第29話 不審なメニュー

 最近は、エッチな小説ばかり書いてる。

 修正を、修正を急げ……(焦燥)


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 「……うへぇ、魔法もあるのかよ、ズリぃ」

 「自己紹介の時にちゃんと言ったよ、俺は」

 「んなの一々覚えてねぇっての」


 大の字になりながら、悔しさが滲みている口調でレオンが言う。

 気絶していたのは一瞬のようで、俺が歩いて近づいている間に目を覚ましていた。狙ってやった訳では無いが、タフだなと感心する。


 「でもまぁ、ほとんど無傷で無力化したし、条件は満たしてるよね?」

 「……いや、そうかもしんねーけどよ……こりゃ俺じゃイブの相手を務めんのは無理だな」

 「お誉めに預かり光栄かな?」

 「素直に褒めたとは言い難いな」


 つまり皮肉で言ったというわけだ。

 

 「嫌味のつもりは無いけど、手加減しようか?」

 「ありがたい申し出だが断っておく。すぐにお前は指導役に回されちまうだろうからなぁ、今のうちにやっておきたい。ほれ、次はお前が攻撃側だ」


 起き上がったレオンは、パンっと俺の肩を叩いた。それが役の交代を示すものなのは、すぐに理解できる。

 自分で言うのもなんだが、先程手酷くやられたばかりなのによくやる。


 「ふぅん。じゃあ本気でやっちゃっていいのかな? 確か、攻撃側は特に制限もなかったよね」

 「あー……かすり傷程度で済ませてくれると……」

 「さて、もう少し離れなよ。これだけ近いと防御側には不利でしょ?」

 「い、イブよぉ……」

 「安心して、俺は回復魔法も得意だから」

 「ぜんっぜん安心できないな……」


 


 ◆◇◆



 レオンを赤子の手ひねるが如く、俺にとっては軽い───レオンにとっては苛烈な───模擬戦を終了させた。

 どうにか回復魔法は使わずに済んだぞ。


 「学食はこっちなんだけど、イブ君はお弁当とかある?」

 「いや、俺は持ってないよ。ということは、弁当を持ってくる人もいるの?」

 「まぁ、ほら、ああいう人達よ」


 そうして授業が終わって昼になり、俺は学食に案内してもらうために美咲と一緒にいたのだが。

 美咲が苦笑い気味に指を向けた先には、弁当を持って、二人で『あーん』をし合う男女が……。


 「あー……大体分かったよ」

 「でしょ? だから、一人でお弁当を食べる人はなかなか居ないんじゃないかしら……哀れみの目で見られるから」


 そうだな。ほとんどが恋人、つまりリア充達なら、その中で一人弁当は難易度が高すぎるだろう。

 張り切っちゃって、なんて言う言葉が聞こえてきそうだ。


 理解した俺(と多分美咲)はカップルに『爆発しろ』という怨嗟の念を送ってから、そそくさと学食の方へと向かう。


 「うーん、混んでるわね……少し待つことになっちゃうけど、いい?」

 「大丈夫だよ。それより、こっちこそごめんね。案内で時間を取っちゃったみたいだ」


 本校舎に戻り、西寄りにある学食に案内してもらうと、居るわ居るわ授業終わりの生徒達。

 ごった返しになっている学食の入り口は出入りが激しく、ほとんど行ったことのない東京を彷彿とさせる。


 美咲はわざわざ案内するためにゆっくりと歩いてくれたが、これは悪い事をしたな。嘘でも場所を知っていることを伝えればよかった。


 「私が好きでやったことだから、構わないわ。それに……」

 「ん?」

 「い、いえ、なんでもないわっ」


 俺の謝罪に対して、何故か美咲は顔を赤くして、俺の問いに対し慌てて首を振った。

 なにを言い淀んだのか、俺にはわからなかったが、美咲は学食に入るために既に人波に身を滑らせようとしている。

 もう少し顔を見れば分かったかもしれないが、この中じゃそれも叶わず、諦めて俺も後に続く。


 学食内は驚くほど広いが、それでも全生徒を収容できるほどではない。

 見た感じ、仲睦まじく食べているところと、後を待たせないようにさっさと食べているところがあるようだが、確かに立って待たれていると、急かされている気分になるな。


 「学食はあそこにある券売機……じゃなくて券売場で欲しい食べ物の券を購入して、それをあそこにいるお婆さん方に渡すの」

 

 ガヤガヤとした学食内でも美咲の凛とした声は耳に届く。ただ、指をさされた場所も少し人波が激しくて視認はしにくい。

 どうやらそこに券売機───こっちでは券売場けんばいじょうと言うらしい───があるようだ。

 機能的には券売機と変わらないだろうが、動力が魔法かどうかだろう。だから、魔道具の一種だ。

 そしてそれを、カウンターの奥で忙しく動いている割烹着を着た婆さん達に渡すと。

 

