第36話 無事に収束




 「今戻すよ。『物体操作サイコキネシス』」

 『RRRUUUUU……』


 声をかけると同時に、俺は手を握って、後ろに引っ張る動作をする。


 それだけで、まるでグリムガル自身が引っ張られたように、背中から俺の方へと来る。あまり障壁の近くにいられると、壊される可能性もあるからな。


 だが予想以上にタフだ。到底無視出来ないダメージを内蔵に与えたと思うのだが、その程度では動きを鈍らせられないのか。

 発せられた鳴き声は低く困惑しているものだが、グリムガルは今もなお俺にかけられた魔法を解除しようと黒い瘴気を巡らせている。


 もちろん俺の方を解くことはできず、引き寄せたグリムガルを、俺はお手玉のように、また上へと蹴り上げた。先程よりも、更に更に強く。

 サッカーボールを蹴り上げたが如く上へと飛んでいくグリムガルに、俺は最後の一手を打つことにした。


 「『座標固定』」


 グリムガルの位置を、空中で固定する。腕も、脚も、翼も、顔も、何一つ動かせないように。

 そして、魔法を告げる。


 「────『霧氷の宿り木ミストロテイン』」


 突然、周囲を霧が覆った。


 それはただの霧ではない。霧を構成する水滴が凍り、小さな氷の結晶となって視界を妨げる、"氷霧"。

 この障壁の檻の中を全て包み込むように、その霧が充満していた。

 もちろん、空中に固定されたグリムガルも、その霧に飲み込まれていた。


 この魔法は、パッと見では、以前ギルドマスターが使用した、『氷霧ミストフローズン』に似ている。視界を遮り、冷気で動きを鈍くし、氷系統の水魔法を強化するという魔法。


 だが、『霧氷の宿り木ミストロテイン』の推定魔法難易度は最上級。それだけで終わるはずがない。


 黒い瘴気が氷霧を押し返そうとするが、互いにすり抜ける。むしろ、氷霧が瘴気を消し去っていた。


 そのまま、極細の氷の粒が、グリムガルの体中に付着する。

 一つ一つは目に見えないような、だが集合体となれば、グリムガルの身体は薄い幕に覆われているようにも見えるほどになった。


 それらは"付着"という工程を終えると、最終段階へと移行した。


 一つ一つの粒が、瞬く間にグリムガルの体表を食い破りながら、その大きさを成長させた。


 苦痛に歪みたいのだろうか、固定された中で、グリムガルの顔が少しだけ震えた。


 だがそれは、氷の成長を阻む要因にはなりえない。


 円錐のような形状をした氷の粒は、グリムガルに体を半分以上沈めていて、氷を通して内部の肉が万華鏡のように映っていた。

 そして周囲の氷と少しずつ連結し、内側の肉を外へと押し出しながら、ついにはグリムガルの体は半壊し、頭と多少の胴体を残し、他は全て支えをなくして、地面へとボトボトと落ちてきた。


 最上級水魔法『霧氷の宿り木ミストロテイン』。対象を宿主として、そこで自信を成長させ、最後には自らの体で肉を押し出していく、氷という属性にそぐわないグロさを誇る、俺のオリジナル魔法。


 発想自体は、この街に来る道中。夜に見張り役をしていた時に、浮かんでいた。基本的に対象を凍らせることが主な用途となっている氷系統の魔法の中で、唯一『直接的に殺す』ことを目的とした魔法だ。

 『絶対零度アブソリュートゼロ』で氷漬けにしても、あの黒い瘴気は内側から粉砕した。

 だからこそ、直接的に、物理的に肉体を破壊しなければならないと俺は考え、再生も復活も効かないよう、そして試験的な意味合いも込めて、この魔法を発動したのだ。


 『霧氷の宿り木ミストロテイン』によって地面の氷は少しだけでこぼこになっていて、降り注いだはずの赤い肉片は、消えて無くなっている(消して無くしたが正解)。

 

 「……ん?」


 しかし、そこに一つだけ何かが残っていて、俺はそれを拾う。

 どうも、何かの虫のような……小さな芋虫が、死体となって残っていた。

 こんな場所(氷のフィールド)に自然にいるとは思えないし、ならばただの芋虫ではなく、何か特殊であると考えるべきだが……。


 霧が晴れてきたために、俺はその死体を念の為に『無限収納インベントリ』に回収した。

 

 それと同時に完全に霧は晴れ、今度こそ、俺はグリムガルはを倒したということを、周囲から起こった歓声で実感した。

 

 

