第28話 もちろんナンパじゃない
俺的には休憩時間はいつまででもいいが、真面目な拓磨は、回復するやいなや、授業に参加するつもりのようだ。
「悪いけど、俺は少し用事があるから、そんな目で見られても相手はしないよ」
「そんなつもりはない。そもそも、先程完膚なきまでにやられたお前に対し、時間も経たないうちに再戦を求めるほどバカではない」
「あらそうかい」
立ち上がった拓磨は、樹達のところへと向かった。やはり、気の知れた友人のそばに居るのが一番いいのだろうな。
本当なら俺もそこに混ざりたいし、前の関係に戻りたいが……つまらない意地のせいで、それも出来ない。
自覚がある分、余計複雑なのだ。
(随分とまぁ、回りくどいことしてるな)
自身に向けて呟きつつ、俺も椅子から立ち上がる。
用事があるというのは、嘘かどうかと言われれば微妙なところだ。
視線の先にいるぼっち少女。傍から見ると武器を構えて淡々と何かと戦っているようにしか見えないが、何故一人でいるのか。
取り敢えず話しかけてみようとは思っていた。
広大な(というと平原のような一つのフィールドをイメージしてしまうが)訓練場、その隅にいる少女に、俺は近づいた。
「………」
少女は俺が来たことに気づいているのかいないのか、謎の敵と戦闘を続ける。
俺もたまに、頭の中で架空の敵をイメージしつつ、一人で戦うなんていう訓練をするのだが、実はこれ、案外難しいようで。
まだルサイアに居た頃、樹や美咲にその訓練法を紹介したのだが、『出来るか!』と一刀両断されてしまった。
樹曰く、戦闘時は相手の行動を見てそれに対応するのに精一杯なのに、相手の行動を一からイメージするなんてのがまず無理、とのこと。
そう言われてしまえば、そうなのか、と頷いしてしまう。アニメやラノベでそういう訓練法をしているキャラを見た事があるため真似してみただけなのだが、[完全記憶]や[並列思考]なんていうスキルでもなければ、やはり無理なのだろう。
それを考えると、もし少女が本当に架空の敵と戦っているのであれば、余程頭の回転が早く、かつ想像力豊かか、なにか明確な相手をイメージしつつ戦っているのか。
そうやって少し昔のことを思い出しながら少女の行動パターンを見ていると、ふと違和感に襲われる。
既視感、と言ってもいい。すぐにそれの正体は理解できたが、そうなると、この少女は余程向上心が強いことが伺える。
しばらくして、少女は見えない敵との戦闘を終えたのか、ピタリ、と剣を止めた。しかし、その顔から察するに、勝敗はきっと宜しくない方だったのだろうな。
少女は激しい運動をしたからか、一度呼吸を整えるように大きく深呼吸をして、偶然にも顔をこちらに向けた。
「あっ……」
その反応で、すぐに、俺のことに気づいていなかったのかというのは理解出来た。もしくは、最初は気づいていたが、途中で忘れてしまったか。
拒絶の意思が、再度放たれる。言葉に表すなら、『こっち来んな』『キモッ』だろうか。
「あ、ちょっと待ってよ」
そうして俺を睨んだ後、少女はスタスタと横を通り抜けようとした。俺の言葉も無視して。
うーむ、コミュニケーションが苦手というか、性格に難がありそうな少女ですな。
ぼっち少女に相応しいキャラなのかもしれないが、このまま無視されてはいけない。なんのためにここまで来たんだか。
だから俺は、少女が反応せざるを得ない言葉をかけた。
「さっき戦ってたの、もしかして俺かな?」
「っ!?」
反射的に振り返ったのだろう少女は、その反応が過剰だったことを悟ったのか、羞恥に顔を赤らめたが、それは一瞬のことだった。
先程の少女の動きや剣の軌跡。そこから相手の動きを逆算してみると、俺が二刀流となった拓磨と戦っている時の動きとそっくりだったのだ。
もちろん、所々記憶との齟齬からか、俺が記憶しているのとは違う部分もあったが、大部分は同じ。あの戦闘を当事者ではなく観客として見ていながら記憶しているとは、中々実力はあるのだろう。
反応からして図星なのは明らかだったが、少女はすぐに正面を向き直し、そのまま立ち去ってしまった。
「あー……初心なのかな」
あわよくば仲良くなろうと考えたのだが、最初の対面は失敗してしまったようだ。声をかけて無視されたのは、何気に初めての経験かもしれない。
伸ばしかけた手は何も掴むことは無く、誤魔化すために後頭部をかくのに留まった。
◆◇◆
流石に授業に全く参加しないのは悪いと思い、手頃な相手を探す。
樹達の所に行ってもいいのだが、ずっと勇者と一緒というのも、他の奴らに声をかけられにくくなってしまう。となれば、樹達以外にも相手を作っておくべきだろう。
だが、周りの奴らは全て2人組だ。さっきの今であのぼっち少女に声をかけてもあまり期待は出来ないだろうし、どうするか……。