 やり方としては地球と全く変わらないな。効率化していくとそこに行き着くらしい。


 間を無理矢理すり抜けて券売場の前まで進んでもいいが、今は美咲も居るため、どれが並んでいる人なのかもわかりにくい列に一緒に付く。


 「それにしても、こんなに人が一気に集まるとはね……弁当を選んでもこっちを選んでも、苦難は一緒か」

 「その、私はお弁当でもいいのだけどね……一緒に食べてくれる人がいれば」


 チラ。美咲が肩越しにこちらを向く。

 最後の言葉が聞こえていなければシラを切ることも出来たが、俺にはバッチリ聞こえていた。


 「弁当を作る場所なんかあるの?」

 「男子寮はわからないけど、女子寮の上位クラス〃〃〃〃〃の部屋には台所があるのよ。だから材料さえあればそこで作れるわ」

 「へぇ、料理できるんだ」

 「意外?」

 「いや全然。むしろ納得、かな。俺には、美咲は料理が得意そうに見えるし」

 「そ、そう? あ、ありがとう……」


 納得も何も、俺は美咲が料理するのを知っているから、少しずるいな。

 美咲はその返答が嬉しかったのか、普段他人には見せない、目を伏せ、恥ずかしがる仕草をした。

 狙ったものに関しては軽く微笑むだけだが、こうして意表をついてやると、結構戸惑ってくれる。その反応は仲良くなった相手にしか見せないものだ。


 イブとして、俺は美咲としっかり友好関係を築けている、ということにしよう。結局弁当を食べるのどうのということに関しては、有耶無耶になってしまったが。


 それにしても、寮には上位クラスなんてのがあるのか……名前通りなんだろうが、寮に住む予定のない俺には、そんな関係ないか。


 思考しながら待っていると順番が来る。メニューを見てから、俺は無難に、牛丼(特盛)を頼むことにする。

 ここはどうやら無料のようだから、(恐らく)美味くて多いものを選んだのだが、その選択に美咲は微妙な表情をする。


 「イブ君。それ、すごく脂っこくて、それでいて量もビックリするほど多いから、ほとんど誰も頼まないやつよ……少なくとも一人で食べれる量じゃないわ」

 「そうなの? ……まぁ、初めてだし、一応食べてみようかな」

 「意外と、大食いなのかしら?」

 「好奇心旺盛なだけだよ」


 美咲の言葉にも俺は券を変えたりせず、果敢にもそれを持って忙しなく動いているオバチャンに渡しに行く。


 「これで」

 「はいよ……アンタ、後悔しなさんなね」


 後悔するかもしれない物が運ばれてくるのか。それだけ量が多くて食べづらい、ということなんだろうな。

 オバチャンに券を渡すと、目を細めてそんな忠告をされた。

 いや、なら特盛以外にも段階を作っておけよ。通常か特盛しかないみたいだが、特盛ってそんなに多いのか、


 そしてその場で待つこと十数秒。作り置きされていたのだろう、それは運ばれてきた………。


 「こ、これは………」

 「お待ちどうさん。牛丼特盛さね」


 ……で、でかい。

 いや、確かに覚悟はしていた。だが別に大食い大会でもやる訳では無いのだし、せいぜい一人じゃ食いきれないかなとは思ったのだが。


 ────いやこれ、冗談抜きで4人ぐらい必要だろ……。


 米(?)はまだいい。確かに多いが、米だけなら他の人よりも少し食う程度の人なら行ける量。

 入れてある丼もでかいが、それだけならいい。


 問題は、その上に乗った肉達……とにかく、高い。

 高いのだ。積まれた高さ、30センチは軽く超えている。

 この大きな丼でなきゃ上手くバランスも取れず、すぐに崩れてしまうだろう。それを無理矢理上から押し付けて、固めたような。


 それこそ、まず席に持っていくことすら難しそうな量だ。重さはもちろん、崩れないようにバランスも必要。


 「ね、言ったでしょ?」


 後ろで美咲が苦笑い気味に呟く。


 テラテラとした肉は、見るだけでなんかもう、いっぱいいっぱい。脂っぽいとは言っていたが、これは量以上に食べるのが大変そうだ。


 「後がつっかえるからさっさと持っていき」


 オバチャンが、驚愕している俺に向けてあっち行けという仕草をする。


 こりゃ……食えるかわからんな。

 

 俺も美咲のようにサラダ系等のヘルシーなものにすればよかった。




 

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