 ◆◇◆




 「よぉ!! やったなイブ!」

 「レオン、痛いよ。それに、グリムガルを倒したぐらいでそんな……」

 「いやいやいや、あんな魔物倒せんのは、俺らのクラスじゃお前とタクマくらいだぜ!」


 俺がグリムガルを倒して少しすると、いい笑顔でレオンが俺の背中をバシバシと叩いた。

 俺の言葉の意味は、『あの程度でそんなに褒められても嬉しくもなんともない』というある種嫌味の類だったのだが、普通に返されてしまった。素の脳筋とはこれか、それとも俺の捻りが悪かったか。

 にしても、拓磨に勝てるか? だが、そつなくこなすあいつならいけるかもしれない……あいつの【勇者】の能力がどこまで成長しているかにもよるだろうな。俺と戦った時が本気であったとしても、全力であったとは限らないだろうし。

 隠し玉や奥の手も入れたら、可能性は十分ある。


 「えっと、お疲れ様、イブ君。理事長の言ってた通り、強いのね」


 バシバシと叩いていたレオンが、先生が来たために少し離れていく。

 労ってくれた先生に、俺は叩かれていた背中に手を当てて、痛そうな真似をする。


 「いつつ……それほどでも。所詮借り物の力です」

 「借り物?」

 「あー……いえ、なんでもありません。戦術の欠けらも無い、ただの力技ですよ」

 「力技だって、それが出来るだけの強さがあるならいいと思うけど」

 「そういうものですか」


 俺は訂正して言い直す。ステータスという、この世界に来て与えられたシステムに、レベルという概念で管理された力。プレイヤーとしてはいいのかもしれないが、それを我が物顔で振るうと、何だか自分が哀れに思えるのだ。

 まぁ変に考えすぎというか、世界のシステムにすら抗おうとする傲慢さか何か。

 この世界ではこれがルールだ。ステータスを利用するのも、レベルを上げたりスキルレベルを上げたりするのだって立派な努力だし、自分の力なのだろう。

 そう、思うことにしよう。


 「ところで、結局先程のグリムガルの異変がどういったものなのか、先生は知りませんか?」

 

 思考を変えるのと、話を進めるために、俺は話題を変えた。

 元々そこまで期待してはいなかったが、予想通りミリア先生は知らないと首を振った。


 「私も、あんなのは初めて見たわ。黒い霧を纏う魔物なんて……」

 「そうですか……死体は跡形もありませんし、しっかりと残した状態で倒せばよかったかもしれません。考えが足りませんでした」

 「戦いながらそんなことを考えるなんて無理よ。これは私が理事長に報告して対応を考えるから、生徒のイブ君は、気にしないこと」


 ここから先は教師の分野だと言いたいらしいミリア先生。前屈みになりながら俺に言い聞かせるようにする姿は、片手に斧がなければグッときていた。


 別に俺も、変に介入しようとは思わないので、素直に頷く。


 グリムガルの黒い瘴気については、鑑定をすれば良かったか。だが、魔法関連ということはわかっているのだ。

 あの瘴気は普通ではない。もしそれがSSSランクの魔物に付いた場合……先程のグリムガルの何倍もの強さになる。


 つまり……攻撃系の最上級魔法ですら効くかわからなくなる。現状俺が使用する程度の魔力量では、効かないかもしれないな。

 少なくとも、『魔の申し子ディスガスト・テラー』を『種子爆破デトネブラスト』で吹き飛ばした時ぐらいには、手加減を解かなければ。


 「じゃあ、ちょっとアクシデントはあったけど、私はこれから職員会議だと思うから、この後は自由よ」


 ミリア先生が、全員に向けて話す。これで放課か。さっきのもアクシデントで済ませられるのが異世界の凄いところだよな。

 その内学校のセキュリティに問題が、とかなりそうだけど。


 「……って、マルコ君たち居たの忘れてた……一番の問題なのに……」


 そのまま出て行こうとした先生は、直前で額に手を当てて足を止めた。


 「マルコなら、もう出て行ってしまいましたよ」

 「えぇ? あの子たち、本当に抜け目ないわね……イブ君、気をつけてね? 今日のことでもしかしたら、目をつけられたかもしれないから」

 「はい、肝に銘じておきます」


 マルコ達は既に居なくなっていたため俺が告げると、完全にやってしまったとばかりに、落胆の声を上げた先生。それを紛らわすためなのか、ついでに俺にそんな注意を促すしまつ。

 最後に見たあの動揺のない表情。やはりマルコは今回の件に絡んでいそうなのだが……しかし俺は、マルコについて今すぐに調べようとは思わなかった。

 

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