宿にて、門真幹はため息を吐いた。
深夜ということもあって、静けさに包まれた部屋。最近は考え事をする時、部屋にある椅子に座って何気なく窓の外を眺めるのだ。
「また悩み事かな?」
そんな幹のため息で目を覚ましたのか、部屋の反対側にあるベッドから塗々木が体を起こした。
服はこの世界に来てから洗ったりして持たせている、地球の思い出でもある制服だ。現在は刀哉の魔法によって、全員の制服が、汚れず壊れないという、そこらの防具より強い性能になっているが、着るのは寝る時ぐらいだ。
起きた塗々木に、幹が顔を上げる。
「悪い、起こしたか?」
「別に。元々起きてた。それより、そんなに深いため息ってことは、相当悩んでるなぁ」
「……まぁな。ちょっと悩みの種が増えたのもあってな」
再度幹は、今度は違う種類のため息を吐いた。
「少し前までは、夜菜について悩んでたからね。でも、それは答えなんて簡単じゃないか」
「言うほど簡単じゃないんだって。お前も知ってるだろ? 俺は……」
幹は、口を噤んだ。
一週間ほど前。迷宮での異変が起きた時に、幹は夜菜を守ろうと、健闘した。
結果的には、後一歩というところで及ばず、途中でやってきた刀哉によって事なきを得たが、それでも夜菜は、目を覚ました時に、幹に多大な感謝を寄せてくれた。
だが、同時に一つの悩みが浮上してしまったのだ。
夜菜の、自分に対する好意が、分かってしまった。
別に直接言われたわけじゃない。それでも幹は、そのことに対して、ずっと悩んでいた。
何故なら幹は……既に"好きな人"と呼べる相手が居るからだ。
だから、夜菜の気持ちに幹はどうしたらいいか分からなかった。
「直接伝えるべきなのか、それとも、隠しておくべきなのか……」
「俺は隠しておいていいと思うよ。今までの関係を続けるのでいいじゃないか」
ベッドの上に座り直し、塗々木は幹に告げる。
今までだってそれで何ら不都合はなかった。だから、それでいいと塗々木は言う。
「……そう、かもな」
そして幹は、結局その程度の返事なのだ。まだ踏ん切りがついていない。揺れている状態である。
しかし、友人に話すだけでも、多少は気が楽になるらしい。幹はリラックスのためにか、塗々木に断ってから窓を少し開けた。
夜風が、部屋に入り込んでくる。
「……塗々木、夜菜については一度置いておくにしても……やっぱり、夜栄さんだよな、問題は」
「そっちは、色々と危なそうだからね。幹が悩むのも仕方ない」
それで思考を切り替えたのか、幹が次に話題にしたのは、新しく来た勇者のことだった。
────
脳裏に、明るい表情の女の子が浮かぶ。だがそれは、とても脆いものだ。
「強いんだけどね……他の子より飛び抜けてるし」
金光は、一度だけ実力を見るのに試合をした時、少なくとも幹達に近づけるほどには実力があった。
レベルはまだまだ幹達より低いはず。なのに、強い。同じレベルだったら、いや、あともう少しレベルが高ければ、間違いなく負けると思う程度には。
「剣術は俺と同程度、魔法も飛鳥達に劣らない。鑑定も効かないから、実際にはどの程度のレベルなのかもわからないしな」
「多分、他の子達よりも高いとは思うけど……そう考えると、俺たちの立つ瀬がないね」
塗々木はヤレヤレと腕を上げる。推測では、金光のレベルは今は60から70程度。一方で幹達は平均110だ。
その差がありながら、幹達といい勝負と呼べるような戦いができるのだ。現在は、パラメータや刀哉との対戦で得た対人戦闘経験の差でどうにか勝っているようなもの。
負けるのも時間の問題だろう。
「流石は刀哉さんの妹、と言いたいところだが……」
そんな金光は、戦闘力の高さとは反面、少し刺激を与えれば崩れ落ちてしまいそうな、危ない面を持っている。それに対し、幹は悩んでいた。
初めての自己紹介の時、痛々しい笑顔を見せた金光。
それが赤の他人なら、そこまで気にしなかった。少なくとも、初対面時に気にすることは無かっただろう。
だが、相手の顔には、異性だから多少の違いはあれど、兄妹だと思えるような、刀哉の面影があった。
夜栄という苗字もあり、余計に気にしてしまうのだ。
何故そんなにも、悲しげに、物憂げにしているのか。
多分それは、幹以外の者も思っているだろう。
基本的には明るく振舞っているが、ふとした時に、一瞬だけ思い出したように暗くなる。
ギリギリで自身を保っているような、そんな印象。
「夜栄さんの友達の、
「何を?」
「夜栄さんは何かあったのか、と」
幹は刀哉に、迷宮での件もあって、多大な恩義を感じている。恩人の妹であるからこそ、もし何か問題があるなら、それを解消してあげようと最大限の努力をするつもりでいた。
だから金光の友人である
「で、なんて答えたんだ?」
「『お兄さんともう会えないというのが、死ぬほど嫌みたいです』というものなんだよな」
幹の言葉に、塗々木はどう反応するのが正解かわからなかった。