「ん? おーい、イブ、相手がいないなら俺とやらないか!」
すると、立ち止まった俺を見かねたのか、ある男子生徒が声をかけてきた。
その男子生徒は一緒にやっていた相手に一言断りを入れると、直ぐに俺の方にやってくる。
「有難い申し出だけど、レオン、いいのかい? ジオルグとやってたんでしょ?」
「おぉ、俺の名前だけじゃなくアイツの名前も覚えててくれたのか。凄い記憶力だなぁ。まぁ、ジオルグには一言いってあるから大丈夫だぜ。アイツはそんなことでへそを曲げるようなやつじゃねぇし」
「そっか……なんか申し訳ないね」
「気にすんなって。それに、俺もイブとやってみたかったんだ」
「へへっ」と男子生徒、レオンは笑う。先程まで一緒にやっていたジオルグという名の男子生徒も、俺の方を見て気にすんなとばかりに手を振っている。
優しい、これが転入生補正か。
だが、俺は授業前に樹と拓磨が説明していた内容から、ただ倒せばいいだけの話ではないことを思い出す。
「じゃあ、お言葉に甘えて相手をさせてもらうよ。何からすればいいの?」
「まぁテキトーに攻守を決めて、攻撃側はテキトーに攻撃して、守備側はテキトーに守って、テキトーに制圧すればいいんだぜ」
「なるほどね」
「おうよ!」
……素の説明力なのか、それは。てっきりツッコミ待ちかと思っていたのだが、素だったか。
仕方ないので、拓磨の説明を思い出して、そこからルールを把握する。
要は、攻守に分かれた後、攻撃側はとりあえず攻撃すれば良くて、技術が求められるのは守備側。攻撃側の勝利条件は相手を倒すことだが、守備側は、迅速に、かつ相手に怪我をさせずに戦闘不能にしなければならない。
実際問題、無傷で戦闘不能にするにはある程度相手と戦力差がなければ無理のため、あくまでそれは理想であり、実際には骨折程度までは許容範囲だとか。
それぐらいが、平均的な治療院で治せる怪我らしい。
周囲のやりとりからもルールを補足できたため、俺はひとつ頷く。
「それで、最初はどっちからやるの?」
「んー、特にこだわりがねぇなら俺が攻撃側で始めるが……構わん?」
「いいよ。俺はレオンに怪我をさせないようにしつつ、無力化すればいいんだね」
「そーだな。こっちは特に制限がないからお前の方が不利なわけだ。タクマとの試合を見てたら勝てる気はしねーけど、一発ぐらいは入れてやるよ!」
「あはは、お手柔らかにね」
俺ならダメージを与えずに気絶させる方法など幾らでも使えるが、それをやったら流石に可哀想だ。
一応と剣を構えると、レオンも両手剣を構える。筋力的に軽いのか、片手で持ってはいるものの、俺の剣の何倍も横幅がある。
「────ラァっ!!」
特に合図はなかったが、レオンは勝手に始めた。上段から大きく振り下ろされる一撃を俺は空いた手で受け止める。
片手の白刃取りで、レオンの両手剣は動きを停止した。
「なんだそれっ!?」
両手剣を片手で止められるという行為に目を見開くレオンは、すぐに振り払おうとする。
俺はその勢いに飲まれないようにすぐに手を離し、大きく振った隙をついて、剣の柄をレオンのみぞおちに叩き込む。
しかし、レオンは左手で咄嗟に柄を受け止めていた。割と素早く叩き込んだはずだが、意外と反応がいい。
一度剣を手放し、再度振り下ろされる両手剣を紙一重で回避してから、レオンに向かって手を伸ばす。
「『ブラスト』」
「ぬわっ!?」
すると、レオンの身体が突然、猛烈な勢いで吹き飛ぶ。
魔法で衝撃波を生み出し、レオンに浴びせたのだ。手加減はしているが、それでも数百キロ程度の物体なら吹き飛ばせるほどの威力を秘めている。
直接的な攻撃力は無いため、内臓が損傷するなんてことはないと思うが、その吹き飛び様は、トラックにでも跳ねられたかのようだ。
それを特に追いかけることも無く、代わりに再度魔法を唱える。
「『
「ぐあっ!!」
吹き飛んでいる最中のレオンが、地面に縫いつけられる。その勢いたるや、肋骨にヒビでも入りそうだが、俺なりにギリギリの力加減をしている……一応は。
すぐに魔法を解けば、レオンの四肢が地面に投げ出される。
「……やっぱ力加減間違えたかな」
魔法の威力はインフレーションしまくりなので、手加減に手加減を重ねてさらなる手加減を加えなければ、まともに行使できるレベルではない。
つまり、俺的には手加減していても、それすらも過剰火力である可能性は十分にあり得ると言うことで。
ギリギリではなく、次はもう少し余裕を持った方が良さそうだと、力なく投げ出されたレオンの身体を見て、しみじみと思った。
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