「……てっきり俺は、知り合いの誰かが死んでしまったとか、そう考えてたんだけどな」
「俺もそうだ。だけど違った」
金光は兄───刀哉に会えないのが死ぬほど辛いと言う。
この世界に来てしまった以上、地球に戻れるとはそう簡単には考えない。だからこそ、金光はあそこまで辛そうにしていたのだ。
「……余程仲が良かったのかな?」
「刀哉さんのことだ。嫌われているということはありえないだろうが………」
それは、死ぬほど辛いという程だろうか。
幹だって、家族に会いたいとは思うが、そんな辛くなるほどではない。
金光には立夏という友人もしっかり居るのだし、そこまで心細くなる、ということも普通は無いはずだ。
現に幹は、塗々木や紫希が居るため、別に寂しさを感じたりはしない。
しかし、死ぬほど辛いなんて言って、現に見てる方が嫌なぐらいになっている少女を見れば、金光の刀哉に対する思い入れは凄まじいはずだ。
仲がいいだけではそこまでなるようには思えない……。
「……もしもだけどさ」
「あぁ」
塗々木が、何かに思い至ったのか、控えめに幹に声をかけた。
「ちょっと、フィクションっぽいけどさ」
「うん」
「兄妹で
「………」
ぼかされた部分を、幹は何となく考えた。
金光は、美少女だ。あまり恩人の妹をそういう目で見ていると思われたくないので露骨には思わないが、客観的に見て、幼さを感じるものの、それも含めた美少女であろう。
刀哉も、イケメンだ。刀哉の魅力は容姿ではなくその性格等だが、容姿も魅力の一つだ。
そして恐らく、家族であれば、それはもう妹のことを大事にしていただろう。その光景が目に浮かぶようだ。
それに刀哉は、あまり表現をぼかさない。感想は素直に告げるタイプだと幹は思っている。
結局は相手によるが、『これは可愛いか』と聞かれれば、臆面もなく『可愛い』と答えるだろうし、好きかどうかと聞かれれば、『好きだ』と恥ずかしがりもせずに言うだろう。
それは、例え人を対象にしても同じ。
もちろん、刀哉の感じでは、異性に対しあまり恋愛的な感情を持たないような気がする。
だがそれがもし、既に妹とそういう関係になっているからだとしたら?
妹に一途だからこそ、紫希や雫の時に、首を横に振ったのだとすれば?
家族なのだから、一つ屋根の下で生活するのは当たり前だろう。本来なら間違いが起こるはずもないが、刀哉という特殊な人間が相手ならどうか?
幹達と会って数日で信頼を築き上げ、ガードの固いと思われていた紫希や雫から好意を向けられるほどだ。
金光が刀哉と毎日毎日、何年も同じ場所で過ごしていたとしたら………何も起こらないと言いきれるだろうか?
「……あながち、間違ってない気がしてきた…………」
失礼な想像だが、幹には頭から否定はできなかった。
それならば、金光のあの悲しげな、辛いというのも、何故だが納得出来てしまうような。
もちろん、普通なら有り得ないだろうが、刀哉だからこそ可能性がある。
「……ま、まぁ、悩みが分かったなら簡単じゃないか。刀哉さんがこの世界にいることを教えてやればいい」
「……そうだな。事実は確認できるし」
幹の言葉に肯定も否定もしなかった塗々木は、金光に対する解決策を提示した。取り敢えずそれさえ教えれば、一先ずはあの胸が痛むような絶望的な表情を見なくて済むようになるだろう。
◆◇◆
翌朝。幹と塗々木は、まだ日が出ない内にギルドへと赴き、昨晩のことを踏まえた上で、金光と話をするつもりだった。
彼女は誰よりも先に来て、誰よりも早く迷宮へと潜る。
強くなろうという意思が強いのか。どの国でも言われている、『魔王を倒せば元の世界に帰れる』という言葉を、金光は愚直に信じているのかもしれない。
それとも……それが限りなく嘘に近いと分かっていても、それに賭けることで、自分を保っているのか。
金光は幹達が来てから十数分後に、姿を現した。
「………」
「見るからにテンションが低いな」
「早朝だから……じゃないか」
入ってきた金光は、ほとんど人がいないからか、とにかく顔色が悪く、足取りも重そうだった。
左右で縛ってあるツインテールも、どこかハリがない。
金光は受付で何やら依頼を受けると、早速迷宮へと行くのかギルドの外へと出ていく。しかしその間も、依然として暗い雰囲気は絶えなかった。
「………って、声をかけるの忘れてたな」
「あまりにもどんよりとしてたからね……追いかける?」
「ストーカーみたいで気が引けるが、致し方ないか」
ギルドの外へと出て行ってしまった金光を見て、幹は声を上げた。流石にあの雰囲気の、しかもそこまで親しくない相手に話しかけるのは、幹や塗々木も躊躇ってしまうのだろう。
2人は顔を合わせてギルドの外へと出ると、まだ人通りが少ない通りを迷宮方面へと向かっていく金光を追いかけた。
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